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第2話

 カレストリア王国における「魔力」は、日常生活、研究や戦争――使わないものを探す方が難しいくらいに、各種エネルギー源として使われている。

 魔力を得る方法としては、大きく3つ。


 1つは自然発生型。

 泉や森など、特定の箇所から湧き出るものであり、得られる量は時期や箇所によるため非常に不安定なものだ。


 2つは人工生成型。

 ここ近年開発された魔力生成装置を用いるもので、一般的に生活に使用する魔力の大部分は、人工的に作り出すことで賄っている。

 装置にはまだ改良の余地があり、安定した魔力供給のために、国が最も力を入れている分野といっても過言では無い。


 最後は、人体から抽出する方法になる。

 魔力量には個人差があるうえ、人は魔力を失うと、回復するまで動けなくなったり気を失ったり――「魔力枯れ」という体調不良を起こす。

 魔力量は検査器具を使って数値化することはできても、検査器具は王宮をはじめとした限られた場所にしか無い。

 また、魔力は目に見えないことから、本人の申告を以て「どこまで抜くか」を判断するほかなく――人から魔力を抜き出すことは、緊急時以外原則行わないのが暗黙の了解だ。

 もっとも、応急に招集されるような「特別使用人」の魔力量であれば、多少分け与えたくらいで枯れることはない。


「――と、いうことで……おさらいは以上!今更伝えるまでもない事も多かったかもしれないわね」

「何か困ったことがあれば俺たちに聞いてくれ」


 テオスカーと別れた後。

 指定された場所へ辿り着くと、特別使用人の先輩達による講義が始まった。

 この国の成り立ち、魔力について、魔法について……知っていることも多かったが、なんとなくでしか理解できていない箇所もあった。

 改めて聞いておいてよかったな、とシシィはホッとしていた。


「それじゃあ、王宮内を紹介するわ。新人ちゃん達は付いてきて」


 王宮の中は広く、シシィが思っていた以複雑な作りになっていた。

 慣れたように歩く先輩使用人と、新人の歩みには差が出る。

 メモをとりながら、小走りでついていくのが精一杯だった。


「ここは医務室。月に1回医師の診察があって、体調や魔力に異常がないかチェックしてくれる。何かあったらすぐ相談だ」

「こっちは食堂ね!騎士団員に使用人……皆、食事はここよ」

「向こうの棟は王族の居住エリアだ。警備がついているから間違って入ることもない!あまり心配しなくていいぞ」

「特別使用人の寮も案内するわ!一人ひとり個室が与えられているのよ」


 明るく説明する先輩達に、充実した設備。

 ついでに部屋や生活のルールも教えてもらうことができ、シシィだけでなくヴィオラとセリーナも安心しているようだった。


「個室完備、食事・医療も優遇。――けど、そのぶん働きを期待されてるってことでもある。気を抜くなよ?」

「とはいえ、そんなに心配しなくても大丈夫!よし、じゃあそれぞれ配属先の先輩と動いてみようか。ヴィオラは私、セリーナはルネ先輩!」

「あぁ、シシィは……」


 シシィの姿を見て、明るかった先輩二人の顔が困惑する。

 雑務係に就いている特別使用人など、シシィの他にはいないからだ。


「私が引き受けます」


 高い位置で髪をまとめ、黒を基調とした落ち着いた印象の制服を着ている、初老の女性が立っていた。

「使用人長!」と女の先輩が口にする。


「雑務係……そんな係は前例がありません。まずは王宮内の全体的な業務を覚えてもらいます」


 笑顔はなく、業務的な声色。

 同期が先輩と共に去っていく気配を背中で感じた。

 自分だけ違う、そんな静かな孤独感がシシィを包む。


「シシィ・バルトですね。使用人長のエルザ・ファロンです。こちらへ」


 元来た道を戻りながら、仕事が舞い込んでくる。

 手紙の仕分け、機密に触れない程度の行政文書や王命書の整理・運搬、古文書や資料の保存整理。

 食材の搬入・仕分けから、皮むき・下茹でといった料理の下ごしらえ。

 廊下、空き部屋、集会室や担当のいない部屋の清掃、特別使用人寮の共有スペースの整頓。

 倉庫の整理、備品の整頓、病欠の際の臨時交代……。


 ――雑務係の対応範囲、広すぎない!?

 シシィのメモは次々めくられ、ページが文字で真っ黒になっていく。


「雑務係は、言い換えれば何でも屋として――誰にも気づかれず、でも確実に、王宮を支える役割となるべきです」


 食堂に戻ってきた。

  シシィがメモを整理していると、使用人長はレモン水を2つ持って来てシシィに渡した。


「馬鹿にする者がいれば、それは王宮の裏側を知らぬ証拠。困りごとがあれば、聞きに来なさい」

「……ありがとうございます!」


 シシィにとって、使用人長の申し出は心底ありがたいものだった。

 レモン水をグイッと飲み干すと、無表情のまま「この後は温室の手伝いをなさい」と言葉がとんできた。


 なんでも、農園係のひとりが植物アレルギーを発症し、療養のため田舎に帰省したようで、交代要員として勤務をとのことだった。


「ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが……これからよろしくお願いします。失礼します」


 レモン水の酸味で少しだけ頭が冴える。

 シシィはメモを閉じ、小走りで温室へ向かった。

 その後ろ姿を、使用人長は静かに見つめていた。




「お疲れ様!終わりでいいよ」

「お疲れ様でした。ありがとうございます!」


シシィは立ち上がり、腰を伸ばした。

 温室内の植物の苗を仕分け、掃除をして、雑草を処理して……すぐに終業時刻となった。


 習得すれば魔法でこなせるようだが、シシィは習得していないうえ、農園係や庭園係は植物への愛が強く、魔法を使わずに業務にあたる人も多いようだ。

「雑務係」のことを知ってか知らずか、揶揄する人もおらず、なんとなくスローで、マイペースな調子の職場だとシシィは思った。


「……?これは……」


 道具を片付けている途中、倉庫の近くにの作業用の手袋が落ちているのを見かけた。

 緑色の珍しいレースがあしらわれており、使い込まれてはいるが汚れてはいない。

 一目見て、誰かが大切にしているものだろうなと思った。


 こういったものは誰に渡せばいいのだろうか?

 使用人長をさっそく頼ろうか、と思案しながら歩いていると、女の子がキョロキョロしながら走り回っているのが見えた。


「あの、これ……お探しのもの、ですか?」


 目の前の少女はパッと顔を上げた。

 小柄な身体に、陽だまりのような柔らかい髪色がよく映える。髪はくせ毛のようで、ひと房ひと房が綿菓子のようにふわふわと揺れている。

 くるくるした髪と対照的に、灰がかった瞳は静かに光をたたえており、彼女の内にある芯の強さを感じさせた。


「わぁ……! ありがとう!これ、すっごく大事なものだったの~」


 シシィから手袋を受け取ると、そのまま手にはめ、目の前の畑に向けてかざす。

 何もないように見えた土から力強く幹が伸び、枝が広がり、たわわな実がいくつも実っていく。

 今にも食べ頃な実がなっている。一瞬で収穫の時期が訪れたかのような光景だった。


 見事に生長した様子に、シシィは思わず「すごい……!」と呟いた。

 少女はキラキラと音がつきそうなほどに顔をほころばせ、シシィに語りだす。


「えへへっ、嬉しいなあ〜!これね、土の魔力に合わせて呼吸を整えるのがコツなんだよ~。合わないとびっくりして実がしょぼくなっちゃうの」

「へえ……そんなに繊細なんだね」

「うんっ!でも、ちゃんと応えてくれるんだよ。ちょっとぐらい不器用でも、気持ちが伝われば『ふんばるよ〜』って頑張ってくれるの!」

「……すごいね!すごく楽しそう。えーと……」


 シシィはふと思い出したように笑い、ぺこりと頭を下げた。


「今日から入ったシシィ・バルトです。配属は――雑務係、です」


 言い終えた後、ほんの少しだけ肩に力が入った。

 雑務係という言葉には、どこか居心地の悪さを覚えていたからだ。

 目の前の少女はきょとんと目を瞬かせたかと思えば、ぱぁっと笑顔を咲かせた。


「へえ〜、シシィちゃんっていうんだ!私はアンナ。アンナベルタ・フレイファーだよ~。よろしくね」


 アンナベルタが出した手を、シシィも握り返す。


「あ、そっか、なんか雑務係って言われてた気がするね~?今日、窓の外に珍しい草が生えていて……そっちに気を取られちゃってた~」


「植物のことになるとそっちに集中しちゃうんだよね~」と頭をかく姿に、シシィは思わず笑った。

 肩の力が抜けるのを感じる。


「えへへ……シシィちゃんって植物に興味をもってくれるし、いい人だ~!」


 アンナは両手で頬をおさえながら、ぴょこっと体を揺らして照れた。


「ねえねえ、夕ご飯一緒に食べよ!友達も紹介したいし!」

「いいの?」

「もちろん!さっ、行こ行こ~!」


 アンナベルタは育てた謎の果実をもぎ取り、「収穫第一号~!」とシシィに渡した。

 残りの片づけを済ませ、アンナベルタと共に食堂へ向かった。


「……あ、いたいた。お待たせ~!」


 一日の仕事を終えて、使用人たちは食堂や共同浴場、自室へと去っていく。

 思い思いの時間を過ごしているようだった。


 シシィは緊張しつつ、アンナベルタの後ろをついていく。

 食堂の奥のテーブルを見て、パタパタと手を振った。


「遅いっ!」


 4人掛けのテーブルの奥。

 腕を組んで腰かけていたのは、鮮やかな深紅の髪を持つ少女だった。ゆるやかに波打つ髪は背中を半分以上覆っている。

 長いまつ毛に縁どられた、髪に負けないくらいに紅い瞳はまるで燃えるように輝いており、シシィを見て驚いた顔をした。


「しかも新人と一緒じゃない!?」


 アンナはまったく気にした様子もなく、テーブルにちょこんと座った。


「うんっ、同じ温室内のお仕事だったんだけど……落とし物を拾ってくれたんだ~」

「ちょ、ちょっとアンナ……あんた人を簡単に信用しすぎ。王宮にはいろんな人がいるんだから、もう少し警戒ってものを……」


 リリスの言葉に、シシィは少しだけ身を縮めた。

 だが次の瞬間、彼女はふうっとため息をついて、どこか諦めたように呟いた。


「……まぁ、悪人って顔ではないわね。許可するわ、一緒に食べるの。リリス・リムドランよ」


 トントンと指でテーブルを叩く。シシィも手前の席に腰かけた。


「シシィ・バルトです。よろしくお願いします」

「知ってるわよ。アンタ、初日なのに変に目立ってたじゃない……まあ、アレは突然の事だから仕方ないかもしれないけど」


 魔力の披露ができなかったことをかばってくれている。

 アンナベルタの人懐っこさを心配したところといい、優しい人なのだろう。

 シシィの顔からは笑みが零れた。


「二人が優しくしてくれて嬉しい。王宮でやっていけるのかなって思ってたから」

「別に優しくなんてないわ」


 ニコニコしているアンナベルタとは反対に、リリスはツンと視線をそらした。


「……変なトラブルだけは起こさないでよね。目立つって、敵も作りやすいから」

「うん。ありがとう、リリスさん」


 アンナベルタが二人分の食事を持ってきた。

 手を合わせて「いっただきまーす!」と嬉しそうに声を上げる。

 それにつられて、シシィとリリスもそれぞれ手を動かし――食べ始める三人の姿に、テーブルの上には小さな輪ができていた。




 ――食堂の前で二人と分かれ、寮までの静かな夜道を歩く。

 月が、うっすらと石畳を照らしていた。

 無事に初日を終えられたことにホッとしたシシィは、大きく伸びをした。

 完全に気を抜いていたせいで、前方の柱の陰から、ひとつの影が現れたことに気が付くのが遅れた。


「雑務係さん」

「!……殿下?」


 目の前にニコラスの姿があった。

 気配すらなかったその登場に、シシィは思わず足を止め肩をすくめた。

 ニコラスは気にする風もなく、軽く片手をあげて口を開く。


「驚かせたなら悪い。ちょっと伝えておきたいことがあってさ」

「はい、なんでしょうか」

「密命の進捗だけど、タイミング決めてなかったよね。忘れられてたら困るし、週に一度、“星の日”の夜に俺の部屋。――付き合ってくれる?」


「定期報告ってことで」と告げるニコラスの表情は、何を考えているのか読み取れない。


「……わかりました」


 そう返しながらも、心の奥にはまだ、拭いきれない不安が残っていた。


 王宮という場所で、特別使用人として過ごす毎日。

 そして、「補佐役」という曖昧な立ち位置。


 この方のことも、任された役目の意味も、まだ何ひとつ分かってはいない。

 シシィは静かに拳を握る。

 けれど――今日という日を越えられた自分なら、きっと大丈夫。そう信じたいと思った。


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