4−2−9
あの日から、徐々に齟齬がでてきた気がする。
その後も数ヶ月間普通に付き合っていた。デートのやり直しも、ファーストキスのやり直しも、した。
でも、やり直しはやり直し、最初のそれとは意味が異なる。やり直しなんて、もう一度なんて、最初から出来るわけなかった。
やっぱり少しだけ彼女の存在が怖かった。
そして、相変わらず巫女姫様として皆に距離を置かれている彼女と、他のクラスメイト達の間に挟まれて生活することも苦しかった。普通の高校生活も、沙耶の彼氏としての立場も、どっちも大切だったけれども、両方持ったままの生活は宙ぶらりんだった。
敏感な彼女はどうしたらいいかわからない賢治の困惑を読み取り、少しずつ距離を置く様になっていった。
子どもだったのだ、と今なら思える。
仕方が無い、子どもだったのだ。受け入れられなかった。色々なことが。
亀裂はゆっくりとひろがっていき、やがて取り返しがつかなくなった。
あの日、夕日の綺麗な放課後の教室で、
「別れましょう」
微笑んで言ったのは彼女の方だった。
でも、別れを切り出したのは確かに彼女の方だったけれども、そうさせたのは賢治だ。賢治からは切り出せなかった。彼が離れると、本当に沙耶は巫女姫様として一人になってしまう。そう思って切り出せなかった。
それを察した彼女は、綺麗に微笑んで言った。
「その方がお互いのためにいいわ。ごめんなさいね」
謝るのはこちらの方なのに。
眉根を寄せる。どうしてこんなことになったのかわからなくて、泣きそうだった。
不用意に近づいたせいで、浅はかな子どもがかき乱したせいで、余計彼女を苦しめた。あのときはそう思っていた。
「賢……」
「……うん?」
「今まで、ありがとう」
「……こちらこそ」
「倖せに」
「沙耶も」
「ごめんなさい」
「俺の方こそ……」
「さよなら」
そういってもう一度沙耶は微笑む。
「ばいばい」
これ以上いられなくて、そう呟いて鞄を持つと、教室を出て行く。
「沙耶」
ドアから一歩外にでたところで振り返る。沙耶は頬杖をついていた。その背中に、どうしても伝えたかった言葉をかけた。
ああ、そうだ。
再会した沙耶の、なんだか泣き出しそうな沙耶の、髪を撫でながら思う。
思い出した。
彼女に言いたい事があったんだ。
だからここに来たんだ。
「沙耶」
名前を呼ぶと、彼女が少し体をはなし、顔を上げた。
「今でも好きだよ」
驚いたような顔をして、はにかんだ様に笑う。
懐かしいと思った。でも、以前とはやはり違う。
今でも好きだから、彼女に伝えなくちゃいけないことがある。