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第三幕 剣斬丸との戦い 其の一

あやめが寺に消えて既に二刻(約4時間)程たとうとしている。

日は既に沈み西の空をぼんやり赤く照らしているだけで辺りは濃紫の闇に包まれていた。

既に人の出入りは途絶え寺の門扉は硬く閉ざされていた。


一真達は、一旦家に戻り忍び込む為に黒装束を用意した。

寺の前でそれに着替えると黒い頭巾を被る。

できるだけ寺社では町方同心と悟られることは避けたかった。


「少しだけど長屋でこの寺の噂を聞いてきたよ。武家好みの禅宗で、武家屋敷にも近いのに檀家は少ないみたいだ。その代わり貧しい町民や無宿人の弔いを引き受けてくれるらしいぞ。無宿人の炊き出しなんかもよくやっているらしい」

着替えながら兵庫は帰った折に集めた情報を伝えた。


「表向きは弱いものの味方でさぞ人気があるんだろうな。でも裏じゃ賊は隠す、腑分けはする。とんでもない偽善寺だ」

安次郎がはき捨てるように言った。


寺は正門があるところは白塗りの土壁だが、概ねが生垣や垣根で囲われていた。

おそらく全てを土壁にできるほどの金のゆとりがないのだろう。

檀家が少なく、しかも貧乏人相手では寄付も期待はできない。


一真達は、表の土壁を登り侵入することに決めた。

生垣や垣根よりも侵入した形跡はつきにくい。


壁の向こうに人の気配がないことを確かめると、一真と安次郎は壁に大刀を立てかけた。

そして助走をつけて刀に足をかけるとひょいっと壁を登りきった。

それから兵庫が二人の刀を回収して、壁の上に引き上げてもらう。

そうやって三人は忍び込んだ。

「子供のとき、よくこうやってよその家に忍び込んで柿とか食ったよな」

思わぬところで役にたつもんだと、兵庫は感心した。



仏殿から歌うような読経の合唱が聞こえてくる。

丁度夕餉が終わる時刻であり、おそらく夕餉後の修行に入っているのであろう。

寺のほとんどの僧が集まっているようで、外には誰の姿もなかった。


三人はまず、あやめを見失った庭へ向かった。

庭から見える庫裏の各部屋には、やはり人の気配はない。


一真はあやめのいた所から辺りを見渡した。

仏殿が目に入る。


その仏殿の奥に、隠れるようにたたずむ小さな数寄屋造りの建物があることに気が付いた。


その方向から読経とは違う男の笑い声を聴こえてくる。

三人はその声に警戒した。


「あの中からだ」

小声でささやきあうと、一真達はその建物の方へ進んだ。


その小さな建物はこじんまりとした庵であった。

おそらく住職の住む方丈のようなものであろう。


三人は息を殺しすぐ下の茂みに潜んだ。

大きな障子に行灯でできた影が映り、中の様子が伺える。


賊のような風采の五、六人の男と僧侶らしい男が一人確認できた。

中でも一等体の大きな男が酒を酌んでいる。


「剣斬丸だ、奴が中にいる」

一真がつぶやく。


一真は影の中にあやめの姿を探した。

しかし、その場にあやめのような陰は見当たらなかった。


隠されているのは別の場所かもしれない、そう思ったとき剣斬丸が声を上げた。

「お坊は、飲まんのか」

剣斬丸は酒を勧めたようだった。


「仏門に入れば五戒を犯すことはできませぬ」

剣斬丸の問いに僧侶と思われる人物が答えた。

「ゴカイ?」

剣斬丸の怪訝な声がした。

「不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、そして不飲酒。拙僧は十五でこの道に入りましたが、一切俗とは関わりを絶ちました」

剣斬丸はちょっと間をおいて「難しいことはわかんねえ」と酒をあおったようだった。


どれ、と僧が立ち上がった。

「仏殿の僧の様子を見てきます。ゆるりとされよ」


そういって部屋を出ていこうとしたとき、剣斬丸が「おい」と声をかけた。

「あの女はどこで殺ればいい」


あやめのことだ。

一真は総毛だった。


僧が驚いたような声を出した。

「殺すのですか。まだ、若い娘を」


「何だ、お前が連れてきたんだろ。俺たちへの生贄にするためによ。慰みにするとでも思ってたのか。生憎、俺は人を殺す方に魅力を感じるんだ」


僧は黙った。


長い沈黙のあと、ぽつりと言った。

「観音堂をお使いになればいい。あまり、庫裏に近いと僧たちにいい影響を与えませんのでな」


そういった僧の言葉に剣斬丸はげらげらと品のない笑いを上げた。

「なるほど、確かに女の叫び声は禁欲の坊主どもには毒だろうな。朝までかかってゆっくり嬲り殺してやるぜ」

傍に控えている男たちもつられたように低く笑った。


一真が刀に手をかけた。

怒りで体が震え手がじわりと汗ばむ。


「おい、まだだ。あの坊主が外に出てからだ」

慌てて安次郎がその手を押さえる。


やがて離れの部屋から僧侶が出てきた。

背を丸くした小柄な老人、先ほど一真達を案内したあの住職だった。


暗がりの中を、まるで荷物を引きずるように億劫な様で仏殿に向かっていき、やがて闇に消えていった。

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