一夜の悶々の成りの果て
抱えた腕にかすかな温もりを感じるようになったころ、やっと俺の部屋についた。
さっきまで起きていたこともあって、燭台は今も灯っている。
人の容姿を見るには余りあるほどの光量だ。
そして初めて腕の中の人物の顔をみとめた俺は、
ただ、愕然とした。
光をうけてもぬばたまの黒髪は相も変わらず闇色のままである。
混じりけのない黒。
こんな髪、見たことがない。
そして更にその顔から足先まで視線を這わす。
蝋燭の光の照り返しを受け橙色に染まっている肌は肌理細かく、その頬肉は柔らかそうな印象がある。
眼の縁を彩る、これまた闇色の睫毛も今は閉じられ頬に影を落としている。
そして少し血の気が失せている唇はプクリと整った形をしていて、実に悩ましげだ。
この人物は、女、だ。
予想はしていたとはいえ、大いに動揺してしまっている。
腕が彼女の体重にそろそろ悲鳴を上げはじめてしまったことで少し我に返り、とりあえず自分の寝台に恐る恐る寝かせる。
少し離れて見てみればなお分かる自分との、男との違いに体温は上がり、心音は高鳴る。
変わった衣装を身に纏っていることを差し引いてみても、彼女は華奢だった。
なのに伸縮性がある素材のやたらと体に密着しているシャツは、双丘のなだらかな曲線を惜しみなく見せつけているし、
爪先の爪一つとってみても薄紅色の花弁を散らしたかのように可憐である。
ずっと見つめていたい。
ずっと触れていたい。
むしろ離したくなかった。
お酒を飲んだ時の興奮とは種類の違う、ともすればもどかしさと憤りにも近い感覚に眩暈すら覚える。
これ以上近くにいると誰が危険なのか、何が危険なのか分からなかったが、知りもしないのだが、とにかくこのやり場のない感覚から逃れたくて、俺は自室を後にした。
怪我人を治療することなどもはや頭の片隅にも残ってなどいなかった。
逃げたところで悶々としてしまい、結局夜が明けてしまった。
でも少しは落ち着いた気がする。
そこでふと思い出したのは彼女が怪我人であったことだ。
うわ、俺最低……。
よし、朝ご飯と薬箱を携えてもう一度あの部屋に行こう!
彼女は女である前に怪我人であるのだから。
そうと決まると行動が早いのは俺の利点だ。
病人食を作ってしまうと今度は駆け出しそうな勢いで自室に向かい、バーンとドアも開けてしまう。
そこには上体を起こし少し驚いたあどけない表情をする1人の少女がいた。
彼女の理知的な瞳は朝の光を受け鳶色を目立たせながら、真っ直ぐにこちらを向いている。
正直に言おう。
もう、逃げられないと本気で思った。