4−3−3
階段をかけあがる。
ぱたぱたと、肩にかけた鞄が動くのを邪魔だと龍一は思った。
四階まで一気にのぼり、肩で息をする。
円が合鍵でドアをあけた。
「沙耶っ」
怒鳴る様にして円が沙耶の部屋にあがりこむのに、慌ててついて行く。
部屋の中から大きな物音がして、少なくとも沙耶がこの部屋にいることに安堵した。
「おいていかれた!」
もっとも、安堵したのは一瞬だった。
沙耶が叫ぶ。彼女が投げつけた本が電気スタンドをなぎ倒した。あたりに散乱している服や本に、龍一は既視感を覚えた。
「連れて行ってくれなかった! おいていかれた!」
頬をぬらして彼女が叫ぶ。
「沙耶!」
円が服を踏みつけながら近づくと、その手をつかんだ。
「どうして一人でいってしまうの?」
彼女が放り投げた本が龍一の足下にとんできた。ゆっくりと視線をうつす。
「あたしに一緒にいけって、そう頼んでよ! そういってくれさえすれば、あたしは!」
「沙耶!」
斬りつけるように円が叫ぶ。
その手を振り払うように両手を振り回す。
「っ!」
小さく円が叫ぶ。何かを引っ掻いた感触に沙耶の手がとまる。
「あ……」
小さく呟くと、ゆっくりと両手をおろした。
「ごめんなさい、あたし……」
「大丈夫」
少し血がにじみだした頬を、片手でぞんざいに触れると円は笑った。
「大丈夫」
ゆっくりとしゃがみこんだ沙耶の頭を抱く。沙耶は円にしがみつくように腕を伸ばした。
「おいていかれた」
「うん」
「また捨てられた」
「うん」
「連れて行って、欲しかったのに」
小さく小さく呟かれた言葉に、円は一つずつ丁寧に頷く。
龍一は、ただただ黙ってそれを見ていた。荒れ放題の部屋の中、枕元に置かれた熊のぬいぐるみがじっと彼を見ていた。その首に巻かれた、見覚えのあるドッグタグに、そこだけがまるで聖域のように守られている理由が合致して、天井を見上げて泣きそうになるのを、堪えた。