第四幕 正しい医学 其の一
数ヶ月前、剣斬丸は突然寺に押し込んできた。
住職を始めとする僧達は、盗る物をとれば出て行くだろうと思い抵抗はせずひたすら恐怖に耐えていた。
しかし盗んでいる最中に剣斬丸は腑分け済みの内臓を見つけたのだ。
「いいもの扱ってるな、おい」
剣斬丸はふと思いついた。
「俺ならこいつを大金に変えることができるぞ」
そして住職に臓器の密売を持ちかけたのだ。
「人胆は結構な金になるんだ。人油や、他の部分も薬として売れる。それ以外にも金持ちの大名や商人の中には、こういう臓物の塩漬けやらを集める趣向をもった輩もいる。俺はそれを売り捌く人間を何人か知っているんだ。どうだ、一緒に仕事をやらないか?お前らにも分け前はやるし、俺たちは寺で安全を約束されるんだ。お互いにいい話だろう」
寺の僧たちは迷った。
しかし、剣斬丸が捕まってしまって腑分けが表に出てしまっても困る。
それに寺は金に困窮している事情もある。
更に剣斬丸は言った。
「ある程度の金ができれば大人しく出て行くさ。それにここにいる間は、賊家業はしねえ。むやみに動いて金を稼ぐ必要もねえしな」
この一言もあり、僧侶たちは決心した。
僧侶たちは剣斬丸を隠すことにした。
まず手ごろな大きさの死体を墓から掘り起こした。
その死体に剣斬丸の着物を着せて川に流す。
数日後引き上げられた死体は痛みが激しく、肉は剥がれ落ち顔も腐って誰なのかも分からない状態だった。
しかし着物や持ち物から剣斬丸と判断され、その死亡の記事はしばらく瓦版をにぎわせたのだった。
これで剣斬丸が死んだと世間に思わせるには十分だった。
寺に居ついてしばらくは剣斬丸も大人しくしていた。
しかし窮屈な寺の世界にあきると僧侶たちに乱暴を働き始めた。
住職は悩んだ。
追い出すわけにはいかないが、これ以上の乱暴を僧に我慢させるわけには行かない。
そんな折にあやめがやってきたのだ。
女を与えれば荒ぶった気持ちも少しはおさまってくれるかもしれない。
住職はあやめには悪いと思いながらも剣斬丸への生け贄として寺の中へ案内したのである。
そして、隙を見計らって数人の僧侶達がその身を本坊の中へと押し込めたのであった。
「まさか女体よりも、殺生を望んでいたとはこれっぽちも思っておらなんだ。剣斬丸は根っからの殺人鬼じゃった。わしらはとんでもないものを寺で飼っておったものじゃ。あのお嬢さんには、本当に申し訳ないことをした。もう少しで取り返しのつかないところになるところじゃった」
そういって住職は肩を落とした。
やがて庫裏の裏に差し掛かると、庫裏に隣接した建物が見えてきた。
外から錠前がかけられている。
「ここは元は寺男の住居だったんじゃが利用するものがいなくなって今は物置にしとる。お嬢さんはここにおられるぞ。ご迷惑をかけたな」
住職が鍵をはずす。
一真達は、暗い室内に駆け入った。
「あやめ殿っ」
あやめは蜀台をもって棚の中を夢中で眺めているところであった。
突然の覆面の男達の出現に一瞬目をみはる。
しかし一真達と分かった瞬間、大層がっかりした顔になりつぶやいた。
「迎えが早すぎますわ」
倉庫には、売り捌かれる前の臓器と書物が置いてあった。
「資料も記録もたっくさんあって、一晩かかっても読みきれませんわ」
ほうっとため息をつきながら傍にあった心臓の塩漬けを愛おしそうに眺めた。
「やれやれ。本当に変ったお嬢さんじゃ。この部屋に入れられて泣いて怯えるかと思っておったら、むしろ逆じゃ。嬉々として臓物を眺めよる。ワシも他の僧もさっきから質問責めじゃて」
そういって住職は苦笑した。
「帰りますよっ」
怒りを通り越してあきれ果てた一真は頭を抱え怒鳴った。