3−6−4
「よっ」
縁側に腰掛けていた円は龍一の顔を見ると軽く左手をあげた。
「……今度は円さんですか」
「今度って何よ。座って」
大人しくその隣に座る。
「さっきから、清澄と直純さんに捕まってたんです。なんか、RPGの勇者になった気分です」
「囚われのお姫様の前を立ちはだかる、四天王ってところね。三人しかいないけど」
「どっちかっていうと、お姫様はラスボスですけどね」
苦笑い。
「ラスボスの前におねーさんの話を聞いて行きなさい」
「はい」
「よろしい」
にっこりと円が微笑んだ。
「ところで、なんか大分顔やつれてるけど大丈夫? 若いからって無理しちゃだめよー?」
言われて頬に手をやる。
「やつれてますか?」
「うーん、ちょっと。ま、仕方ないけどね」
言いながらポケットから煙草を取り出す。
「……あ、いいよね?」
「どうぞ」
微笑んで円はそれに火をつける。
「もー父様達は禁煙しろって五月蝿くってさー。大分我慢したつーの。特に爺様連中がうるさくって。女の私が次期宗主なのが気に入らないから特に五月蝿いのよ」
不愉快そうに言いながら、煙を吐き出す。
「ま、俺もやめた方がいいと思いますが」
「龍一君までそういうこというの? 酷い」
ちっとも酷いと思ってなさそうな口調で告げる。
「でさ、沙耶の龍のことなんだけど」
そしてさらっと本題に入る。
「はい」
龍一は姿勢を正した。
「封印をね、し直したの。父様と直次叔父様……、直の父親ね? とで」
「はい」
「だから、しばらくは大丈夫。もうあんなことにはならない。でもね」
円は庭を見たままだ。そんな彼女の横顔を龍一はじっと見る。
「封印をし直すことで、沙耶の記憶はさらに失われることになる」
「……はい」
「前からそうだったんだけどね、無理矢理に押し込んでる部分があるから。不意に暴れるよりは、強引にでも封印をしておいた方が害は少ないのよ。……結果としては変わらないんだけど」
「……はい」
「ごめんね。これが今の私たちに出来る限界なのよ。できれば、何も失わずに沙耶を守れたらよかったんだけど」
龍一はゆっくりと首を横に振る。
そこまで要求出来る立場に自分はない。
「それとね」
「はい」
「次にもしこういう事があったら」
携帯灰皿を取り出し、灰を落とす。
「今回は誰も傷つけなかったけれども、また誰かを死傷することがあったら」
じっと次の言葉を待つ。
「私たちは、下手をしたら沙耶を殺す事になりかねない」
「……え?」
一瞬、息の仕方がわからなくなる。意味がよく、わからなかった。
「沙耶は人間よ。私の可愛い妹。化け物なんかじゃない」
「当たり前ですっ!」
勢いよく言うと、円は龍一をみて微笑んだ。
「そうよね? でも、それは私たちの論理。私たち、沙耶の側にいる者の論理」
また視線を戻す。
「他人からしてみたら、化け物と変わらないこともまた、事実なのよ。今回みたいに沙耶の意思で龍が戻せないときは特にそう」
「……それは」
「私個人は沙耶を守ることが出来るなら、多少の犠牲はしょうがないって思うときもあるけれども、それはあくまで一海円という人間の意見。一海の時期宗主の立場としては、それを許容することはできない。ひと一人のために多くの者を犠牲にするわけにはいかない」
言っていることは間違ってはいない、と思う。でも、正しいとは思えない。
「なによりもね、沙耶自身がそれを望まない」
それも想像できる。他人を傷つけることをあんなに恐れる彼女が、他人を犠牲にしてまで生き延びる事を望むとは思えない。
「だからね、沙耶をうちで預かることになったときに、決めてあるのよ。巽とか他の一族ともね。もし、沙耶の龍が暴走して、手に負えなくなったときは」
切れ長の目を細める。庭にいる何かを、睨みつけるかのように。
「沙耶を傷つけてでも、その命を奪う事になってでも、止めるって」
「……そんな」
「今回もお願いされかかった、沙耶に。龍一君が来てくれたからよかったけど、もしかしたら私は沙耶を傷つけることになってたかもしれない」
煙草を灰皿の中に押し付ける。
考えても見なかった事だった。でも確かに、可能性はあることだ。
「でもね、龍一君」
円はゆっくりと龍一の方を向く。
「それは私たち、一海の論理。一海で定めたこと。貴方が、縛られる必要は無い。覚えておいては、欲しいけど」
一つ頷く。
もしそうなっても、自分は最後までそれに抗おうと思った。円達と敵対することになっても。そして多分それを円個人も望んでいる。
「本当はね、一般人の、高校生の貴方にここまで頼るのもどうかと思うのよ。あんまり色々言うと、いざという時逃げられなくなっちゃうでしょう?」
「そんな、逃げたくなんて……」
「何があるかわからないじゃない。君の人生はこれから先まだまだ長いんだし」
でもね、と微笑む。
「それは、一海次期宗主としての私の気持ち。一海としては君にそこまで頼れないってこと」
そして龍一の手を取った。祈る様にその手をにぎる。
「でもごめん、龍一君。あの子の姉として頼みたいの」
にぎった手に力がこもる。
「助けて」
言われた言葉に一つ、息を吸う。
誰かに助けを求めそうにもない人なのに。なんでも自分一人で軽々とこなしてしまいそうな人なのに。
「はい」
頷いた。
それ以外に何が出来るというのだろう。
「俺に出来る事なら」
確かに、いつか嫌になる日が来るのかもしれない。でも、今はそんなこと考えない。今は考えられない。
「ありがとう」
綺麗に円が微笑んだ。
そして、立ち上がる。
「これにて、最後の四天王は倒されました」
にやりと笑い、三つ先の部屋を指差す。
「ラスボス兼お姫様はあそこよ。行ってあげて」
頷き、立ち上がる。
もう迷わない。
襖の前で一声かける。
中からくぐもった返事。
襖に手をかけた。