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調律師  作者: 小高まあな
第二章  かつての恋人へのささやかな贈り物
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4−2−10

 どうしたらいいかわからないまま、気がついたら龍一は調律事務所の前に立っていた。

 事務所に灯がついているのを確認すると、ゆっくりと階段をあがる。相変わらず、きしんだ音を立てる階段に眉をひそめる。

 もう、どれぐらいこの階段をのぼっていなかったのだろうか。階段を睨みつける。

「龍一君?」

 上からふってきた声に顔をあげた。

「円さん……」

 一海円が大きなゴミ袋片手に、事務所から出て来たところだった。

「どうしたの? 珍しいじゃない。……何かあった?」

「いえ……」

 心配そうに言われた言葉に、慌てて顔を背ける。自分の目が赤くはれているであろうことは、鏡を見なくてもわかる。

「入って」

 促されるままに中に入り、

「……どうしたんですか?」

 中の光景に、思わず尋ねた。

 部屋中に置いてあるダンボール。中身が入った物と、まだ組み立てる前のものと。円が片手にもったゴミ袋といい、これじゃあまるで、

「引っ越しみたい……」

「事務所、なくなるの」

「え?」

 振り返る。円が珍しく困ったような顔で笑っていた。

「まあ、一海で同じことを今後も続けて行くだけなんだけれども。調律事務所自体はここでおしまい」

 座ったら? と言われ、以前と同じようにおかれていた自分用の椅子に腰掛ける。

「無くなるって……」

「まあ、もともと試験的な組織だから。一応、この前の沙耶の龍が暴れたことの責任をとるってことで」

「そんな……」

「龍一君にも連絡しなきゃな、と思っていたんだけど、なかなかしにくくて。ごめんね」

 首を横に振る。

 なくなってしまうのか、と思った。

「まあ、今やってることをこの後、一海でやるだけだから」

 円がいつものように微笑んで言う。

「だって私、次期宗主だし?」

 おどけていうから、出来るだけ笑って返す。

 そんなにここにずっといたわけじゃなかった。春休みに少しバイトして、たまに遊びに来て。それだけだった。特に何をしたわけでもないし、円達に比べたら自分がここが無くなることで傷つくような立場じゃないことはわかっていた。それでも、

「さみしいですね」

 ここが無くなってしまったら、もう、円や清澄や直純や、それから沙耶とのつながりも本当に消えてしまう気がした。

 もっとも、もうないも同然なのかもしれないけれども。

「……どうしたの?」

 円が顔をのぞきこむようにして、尋ねてくる。ずっと黙っていたのが、耐え切られなくなったような口ぶりで。

「いえ……」

 首を横に振る。

 なんとなく来てしまったのはいいものの、円に相談していいことなのかもよくわからなかった。

「あれ、龍一? どーした?」

 隣室、仮眠室として使われている部屋のドアが空き、清澄が顔を出す。

「声がするから何かと思ったら」

 よいしょ、と抱えていたダンボールを床に置き、龍一の顔をまじまじと見て、

「……マジでどーした? 泣いた?」

 ストレートに聞いてきた。

「うわ、あんたそれ直球……」

 円がつっこみ、

「え、あれ、ごめん」

 清澄が慌てて両手をあわせる。

 それを見ていたら、もう一度涙がこみあげてきて、慌てて袖口で目元を拭う。

「コーヒー、飲む?」

 清澄の言葉に小さく頷く。

「ん、待ってて」

 こんなにいい人達なのに、この人達とのつながりも、もう切れてしまうのだろうか。こんなにいい場所なのに。思わず来てしまうような場所なのに、ここもなくなってしまったら、次から自分はどうしたらいいのだろうか。

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