失踪 其の二
あやめの覗いていた庭は庫裏の脇の小さな一角だった。
広さはざっと三十坪ほどで横に長広く、庭石や松が植えられて小さいながらも奥行きを感じさせる作りだった。
庭に案内されるとあやめは庭よりも庫裏の中が気になるようでそちらばかりを見ている。
「どの辺りに落とされたのかな」
先ほどの住職はあやめの邪な好奇心に気付く気配もなくニコニコとしている。
「ええっと、あちら・・・。いや、あちらのほうだったかも。まあ、おいおい探しますから」
あやめはのらりくらりと庭を歩いて廻る。
そして、内部を伺っているのはあやめだけではない。
一真達も、簪を探すように這いつくばりながら、庫裏の中や本堂の中を伺っていた。
あまりにも皆が寺ばかりを見てるので一真は母の簪がちょっと哀れに思えた。
住職が別の僧に呼ばれてその場を離れたとき、一真はあやめに近づいた。
「先ほどから寺ばかり見てませんか。ちゃんと簪を探してください」
あやめはフン、とそっぽを向いて「そっちこそ」と返した。
「とにかく、簪を見つけたらすぐに帰りますよ。余計な詮索して怪しまれないでくださいね」
一真は釘をさした。
あやめは聞こえない振りをして、さらに庫裏の方向へ一歩進んだ。
一真はそれが姫君の態度か、と腹ただしく思うのであった。
「おい、簪あったぞ」
突然兵庫が声を上げた。
「女物の簪だな。しかし・・・」
傍にいた安次郎は微妙な顔をする。
一真は駆け寄った。
そしてその簪を見るなり、たまっていたものが噴出した。
「あやめ殿っ」
簪は銀作りで梅の花が三つだけついた至極慎ましやかな作りであった。
しかし短冊形のビラビラ飾りのついた、つまりは若い娘や姫君使用のものである。
「お前の母上、まあ歳の割には美しかったしこれをつけていても違和感はないと思うぞ、うん」
兵庫は自分を納得させるようにうなずきながら言った。
しかし一真はそんな兵庫を凍てつくような目で射殺す。
「眉剃、お歯黒でこんなものつけるか。母上の物の訳がないだろ。あやめ殿が俺を引っ張り出すためにだましたんだよ、くそっ」
そうまでして腑分けが見たいか。
一真は厳しい声であやめを呼んだ。
「あやめ殿っ。こちらへお越しください。簪が見つかりましたよ」
後でたっぷり嫌味を言ってやる。
場合によっては叔父貴殿に言いつけてもいいくらいだ。
一真はそう思いながらあやめを待った。
しかし、あやめの返事はない。
「あやめ殿?」
一真は一歩前へ出た。
寺の庭は石や木があるのでけして見晴らしがいいとはいえなかった。
しかし、声が聞こえないほど広いわけではない。
庭からあやめの気配が消えていた。
「おい、一真。もしかして」
安次郎がおそるおそる聞いてきた。
「そのもしかして、だ」
一真は自分の言葉で、改めてあやめが消えたことを悟った。