3−7−1
布団に膝を抱えて座る。
あれからどれぐらいたったんだろう。ほつれた髪をなんとなく手ぐしで整えながら小さく息を吐く。
冗談だよ、と笑う直純の姿が浮かぶ。
恋敵なんだ、俺じゃだめかな、冗談だよ、の流れが冗談じゃないことぐらい、沙耶にだって分かる。
いつからだったんだろう。全然気がつかなかった。
ただただ、優しいお兄ちゃんだと思っていた。
それとも、
「忘れたのかな」
気がついていたのに、気がついていたことを忘れているのだろうか。
もう何がなんだかわからない。
何を忘れているのかがわからないのが、一番怖い。
大事な事を忘れているのだろう。きっと、もっと、たくさん。気がついていないだけで。
「冗談だよ、か……」
直純のことは、尊敬しているし、大好きだ。
でもそれは、家族に対する感情だ。
「せめて、ちゃんと返事したかったな」
尊敬している、大好きな人だからこそ。でも、なかったことにされたから、それは出来ない。
「意外と直兄ずるいもんな」
少しだけ笑う。
ちゃんと返事がしたかった。
忘れないうちに。覚えているうちに。
次会った時に、ちゃんと笑える様にしないとな。と思う。
直純だけじゃない、円にも宗主にもみんなに、ちゃんと笑って対応しないと。これ以上心配をかけないように。
もちろん、
「榊原龍一君にも」
小さく呟く。
彼にこそ、笑って対応しないと。
でも、それが正しいのかわからない。どういう顔をしたらいいのかわからない。
思い出すから、と言ったのに。また、がっかりさせてしまう。
膝を抱える手に力を込める。
外から声をかけられる。
「どうぞ」
深く考えずに、咄嗟にそう返事をした。
ゆっくりと襖が開く。外からの光の眩しさに、目を細めた。