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ソファーに膝を抱えて座り、沙耶は名刺を見つめた。
名前だけは知っている会社と肩書きと、それから堂本賢治の名前が入った名刺。裏返す。ケータイ番号とメールアドレスが走り書きされている。
今はちょっと時間ないからまた今度ゆっくり! 賢治はそう言って立ち去った。
驚いて、特に何も言えないまま、この名刺を受けとってしまったけれども、
「どうして、今……」
こんな時に現れるんだろう。あの底抜けに明るい笑顔を浮かべて。
机の上においたケータイを見る。
どんな顔で連絡すればいいんだろう。
賢治はまるで何事もなかったかのような顔で声をかけてきたけれども、そんな風にはできない。
悩みながらもケータイに手を伸ばし、
着信音。
指先が触れたところで鳴ったそれに驚きながらも、慌てて耳にあてる。
「もしもし?」
『沙耶ー、直がご飯食べに行こうってー』
「……円姉」
名乗ることもなく、いきなり用件を切り出す、聞き慣れた声。その声に少し安心する。
『んー? どうした? なんかあった?』
相変わらず勘のするどい円が、伺うような声を出す。
「なんにもないよ。あたし、中華が食べたい」
『おっけーおっけー、直のおごりだからなんでも!』
『え、俺おごるとか言ってないよな!?』
『誘ったのはあんたでしょー? すぐ出て来られる?』
「うん」
『じゃあ、事務所で待ってるから、おいで』
少しだけ、優しい声で言われる。
「うん、すぐ行く」
言って、電話を切った。
帰って来てそのままにしていた鞄を肩にかける。
少し悩んで、名刺は本に挟んでテーブルに置いた。
賢治に会ったことは、二人には言わない。
言っては、いけない。