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調律師  作者: 小高まあな
第四章 あたしはあたしで一人でいきます
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4−4−3

「直さん」

 マンションを出たころで追いつき、背中に声をかける。

 いやに早足で歩いていた直純は、清澄の声に速度を落とした。

「あの」

「……失敗した」

 隣に並んで声をかけると、小さく押し殺した声で直純が言う。

「え?」

「失敗した。落ち込んでるのに怒鳴ってしまった」

 顔を見る。なんだか少し青い顔をしていた。

「本当にむかついたんだ。今まであんなにずっと一緒にいたのに、俺等のことなんだと思ってるんだって。あんなの今は本気かもしれないけど、あとで後悔する類いの言葉だってわかってたのに。失敗した」

「間違ってないよ」

 呪いのように低い声で呟く直純に、出来るだけ明るい声で言う。

「俺も、むかついた。正直。ついでにいうと、堂本にもむかついた。なんだよ、あいつ」

 小さく舌打ちする。

「沙耶の前でちょっとかっこいいこと言って、また消えてさ。どうせなら、俺の前にも姿現せよ」

 親友じゃないのかよ、と小さく呟く。

 直純は横目でちらりと清澄を見た。

「……よくわかんなかったんだけど、堂本はつまり……、幽霊として普通に働いてたってこと?」

「視認したわけじゃないから、定かではないけれども」

 清澄の言葉に、一つ息を吸い、いつもの自分の調子で話始める。

「戻って来た、って言ってたみたいだし、一度向こうにいたのを戻って来たんだと思う」

「そういうの、ありなの?」

「お盆にご先祖様が帰ってくる、とかいうだろう」

「あー、そういうこと?」

「お空で見守ってる、っていうのもあるしな」

「堂本は、沙耶のことを見ていたってこと?」

「まあ、もともと未練があったんだろうな」

「沙耶に?」

「恋愛的なものではなく、沙耶の今後が心配だ、という意味で」

「ああ」

 思わず笑ってしまう。

「それはあるなー。あいつ、卒業してからもしばらく俺に沙耶の様子伺わせてたもん。じゃあ、それで?」

「まあ、よくわからないというのが正直なところなんだが。その辺りは生前のその人の宗教とか死生観にしばられたりするし」

「戻ってきたとして、じゃあ、スーツ着て、ケータイ持ってたのは?」

「お盆とかだとこっちが迎える準備するだろう? そういうのもなく戻って来たら、混ざったんだ、と思う」

「混ざった?」

 そう、と直純は一つ頷き、

「本当はただ幽霊としてこちらに戻ってくるつもりだった。それでも問題はなかったはずなんだ、沙耶は見えるわけだし。普通の人相手なら夢にでもでればいいし」

「うん」

「それが戻ってくる時に道に迷った的な感じで」

「曖昧……」

「よくわからないんだから仕方がないだろう? 実体のある幽霊としてこちら側に存在することになったんだと思う」

「じゃあ、普通に働いていたってこと? 明日会社に来なくてみんなびっくり?」

「それは、多分違うんだろうなー。彼がどれぐらいこちらにいたのかはわからないけれども。いるけれどもいないものとして存在していたんだと思う」

「いるけどいない?」

「怪談でよくあるだろ、本当はいないはずの六人目が居た、みたいな」

「ああ、みんなが違和感なく受け止めていたのに、思い返すとびっくりっていうやつ? 四人で山小屋にいて、部屋の角に立って次の角まで歩いてタッチしていくことで寝ないようにした、みたいな話? 五人いないと実は成立しない、的な」

「そうそう、そんな感じ。一時的に記憶にも働きかけて存在していたんだと思う。まあ、明日辺り机が多かったりして首を傾げることはあるだろうけれども、ただの勘違いで処理されて終わりだろうな」

「うーん、わからん。全然わからん」

 苦々しく呟く清澄に、

「いずれにしても、彼がきちんと成仏したというのは、間違いないと思うよ」

「ふーん」

 ならいいけどさ、と小さく清澄は呟いた。

「しかし、沙耶はなー。これだけいろんな人に心配されているのに、どうしてあんなにも後ろ向きなのか。育て方間違えたかなー」

「父親かっ」

 直純のぼやきに思わずつっこむ。

「まあ元々ネガティブなのは否定しないけど、一時的にでしょ。大丈夫だって」

「大丈夫なのかなー。もう二十四歳なのに」

「直さん、普通二十四歳の妹の心配をそこまでしない」

 言われて直純はぐっと言葉に詰まり、

「そーだな! もう大人だもんな、妹っ!」

 半ばやけくそ気味に言った。

「振られたんだから諦めなって」

「諦めてるって!」

「どうだか」

「諦めてたって、前から。敵う訳ないって思ってさ、龍一君に」

 そこでもう一度ため息をつき、

「だからこそ、今度は龍一君と上手くいって欲しいんだよ。兄として」

「ん、まあそれは」

 二人で顔を見合わせ、小さく苦笑しあう。

「心配性だな、俺たち」

「だねー」

「どっかで軽く夕飯食べて帰るか」

「うん。ところで沙耶、大丈夫? 円姉に任せて」

「あー、あとで確認してみる。普段と立場が逆になっちゃったから、さぞかし困っているだろうし」

 言いながら、先ほどより少しだけ軽い足取りで二人は歩いて行った。

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