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      岩木あやめの受難 其の二

一真が奉行所に戻った頃には、昼八ツ(2時半頃)をまわっていた。

そろそろ帰宅の時間だというのに、一真は仕事がまだ残っている。

「まったく。公務中に呼び出されたらかなわないな」


暑い中を歩いてきた一真は水瓶のふたを開けてひしゃくで水を汲んで一気に飲んだ。

冷たい水は喉を潤すには十分だが、日焼けで火照った体を冷ますには少し物足りない。


フウ、と一息つき、まだ暑い体を手であおぎながら友人達の隣に座った。

友人達は仕事を殆ど片付けて雑談をしていた。


「あやめ様のところに行っていたのか。くそっ、うらやましいな」

背の高い整った顔をした男が言った。

清島安次郎である。


「なんだって呼び出されたのさ。何かあったのか」

小柄で丸い狸顔の男が言った。

大堀兵庫である。


一真は二人を見てちょっと考えてから尋ねた。

「確か、兵庫は剣斬丸の土左衛門を見たんだよな。本当に剣斬丸だったか」


「なんだよ、藪から棒に。俺は第一発見者じゃないし、検分は火盗改方がやったから詳しいことはわからないぞ。でも顔も体も随分腐っていて、とてもじゃないが顔の検分なんてできなかったな」

うっぷ、と思い出してこみ上げたものを必死で抑えながら兵庫は言った。


「剣斬丸がどうかしたか」

安次郎が身を乗り出した。


「もし生きているとしたら、どうする」


一真は二人に向きあった。

二人の顔に険しいものが走るのが見えた。



二年前、一真がまだ無給の見習いで父について一緒に回っていたころの話だ。

町家に強盗が連続して入った事件が起こった。


一真は同じく見習いだった安次郎と兵庫とともにその現場の一つに連れていかれた。

被害にあった家は米屋を営んでいたが、奉公人を始め主人夫妻や隠居、そして幼い子供までのこらず殺されていた。


既に奉行所からは人が来ており検分の最中であった。

しかし凄惨な現場はそのまま残されていた。

頭の割れた死体や、虐待をされた後のある死体。

店の土間には奉公人たちの死体が残虐の限りを尽くされて転がっていた。


元服間もない見習い達には衝撃が強すぎた。

一真はその家に入った瞬間口元を押さえてかろうじてこらえたが、安次郎と兵庫は吐いた。


一真の父時宗は三人が落ち着いたのを見計らって、とつとつと様子を語りだした。

「みろ。この奉公人は生きたまま両足を切り落とされている。はいずった後があるだろう。おそらく隣に知らせようと痛みをこらえて玄関に向かったんだろう。けれどその後から鉈で頭を襲われている。こっちの女は喉をやられているな。声を上げないように焼け炭を食わされている。奥はもっとひどいことになっている」


兵庫がたまりかねて嗚咽をもらした。

傍で検分していた別の同心に「泣くなっ」と一喝されて涙を拭いたが、時宗はそこまで見せたところで三人を退散させることにした。


帰り際、時宗は言った。

「若いお前たちにはひどい現場だと思うだろう。けれど、これを行う奴らは平気なのだ。そして、そんな輩が徒党を組む。金のために、あるいは自分らの鬱憤晴らしにな。町方同心はそんな輩から町民を護らなければならない。その為には、凄惨な現場にも臆することなく出向いて欲しい。もしかしたら仏や犯人が残していったものから何か判るかもしれない。お前たちには上辺だけの捕り物ではなく、死んだものの声まで聴く捕り物をして欲しいのだ」


時宗は三人を見回した。

「おそらく、今回の盗賊は剣斬丸の一派だろう。ここだけでなく目黒の農家や新宿の旅籠も何軒かやられている。最近江戸のほうに移ってきたようだが、またどこに移るかわからない。神出鬼没の盗賊だ」


この一件で、まだ元服したての三人は剣斬丸の名前をくっきりと刻み込んだのであった。

その後町奉行所は八方手を尽くしたが、結局剣斬丸は捕まることがなかった。



「もし剣斬丸が生きているなら捕まえたいさ。あたりまえだろう」

安次郎がいきり立った。


「寺社領の中らしい。情報はあやめ殿が見ただけで不確かだ。番所(ここ)もうごいてはくれないだろう。それでもやるか」

一真は確認をするように二人を見回す。


「寺の中でも、出てきたところを狙うことはできるだろ」

こういうことにはいつも構える兵庫ですら乗り気の発言をした。


「決まりだな。寺から出てくるのを見計らって捕まえるぞ。張り込みはきついと思うがしばらくは辛抱だな」

三人はうなずきあった。


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