4−1−1
端的に言うと自宅謹慎というものだ。
自宅のベッドの上で、天井をただ見つめる日々は、もうどれぐらいになるだろう。沙耶はぼんやりと思った。
でも、それも当たり前だ、と我ながら思う。
龍が暴れたことによって、巽や他の一族からの反発が大きいらしい。けが人こそ居なかったものの、次に何かがあったら、一海全体として沙耶を庇う事は出来ないだろう。それはずっと前から覚悟していたことだ。
実際、この間だって覚悟していた。誰かを傷つけるぐらいなら、殺されても構わないと思っていた。だから、円に「お願い」をした。もっとも、それはそれで円を傷つけることになるのは分かっていた。どちらに転んでも、誰かを傷つけないといけないのだ。
ぎゅっと一度目を閉じる。
そんな不安定な人間を現場に出す事はできない、と判断された。当たり前だ。
それに、どちらにしても、自分だって外に出たくなかった。
もう一度、ぼーっと天井を見上げる。
落ち着いてみたら、毎日忘れている何かに出くわした。
仕事も無くて暇だから、近所のお気に入りの紅茶屋さんに行こう、と思った。美味しい紅茶を飲もう、と。
でも、行けなかった。
その店がどこにあるのかがわからなかった。
週1で通っていたのに。
高校を卒業してからずっと住んでいる町なのに、知らない町のような気がした。
これ以上知らないものに遭うのが怖くて、すぐに引っ越した。
本でも読もうと思った。大好きな本でも読もうと思った。
ぼろぼろになるぐらい読み込んだ文庫本を取り出す。ぼろぼろになるぐらい読み込んだ本のはずなのに、展開を全然覚えていなかった。
怖くなって閉じた。
新しい本を読もうにも、本当にそれが読んだ事がない本なのか、自分の記憶に自信がもてなくなった。
枕元においたケータイに手を伸ばす。
最初の頃は頻繁に届いていた龍一からのメールも、最近ではたまに届く様になった。以前の自分がどういうテンションでメールをしていたのかがわからなくて、また失望させるのが怖くて、返信が滞ったことが原因だと思う。結局、失望させたのだろう。
ケータイを閉じる。
本当のことを言うと、もう何を忘れたのかも覚えていない。
きつく目を閉じた。
彼が現れたのは、そんなときだった。
「沙耶?」
聞き覚えのある声。夕飯の買い物にでた先で、背中にかけられた言葉。
一つゆっくり息を吐き、ゆっくりと振り返る。
「あ、やっぱり沙耶だー、久しぶりー」
右手をひらひらさせて、屈託なく彼は笑う。柔らかそうなパーマのかかった茶色い髪。記憶にあるのよりも、大人びた顔。
「……賢?」
小さく小さく唇からこぼれた名前に、堂本賢治はにこやかに頷いた。