4−4−4
円は腕を組んでテーブルの上のケータイを睨んでいた。
沙耶には強引に夕飯を食べさせ、ベッドに押し込んだ。眠っているかどうかは知らないけれども、音もしないので寝たのだろう。円にはあの状態の沙耶にできることが他に思い浮かばなかった。
部屋を片付けたら、一気にすることがなくなった。
そもそも、普段と立場が違うのだ。普段ならば円が沙耶を一喝し、それを後から直純がフォローするという立ち位置だ。それで十数年やってきた。
それが今回、直純が切れて出て行くというパターンで、あれからさらに一喝するわけにもいかず、
「直のバカ」
恐らく、そろそろ頭が冷えて電話がかかってくるころだろう。向こうも、円に任せていることは心配だろうし。だったら、さっさと連絡してこいつーの。
思っていると、
「あ、」
案の定、ケータイが震える。着信、直の表示を確かめ、
「遅い」
『遅いってなんだよ。沙耶は?』
「寝てる、と思う」
『ん。……大丈夫か?』
「大丈夫じゃないんじゃないのー? 流石に」
『沙耶じゃなくて、お前』
思いがけない言葉に、円は一瞬沈黙し、
「大丈夫じゃないに決まってるでしょ」
あっさりと言葉を返した。
『あ、泣き言』
「言うわよ、あんたになら。大丈夫じゃないのは、お互い様でしょ?」
『まあ。結構きついよな』
「連れてって欲しかった、はねー」
受話器越しに、苦笑いを交わす。
「私たちじゃ駄目なのか、って思ったわー」
『一時的な感情、だからこそきついよな』
「あんなにずっと傍にいたと思っていたのに、私たちを見捨ててでも賢治君についていきたいって。いくら、色々なことが重なってたとしても」
『色々なこと?』
「ああ」
円は少し顔をしかめ、
「龍一君がね、今日、会ったらしいの。沙耶と賢治君が二人でいるとこ」
『それはそれは……』
「俺のことは忘れたのに、堂本賢治のことは覚えているのかって言ってしまった、って泣いてた」
『それは……』
電話の向こうで少し沈黙があり、
『まあ、仕方がないか』
「うん、なんてこと言いやがったとも思ったけど、それよりも龍一君の気持ちもわかるし」
恋人が自分のことは忘れて、前の恋人のことだけ覚えてるなんて、正直きつい。
「龍一君も心配なのよねー、さすがに」
言いながらソファーに倒れ込み、天井を見上げる。
『心配してばっかりだな』
「本当」
平穏な日々はどこにあるのかしらー、と芝居がかっていうと、電話の向こうで呆れたような笑い声がした。
「なによ?」
『いいや、その通りだなって思って』
「でしょ? 私がもっとしっかりしていればいいんだけれども」
『お互いに、な』
当たり前のように被せてくる従弟に少し笑みがこぼれる。
「そうね。まあ、とりあえず明日龍一君は事務所にくるって言ってた。沙耶も連れてく」
『わかった、俺も事務所行く』
「うん。……なんかさ、もしかして私たち沙耶のこと甘やかし過ぎ?」
『え?』
「至れり尽くせり過ぎじゃない?」
電話の向こうで少し沈黙があり、
『否定はできないかも、知れない。まあ、あれだ、俺たち結局シスコンなんだよ』
「……あんたの場合はそれだけじゃないけどね」
『五月蝿い』
本気で怒った声。
「ごめん」
『いや、いいけど』
素直に謝ると、拍子抜けした空気が感じられた。
「うん、まあ、明日」
『ああ』
言って、電話を切る。
なんだかんだで頼りになる従弟だ。少し落ち着いた気持ちを感じながら、目を閉じる。
過保護かもしれない。甘やかしているのかもしれない。それでも、
「どうにかしないとね」
このままじゃ駄目なことだけは確かなのだ。