剣斬丸との戦い 其の三
獣のような叫び声を上げた剣斬丸は崩れ落ちて、切り落とされた腕を握った。
一真は刀を振って血を払うと剣斬丸に向き合った。
「あやめ殿はどこだ。言え」
しかし、剣斬丸には聞こえていないようだ。
血がどくどくと流れ出ている腕を抑えたままそれにばかり目を向ける。
安次郎も手下をあらかた片付け終えており、一真の傍に寄った。
「その怪我じゃ使えねえだろ。別の奴に案内させよう」
蔑むような目つきで剣斬丸を見ながらいった。
二人が手下を見やると、伸びきったもの、怯えて声も上げられないものばかりである。
「こいつらも使えそうもないな」
一真はつぶやいた。
そのとき入り口にいた兵庫が誰かと言い争っている声が聞こえた。
「おおお坊方。ぞぞ賊を倒す邪魔立てをなさるかっ。ききき斬りますぞ」
斬る度胸もないと察するにあまりある震えた声であったが、僧たちが庵の中に入ることを何とか防いでいるようではあった。
「中は終わった。それより、あやめ殿だ」
一真達は兵庫の元へ寄った。
数人の僧が戸惑ったように一真達を見ながら、庵の様子をうかがっていた。
修行の最中に、剣斬丸たちの怒号が聞こえたことに不振を感じ、様子を見に来たらしい。
「どなたか、あやめ殿のところへ案内していただけないか」
一真は僧たちに向かって言った。
すると後列から声がした。
「私が案内いたしましょう」
そういって前に出てきたのはあの住職である。
「その代わり他の僧たちは見逃していただけないかのう」
それを聞いた安次郎があきれたように言った。
「関係のない奴は斬らねえよ。あんた、俺達を賊だと勘違いしてるな」
まあ、こんななりだと仕方がないか、と自分の覆面を軽くつまんだ。
「いえ。そうではなく。まあ、ついてきなされ」
住職はくるりと背を向け歩き出した。
暗い中庭を抜けて庫裏に向かっていく。
その道のなかで住職がぽつりと話し始めた。
「お主達は、昼間の町方じゃろう。あのお嬢さんに腑分けの話は聞かれたかな」
住職は振り返りらずに言った。
三人は黙ったままだったが住職は続けた。
「腑分けは罪。しかし、それはわし一人で行ったことにしてもらえないかのう。折角今まで蘭医学を学んできた他の僧侶があまりにもあわれじゃ」
「そういう話は寺社方の役人にでもするんだな」
一真は冷たくいい放った。
住職はフッと笑った。
「実際、数十年前まで黎明期だった蘭医学がここまで発展するまでには多くの困難があったんじゃ。そして、これからもそれは続くじゃろう」
その言葉に一真はあやめのことを思う。
あやめも不自由な中でもがいてもがいて蘭医学を勉強している。
「でも、腑分けを行うために人を殺したのではないですかな。それは罪に問わないわけにはゆきませぬぞ」
兵庫が言った。
「あれは死体じゃ。ここは寺じゃからな、仏は多くやってくる。それも無宿人のように葬式もあげられない仏を多く取り扱っておるからな。通夜も省かれて新鮮なものが何の労もなくここにやってくるのじゃよ」
住職が振り向いてニイッと笑った。
安次郎が驚いて言った。
「仏を傷つけるのかよ。なんて破戒僧だ」
「なに、死んでしまえば人間空っぽじゃ。体は唯の器。魂は、位牌に移され、墓に移され、仏の下へ移されて」
詩でも詠むかのように淡々と言った。
「御坊。我らは別に医学を否定してるわけでも腑分けの罪を詰問しているわけでもない。しかし剣斬丸についてはどうなんだ。あいつに泣かされた人間は数多い。それを、隠まっていたのはどういうことか」
一真は尋ねた。
住職は歩みを止めた。
「あれには、魔がさしたとしか言いようがありませぬな」
遠い空を見つめるようなぼんやりとした顔になる。