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調律師  作者: 小高まあな
第三章 永訣の夜
121/157

4−3ー1

「沙耶」

 首に回した手は離したものの、両手は握ったまま離せなかった。そんな沙耶に、賢治が声をかける。

「俺のこと、もう、気にしなくてもいいんだよ」

「え?」

 首を傾げる。不安が胸をよぎる。

 彼は、何を、言い出す気だろう。

「大丈夫。ちゃんと自分のことは自分でけりをつけるから。ただ、言いたいことがあってここに来ただけだから」

「賢、何を……」

「思い出したから、俺は」

「賢!」

 それ以上、言わないで。

 遮る様に出した大きな声を彼は無視し、

「もう、死んでるんだよね」

 少し悲しそうに微笑んだ。

「っ」

 言わないで、欲しかったのに。

 握った手に力を込める。大丈夫、まだ触れていられる。消えていない。

「ごめんね、今さらこんな風に現れたら、沙耶に心配かけるだけだよね」

「違う、違う。そんなことは」

 この手を離さなければ、まだ。

「沙耶のことだから、自分のせいで俺がまだ成仏出来てないとか、思ったんじゃない?」

「それは……」

 図星だった。

「だって、あたし、お葬式も行ってないから……」

 幽霊がここに留まっていることが、良いことではないことぐらい、わかっている。大事な人だからこそ、もっとはやくにちゃんと見送ってあげるべきだったのだ。そうしたら、彼はこんな、何年もここに留まっていなくて済んだのに。

 それが、仕事のはずなのに。

「あたしが、ちゃんとしていれば……」

「わかってるから、大丈夫」

「大丈夫じゃないっ」

「留まっているんじゃない。遣り残したこと、思い出したから、戻って来ただけ。もう、すぐ、またいくよ」

「だめっ」

 行かないで。

「もう、あたしを捨てないで。置いて行かないで」

 すがりつく。

「駄目だよ。沙耶を連れて行ったら、円さん達に怒られちゃう」

「でもっ」

「ごめんね。話、聞いてくれる?」

 首を横に振る。何度も、何度も。

 話を聞かなければ、まだ、彼はここにいてくれるはずだ。

 賢治は困った様に笑い、

「ごめんね」

 それを気にすることなく、話始めた。

「あのさ、俺、なんで見えないんだろうって悩んだりもしたけど、今なら思えるよ、見えなくてよかった。普通のカップルになれたもん。短い間だったけど、楽しかった」

 首を横に振る。何度も、何度も。そうすれば聞かなくてすむ。こんな、終わりみたいな言葉。

「ずっとさ、思ってたんだ。沙耶は見えることに、疎まれることに慣れ過ぎだよ。そうやって慣れないで、沙耶から距離を置かなければきっと、もっと味方はいるはずだよ? 例えば、七組の井上って知ってる? あいつ、オカルト好きでさ、本当は一度沙耶と話してみたかったんだって。沙耶はそういう興味本位嫌いかもしれないけど」

「味方なんて……。円姉と直兄と、清と、……それから賢がいてくれればいいのっ」

「さっきの、男の子は?」

 呆れた様に言われて、言葉につまる。

「恋人じゃないけど、大切な人なんでしょ?」

「なんで……」

「違うの?」

「……違わないけれども」

「じゃあ、大切にしなきゃ。いなくなってから悔いても、仕方ないよ」

 ね? と子どもに言い聞かせるように。

「だって、だって、あたし、忘れてしまったんだもん、龍一君のことっ」

「しかたないよ」

 あっさりと言われた言葉に、思わず彼を睨みつける。

「しかたないって、何っ」

「誰だって、いつかは忘れるんだよ。俺だって、いろんな事忘れてきたんだから。俺の忘物率の高さとか、約束すっぽかし具合とか知ってるでしょ?」

「だって、それとこれとは」

「違わないよ。同じことだ」

 賢治はゆっくりと、柔らかく微笑んだ。

「同じことだよ」

 じわり、と視界が滲む。今、自分は酷い顔をしている。

「ああ、もう、だから、そんなに泣かないで」

 焦ったような声に、さらに涙があふれてくる。

「沙耶……」

 ぐいっと腕を引かれ、抱きしめられる。

「泣かないで」

 耳元で言われ、さらに泣きそうになる。

 スーツの胸元に額を押し付ける。こんなにも確かにここに存在しているのに、存在していないなんて。そんなこと、認められない。

 何度も、何度も、頭を撫でられ、その度にまた涙があふれてくる。

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