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調律師  作者: 小高まあな
第三章 永訣の夜
123/157

4−3−3

 階段をかけあがる。

 ぱたぱたと、肩にかけた鞄が動くのを邪魔だと龍一は思った。

 四階まで一気にのぼり、肩で息をする。

 円が合鍵でドアをあけた。

「沙耶っ」

 怒鳴る様にして円が沙耶の部屋にあがりこむのに、慌ててついて行く。

 部屋の中から大きな物音がして、少なくとも沙耶がこの部屋にいることに安堵した。

「おいていかれた!」

 もっとも、安堵したのは一瞬だった。

 沙耶が叫ぶ。彼女が投げつけた本が電気スタンドをなぎ倒した。あたりに散乱している服や本に、龍一は既視感を覚えた。

「連れて行ってくれなかった! おいていかれた!」

 頬をぬらして彼女が叫ぶ。

「沙耶!」

 円が服を踏みつけながら近づくと、その手をつかんだ。

「どうして一人でいってしまうの?」

 彼女が放り投げた本が龍一の足下にとんできた。ゆっくりと視線をうつす。

「あたしに一緒にいけって、そう頼んでよ! そういってくれさえすれば、あたしは!」

「沙耶!」

 斬りつけるように円が叫ぶ。

 その手を振り払うように両手を振り回す。

「っ!」

 小さく円が叫ぶ。何かを引っ掻いた感触に沙耶の手がとまる。

「あ……」

 小さく呟くと、ゆっくりと両手をおろした。

「ごめんなさい、あたし……」

「大丈夫」

 少し血がにじみだした頬を、片手でぞんざいに触れると円は笑った。

「大丈夫」

 ゆっくりとしゃがみこんだ沙耶の頭を抱く。沙耶は円にしがみつくように腕を伸ばした。

「おいていかれた」

「うん」

「また捨てられた」

「うん」

「連れて行って、欲しかったのに」

 小さく小さく呟かれた言葉に、円は一つずつ丁寧に頷く。

 龍一は、ただただ黙ってそれを見ていた。荒れ放題の部屋の中、枕元に置かれた熊のぬいぐるみがじっと彼を見ていた。その首に巻かれた、見覚えのあるドッグタグに、そこだけがまるで聖域のように守られている理由が合致して、天井を見上げて泣きそうになるのを、堪えた。

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