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調律師  作者: 小高まあな
第四章 あたしはあたしで一人でいきます
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4−4−5

 翌日の昼休み、龍一はぼーっと黒板をみていた。

 巽翔やちぃちゃんが話かけてきてくれたが、少し一人で整理したくて放っておいてもらうことにした。二人には迷惑と心配をかけっぱなしだ。

 連れて行って欲しかった。

 沙耶の言葉がよみがえるたび、心臓が抉られる思いがする。それは、俺では無理と同義なのではないか。

 顔をしかめる。気持ちが悪い。

 悲しいとか悔しいとかそんな言葉よりも、不快、だ。

 自分のことはともかくとして、円や清澄や、直純だっているのに、現在手に持っているすべてを捨ててでも連れて行って欲しいと言った沙耶が、不快だ。

 同時に、今までたくさんの志半ばで死んでしまった人間を見て来た彼女らしくない言葉だとも思う。つまり、それは、そう言わせるぐらい追いつめてしまったのかもしれない。自分が、責めたから、傷つけたから。

 唇をぐっと噛み締め、拳を握り、

「榊原君」

 かけられた言葉に、慌ててそれらの力を抜く。

「これ、あげる」

 西園寺杏子が、少し肌寒いこの時期に額に汗して立っていた。差し出されたのは、購買で一日五個限定の幻のデラックス夕張メロンパンだった。初めてみた。

「え、これ」

「元気無いときは、美味しいもの食べるといいと思うから」

 少し頬を上気させて杏子がいう。だから四限が終わると同時に飛び出していったのか。

「……ありがとう」

 言うと杏子はとても嬉しそうに微笑んだ。

 最近、自分の中での彼女の評価が変わっていた。初めはただうざい人間だと思っていたけれども、彼女はただ感情表現がストレートで一生懸命でまっすぐで、だからこそ少し不器用なのだということに気がついた。

 悪い人ではないのだ。

「半分こしよう、せっかくだから」

 言って半分渡す。

 ますます嬉しそうな笑顔になる。

 杏子は沙耶とあまり違わないのだ、と最近思う。ただ感情を出しすぎる杏子と感情を隠しすぎる沙耶のその違いがあるだけで。どちらもただ、人間関係に不器用なだけなのだ。

 こんなに全身で好意を寄せてくれるのに、どうして杏子じゃだめなんだろう、と実は何度か思った事がある。確かに少し疲れるけれども、いい子なのは最近よくわかった。少し疲れるのは沙耶でも代わりないのに。

 それでもやっぱり、沙耶じゃなきゃだめなんだ。

 改めて思いながらも、パンにかじりついた。

「ん、おいしい」

「よかった!」

 本当に嬉しそうに杏子は笑った。

 こんなにいい子なのに、それでもやっぱり今思うのは、彼女のこんな笑顔が見たいということ。

 酷いな自分、と思う。それでもやっぱり、自分が好きなのは大道寺沙耶なのだ。どんなに面倒な性格でも、どんなにこの恋が叶う見込みがなくても。揺らぐことのない事実を、思いがけない形で再確認する。

 だから、大丈夫。今日はいつも通り事務所に行ける。

 例え、叶わない恋だとしても。

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