失踪 其の三
一真は庫裏の入り口へずかずかと進んだ。
通りかかった数人の僧がその勢いに驚いて一真を引き止めた。
「な、何事ですか。寺の中にはお入りにならないでください」
「女が中にいるはずだ。探させてもらう」
一真を掴む僧の手を振り払い無理やり中に入ろうとする。
「簪は見つかりましたかな」
突然、背後から声をかけられた。
先ほどの老住職だった。
住職は先ほどとは打って変わり不穏な影をまとっている。
一真達を見る目に敵意があった。
「あの女性ならば、急用ができたと申して先に帰ると拙僧に言付けていかれましたわい」
無表情に一真達にそう告げた。
「でも、だったらなぜ俺たちに黙って?」
兵庫が首をかしげた。
「さあ、そこまでは。一度お戻りになってみればいかがですか」
住職はそう促した。
しかし、一真は引かなかった。
「あやめ殿は中にいるはずだ。先ほどまで一緒に探していたのに、人に言付けて自分だけ帰るのは不自然だ。悪いが中を調べさせてもらう」
そういって、庫裏の中に入ろうとした。
「これ以上は、お上に訴えでますぞ」
厳しい住職の叱声がとんだ。
「町方のお役人の出る幕ではございません。どうぞ、お引取りを」
「調べられて困るのは御坊たちのほうではないのか」
一真は威嚇するような目をして言った。
「はて、何のことでしょう」
そうとぼけた住職が一瞬、一真の向こうに広がる庫裏の中の闇にニイッと笑いかけたように見えた。
結局、寺を半ば追い出されるように出た三人は奉行所へ向かった。
このことが岩木に知れるとただでは済まされないとは思ったが他に頼るものはなかったのだ。
案の定、岩木はその報告に血相を変えた。
「ばか者っ、何故それを先に言わんかったか。言えば他に対処のしようもあったろうに、あやめが寺に取られてからでは何もできんわ」
柱が折れるかと思うような勢いで三人は怒鳴られた。
「寺社はわしも管轄外だ。立ち入りの許可を取ることはできるとは思うが時間はかかるだろう。その間にあやめがどうなるかぐらいお前たちにも想像がつくはずだ」
岩木はギロリと三人を睨んだ。
寺社領の管轄は寺社奉行であった。
これは将軍直属の奉行である。
老中配下の岩木よりも地位は高かった。
当然、寺に乗り込むお膳立ては容易ではないはずである。
「もうよい、お前たちの沙汰は追って決める。まずはあやめの無事だ。わしは今から寺社奉行に願い出てみる。よいか、お前達はもう関わるな」
岩木はそういい残すと、荒々しく出て行った。
取り残された一真は畳に力いっぱい拳をぶつけた。
警戒していたはずだった。
なのに、あやめから目を離してしまった自分を殴りたかった。
腑分けや賊を目撃したと知れればあやめはおそらく殺される。
場合によっては、賊の慰み者にもなるだろう。
「俺がついていながらあやめ殿を守れなかった。完璧に俺の落ち度だ。巻き込んですまん」
一真は振り返って二人に頭をたれた。
兵庫が慌てて一真に向き直る。
「いや、俺だってあやめ様が寺にはいるのを止めなかったのがいけないんだ。お前だけの責任じゃない」
安次郎もうなずいた。
「俺たちの責任だ。剣斬丸に構いすぎた。なあ、それより俺たちの沙汰ってどういうものだろう」
兵庫が震えた。
「最悪、切腹・・・。かな?」
安次郎はやっぱりそう思うか、と上を向いた。
「なあ、一真。毒食らわば皿までって諺あるよな。どうせ死ぬなら派手にやりたいよなあ」
そういった後、一真に向かってにいっと口角を上げた。
「男らしく華々しく、か。でもそれは俺だけでいい。お前達まで関わる必要はない」
安次郎の腹が読めた一真は牽制した。
「水臭いぞ。俺だってお姫様に一目置かれたいんだよ」
けらけらと笑った。
兵庫も安次郎の考えていることに気付いた。
「俺、嫌だぞ。っていうか俺は弱いし役に立たないぞ。でも、置いていかれるのはもっと嫌だな」
上目づかいに二人を見た。
「決まりだ」
安次郎が二人の肩に腕をかける。
「英興寺にもう一度乗り込むぞ」