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調律師  作者: 小高まあな
第二章  かつての恋人へのささやかな贈り物
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4−2−2

 昨日から引き続き、重い気分を抱えたまま、龍一は帰りの電車に乗っていた。

 昨日の雅の言葉が耳から離れない。だけれども、どうしたらいいかわからない。

 付き合ってもいないのに、わざわざ沙耶に連絡するのも気が引ける。堂本賢治とよりを戻したのか、なんて。大体、面と向かって肯定されたら、自分はどうしたらいいのだろうか。

 ため息。

 友人の巽翔にも、学校の幽霊ちぃちゃんにも、様子が変だ、どうした? と心配されたけれども、笑ってごまかした。どうやって相談すればいいのかわからない。

 もう一度ため息をついたところで、地元の駅につく。

 重い足を引きずる様にして改札をでたところで

「……沙耶?」

 見慣れた姿をみかけ、思わず声をかける。

「龍一君。今、帰り?」

 声をかけられた沙耶が、ゆっくり微笑む。君付けの呼び方は未だに慣れなくて、少し眉をひそめた。

「うん。沙耶は?」

「ちょっと、人と待ち合わせ」

 少しはにかんだ様に笑う。その姿に、待ち合わせ相手が誰だかわかったような気がした。

 声はかけたものの、どうしようかと思いながら口を開き、

「そっか。あのさ……ええっと、ご飯、ちゃんと食べてる?」

 また少し、やつれたような気がしてそう聞いてみる。

「ええ、まあ」

「母さんが心配してた。1人のご飯は淋しいし、またいつもで遊びに来て頂戴ねーって」

 おせっかいだよなーと、龍一は笑う。

 沙耶が強張った顔をした。それで悟る。覚えていないのだ。

「……ごめん」

「……ごめんなさい」

 沙耶は顔を伏せる。

 謝らせたいわけじゃないのに。

「あの、それで、それはいいんだけど、聞きたいことがあって」

「えっと、なあに?」

 顔をあげて、取り繕うように、沙耶が笑う。

「あ、いや、そのたいしたことじゃないんだけど。雅……姉が、見かけたって」

「見かけた?」

「その、沙耶が」

「おまたせー」

 龍一の言葉を、声が遮った。沙耶の目が見開かれる。

 嫌な予感。ゆっくりと振り返る。

 見たことのある男性が、片手を振る。

「賢……」

「あれ、お取り込み中?」

「え、ええ」

「じゃあ、ちょっと待ってるねー」

 男性は微笑み、少し離れた柱にもたれかかる。

「ごめんなさい、龍一君」

 微笑む。

 龍一君、の呼び方が癇に障る。

「堂本賢治、本物の?」

「……ええ」

 小さく頷く。

 もう一度ちらりと視線を後ろに向ける。

 春に見た化け物を同じような柔らかそうな茶色い髪。明るい笑顔。でも、あの化け物はもっと幼く、そして自分と同じ学生服を着ていた。

 あそこでケータイを片手に柱に寄りかかっているのは、もっと大人びた、スーツ姿の男性だ。

「あの、それで聞きたいこと、って?」

 おずおずと沙耶が尋ねる。

「いい。大体解決した」

 自分の声色が酷く冷たいものに感じられた。でも、言葉が止まらない。

「え?」

「雅が言ってた。見かけたって、二人がいるのを。より戻したの?」

「そんなんじゃ……。たまたま昨日、会って。声、かけられて」

「たまたま昨日?」

「本当に」

「たまたま昨日、声かけられてわかったんだ。堂本賢治だって」

 皮肉っぽく口元が歪む。

「俺の事は覚えてなかったのに、あの人のことは覚えてるんだ」

 言った瞬間、自分で自分の顔が強張るのが分かった。今、取り返しのつかないことを言った気がする。

 沙耶に目があわせられない。

「それは……、ごめんなさい」

 小さく囁く様な声。

「……ごめん」

 床を見つめ、呟く。

「あの、龍一君……」

 その呼び方に、居たたまれなくて、逃げ出した。反射的に振り返り、来た道を戻る。堂本賢治の横をすり抜けて、再び改札の中へ滑り込む。

 沙耶は追いかけて来ない。声すらも。

 最低だ。

 言ってはいけないことなのに。

 でも、覚えていたんだ。

 俺のことは忘れていたのに。堂本賢治のことは。

 ホームにいた電車に、行く先も確認せず飛び乗る。

 駆け込み乗車を注意するアナウンスを聞きながら、立っていられなくてそのまま床に座り込んだ。膝に顔を埋める。

 あのスーツ姿の大人の男性に、高校生の自分が勝てる訳がない。彼女に忘れられた自分が勝てる訳がない。彼女はなにも悪くないのに、傷つけた自分が勝てる訳がない。

 周りの視線を痛い程感じながら、それでも立てなかった。

 泣いている顔をあげることは出来なかった。


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