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第1話

「ヴィオラ・ヴァレッタを美術係に、セリーナ・ミルディンを魔道具係に。シシィ・バルトは雑務係を命じる。以上だ」

 

 シシィ・バルトは15歳になったばかりの、地方から出てきた使用人の一人だ。

 尤も、ここはカレストリア王国の王宮で、かつシシィは「特別使用人」として、その身に流れる魔力量を買われてやってきた。

 つまり、国内でも随一の魔力を持つ人物として、この国の発展のために王宮へスカウトされた形だ。


 シシィ自身、魔力が多いことを誇りに思っているわけではなかった。

 それでも、「美術係」「魔道具係」ときて、自分だけが「雑務係」という響きには思わず目を丸くしてこう思った。

 この王宮でやっていけるのだろうか――と。

 



 時を戻して、王宮へ向かう馬車の中。

 カレストリア王国では、5歳の誕生日を迎えた後に一律の魔力検査が義務付けられている。

 検査で魔力量を認められれば、特別使用人として採用されることがあり、王宮内の雑事に加え、魔力関連の仕事や研究をすることとなっている。


 例えば、農地の改良による食物問題の研究や回復用ポーションの精製、美術品への知見を活かした手入れといった仕事へ、興味に応じて振り分けられる。

 特別使用人になれることは名誉なことで、そして一生安泰だと、地元から選ばれる人間が出れば、それは大きく喜ばれるのだった。

 そんな状況を経て選ばれたシシィは、盛大に見送られて地元を出ることとなった。

 しばらくの間、小窓から移り変わる景色を見ていたが、やがてウトウトと頭を垂れ始めた。

 



 ここカレストリア王国はジグムント=ヴァン=ヴェルディア王が、早逝した先代に代わって若くして国を治めており、王としての歴は年齢の割に長い。


 王妃のアウレリア=ヴァン=ヴェルディアは研究家であったが既に亡くなっており、その研究熱心な姿勢はレオノーラ王女という第一子に受け継がれている。

 その類稀な魔力量で研究に尽力している、優秀な女性ともっぱらの噂だ。

 それでも一部からは、研究に没頭しているせいで中々社交界へ現れないことから、「行き遅れ姫」と揶揄されている。

 

 そして第二子であるニコラス王子は王位継承権をもった未来の王。

 魔力量については並程度で、ジグムント王のような厳格さはなく、やや軽薄なところがあると噂されている人物であった。

 

 次にシシィが目を開けた時には、外から賑やかな声が聞こえてきた。

 小窓から覗けば、賑わう街並み、そして遠くに王宮が見える。

 ようやく王都に到着したのだと、固まった首を回しながらシシィは緊張半分、楽しみ半分に外を眺めていた。

 

 「到着しました」

 

 馬車は王宮の門の前に停止した。荷物を持ち外に出た瞬間から、地元の村とは違う匂いが鼻を抜ける。

 遠くまで来たのだなと改めて周囲を見渡した。

 

 「申し訳ございませんが、馬車でお連れできるのはこちらまでです。真っすぐ進めば入口です」

 

 急な修繕が発生した関係で、入口前までは馬車が入れないと御者は言った。

 シシィは「分かりました。ここまでありがとうございました」と返す。

 

 もうすぐ特別使用人の採用式が始まる時間だ。

 遅れるわけにはいかない、と荷物を持ち直した瞬間。

 バタンと何かが倒れる音がして間もなく、横からゴロゴロと野菜や果物が転がってきた。


 「あ……」

 

 老人だった。荷を持ちすぎて転んだようで、周囲に食料が散らばっている。

 シシィは慌てて駆け寄った。


 「大丈夫ですか?」

 「あ、ああ……すまんの……」

 

 老人はすぐに自分で食料を拾いはじめた。

 ケガはなさそうだと思ったシシィも、一緒に食料を集める。

 老人が使っていた麻袋には、目でみてわかる大きな穴が開いている。


 「袋が破けてしまっていますね……。ここから行き先は近いですか?」

 「まだまだかかるな……」

 

 シシィは、手荷物から大きな袋を取り出し、老人に断りを入れ、食料を並べ直す。

 

 「この袋、使ってください。運ぶのを手伝えなくてごめんなさい」

 

 シシィは手を振ると、全速力で走りだした。

 ここは王宮の敷地ギリギリ。

 建物内までの距離はかなりあるように見えた。

 老人は、嵐のように去っていった後ろ姿に「ありがとう」とお礼を言った。




 ――荘厳な雰囲気が漂うホールの中には、ジグムント王、そしてニコラス王子。

 王族を警護するように王宮騎士団が控えており、入口側には使用人の制服を着た老若男女が並んでいた。

 

 あの後、シシィは何とかギリギリで滑り込み、支給された制服へ着替えることができた。

 「もう始まりますよ!」と案内係の女性に急かされ、今に至る。

 

 天井のステンドグラスから光が差し込み、ホール内を幻想的な色に照らす。

 高い天井に、人々の声が響きわたると、なんとも言えない反響が耳に心地良い。

 この光や音はどこまで計算されているのだろう?

 地元にはこんな建物はなかった、と、シシィはぼんやり考える。

 

 「ようこそ王宮へ。特別使用人に選ばれた諸君の魔力量は、国家の未来を左右するほどに貴重なものだ」

 

 シシィは周囲を見渡したい気持ちをぐっと抑え、視線を前に向ける。

 ジグムント王の挨拶がはじまった。

 

 「我が国における魔力の価値については、今さら語るまでもないだろう。我々はその力を無駄にしない。適切な教育と環境を用意している。魔力の制御、研究、そして応用……それらを通じて、諸君らの力はこの国の礎となり、民の暮らしを支えるだろう」

 

 特別使用人として働くことが決まった時にも、そんなことが招集の手紙に書いてあった。

 王は視線をこちらに向け、話を続ける。

 

 「三十年前に起きた、“蒼炎の悲劇”――制御不能となった魔力が、町を大きく焼き尽くした。国として、あの過ちを二度と繰り返すわけにはいかない。諸君は選ばれた者であり、その才覚は我が国にとっての希望である。どうか、その魔力を正しく使い、カレストリアの未来に貢献してくれることを願っている。以上だ」

 

 この国では、魔力はエネルギーとして扱われている。

 魔道具に流し込んで使うことも、魔法を使うための力とすることもできる。

 

 蒼炎の悲劇。

 ジグムント王の言葉の通り、魔力量が極端に多い者が制御を誤った悲劇とされている。

 まだ特別使用人の制度がなかった三十年前、魔力の多い人物は、それぞれの生まれた村や町で魔力操作――いわゆる魔法を独自に発展させ、生活のために使っていた。

 そんな中、一人の平民が魔力を暴走させ、一帯を焼き払った。

 その時に蒼い炎が上がったことから、「蒼炎の悲劇」の名で国民に知れ渡っている。


 「ヴィオラ・ヴァレッタです。僭越ながら、少しだけよろしいでしょうか」

 

 ふと見れば、自分の横に並んだ新人特別使用人の一人が手を挙げた。

 鮮やかな紫色の髪を、肩ほどの長さで切りそろえているのが特徴的な少女だ。

 

 王は何も言わないが、表情は決して険しくない。

 礼儀正しく一礼したあと、ヴィオラは静かに片手を掲げる。

 淡い光を放ちながら、ヴィオラの手元に氷の塊が現れた。

 

 それは次第に薔薇へと形を変えていき、氷でできているとは思えないほど繊細で、今にも香り立ちそうな氷像となった。

 薔薇をそっと壊し、一度手のひらに氷片を広げたヴィオラは、それを再び修復し、元通りに美しい像を作り上げる。


 「私は美術品に関する業務に興味があります。見る人の心を癒せるような作品を作ったり、美術品の修繕をしたり……王宮での仕事に、ひいては国のために魔力を活かしていきたいです」

 

 使用人の制服を着た面々がざわつく。

 「すごい」「綺麗だわ」というささやきが聞こえた。

 シシィも思わず拍手をする。

 

 「セリーナ・ミルディンです。私も披露させてください」

 

 長く伸ばした栗色の髪を片側で三つ編みにしている、別の少女も一歩前へ出る。

 ポケットから出した小さな小箱に手をかざすと、小箱が開いて花が咲き乱れ、音楽が流れ出した。

 

 「魔力を流すと音楽が鳴る小箱を発明いたしました。こういった道具が普及すれば、子どもの魔力操作の練習にも使えるかと思います。この魔力を活かして、役立つ発明をし……カレストリアに報いたいです」

 

 セリーナの掌の上には、小さな美しい庭園が生まれていた。

 この一瞬で小さな生垣やバラのアーチまで作られており、芸が細かい。

 これにもシシィは拍手をした。

 「今年の特別使用人はすごいな」という声が聞こえてきて、そこでようやく状況に気がつく。

 

 ホール中の視線がこちらに集まっている。

 シシィと、特技を披露した2人が他の使用人よりも数歩前に並べられているところから察するに、今年入る特別使用人は3人のようだった。

 

 シシィは焦っていた。

 生まれた田舎町では、頼まれたら魔道具を動かすくらいで――魔法をはじめ、魔力を使った何かを磨いてきたわけではなかったからだ。

 

 「シシィ・バルトです。えっと……」

 

 誰がどう見ても、何も用意していないことは明らかだった。

 固まった表情、続かない言葉、次第に赤くなる顔。

 

 特別使用人の先輩――入口付近に並べられた面々の中にも、同情的な顔をしている者が何名かいた。

 「例年であればこんな特技披露などないのに」と。

 眉根を下げているその顔は、シシィの背中側にあり、彼女からは見えない。

 世界で一人ぼっちになったような気持ちのまま、シシィは頭の中をかき乱すように思考を巡らせるが、何も思い浮かばない。

 

 「あー、大丈夫。無理しなくていいよ」

 

 シシィから見て右側。

 陽に当たって煌めく金髪、光を放つかのような白い肌。

 瞳は淡いターコイズの色合いを帯びており、見る者の心をすっと引き込む涼やかさと奥深さを感じさせた。

 

 まるで舞台の主役のように立っているのは、王子であるニコラス=ヴァン=ヴェルディア。

 飄々とした笑みを浮かべながら続ける。

 

 「この中で一番魔力が少なそうだからね。うん、披露はなしでいい」

 

 助かったと思ったのも束の間、よく嚙み砕けば「無能」と言われたにも等しい発言。

 呆気に取られているシシィを見て、クスクスという笑い声が、ホール中に広がった。


 同期二人の「なにも出来ない子」と認定した視線が、痛いくらいに突き刺さる。

 笑い声でハッとしたシシィは、小さく「……精進いたします」というのが精一杯だった。

 

 「……場を和ませようとしたつもりかもしれないが、時と場合を考えろ。王族が軽率な判断を口にするべきではない。それが式典の場であれば尚更だ」

 

 ジグムント王が厳しい表情で言い放つも、ニコラスは少し肩を竦めるのみ。

 ニコラスは、何事もなかったかのように「では、配属を発表する」と一歩前に進み出た。


 「ヴィオラ・ヴァレッタを美術係に、セリーナ・ミルディンを庭園係に。シシィ・バルトは雑務係を命じる。以上だ」

 

 ニコラスが言い切ったのを目にして、ジグムント王は席を立った。

 それに従って、王宮騎士団も半数以上が離れていく。

 ざわつくホールの様子から、完全にやらかしてしまった、とシシィは内心青ざめた。

 ざわめきの中に、「雑務係なんて聞いたことがない」という声が混じっているのが聞こえる。

 気の毒がる人、あざける人、様々な声や感情、表情が雑務係に突き刺さる。

 

 魔力は生まれつきの物で、勉強や努力で身に着けたものではない。

 それを驕るつもりは全くなかったけれど……。

 勤務初日の失敗は、王宮へ来たばかりのシシィには堪えた。

 

 入口に控えていた使用人たちが、何人かこちらへやってきて――同期2人に声をかけた。

 シシィには誰も声をかけない。

 迷って俯くシシィと、クスクスと笑いながら立ち去る同期の使用人。


 すると、どこからともなく、1人の使用人が現れ、シシィの肩を叩いた。

 

 「ああいったお披露目みたいなこと、例年はないんだけど運が悪かったわね……。ニコラス殿下もお人が悪いわよね。あなたはあちらの部屋だって」

 

 手で示されたのはホールを出た先、廊下の突き当り。

 困ったようにその場に立ち尽くすシシィから、その使用人は目をそらさない。

 シシィは「ありがとうございます」と礼を述べ、のろのろと歩き出した。

 頭には、すでに解雇の二文字が浮かんでいた。


 「失礼します」

 

 念のため声をかけてから開けた扉は、見た目よりも重く、軋んだ音を立てた。

 シシィは少しだけ震えた声を、誤魔化すように咳払いをした。

 

 さほど広くはない部屋には、先ほど壇上で見かけた――ニコラスが一人、椅子に腰かけていた。

 ゆっくりとシシィを見るその目は、落ち着いているのに何かを見透かすようで、心をざわつかせる。

 

 「王宮ってのはさ、立場と実力は一致してない方がいい時もある」

 「え……あの……?」

 

 何を言っているのか分からず、両の目を瞬かせる。

 

 「シシィ・バルト。表向きは雑務係。でも実際には――俺の補佐役をやってもらう」

 

 ニコラスは立ち上がり、シシィの目の前に歩み寄る。

 その距離に、彼女は思わず一歩後ろに下がった。

 

 「ネックレスかな?首につけているもの。服の下にあるのに……ぴったりこの辺りに石がある、って当てたら気味悪い?」

 「なっ…………」

 

 スッと迷いなく、シシィの首元……鎖骨よりも下、胸上の辺りを指差す。

 支給された使用人の制服は首元まで生地があるため、見えないだろうと思って付けていた、シシィが大切にしている母の形見のネックレス。

 思わず首元に手を添えたときに、ニコラスが言っている色石の位置がぴたりと合っていたことを知る。

 

 「いいもの、持ってるね?そういうのは隠しておいた方がいい。――でないと、人に利用されるかもしれない」

 

 ニコラスは少しだけ視線を落とし、静かに言った。

 

 「俺には目的がある。そのための協力者として、君を選んだ。といっても急な話だし、そうだな……」

 

 じっとこちらを見るその目は、部屋に入ったときと同じ、あの見透かすような目。

 悪いことなどしていなくても、少しきまりが悪くなるような。

 

 「先に1つ明かしておこうかな。俺には、人の魔力が見える」

 

 シシィは息を呑んだ。

 魔力や能力に詳しいわけではないが、今までそんな話は聞いたことがない。

 それでも、先ほどのネックレスの位置をぴたりと当てたことで、嘘をついていないことは分かった。

 この形見は、魔力を帯びていると鑑定されていたからだ。

 

 「とはいえ、目の前で見える範囲しか分からないんだけどね。隣の部屋とか遠方とか、物理的に見えない場合は感知できない」

 「あ、あの……」

 

 声をかけてから、言葉が見つからずに口をつぐむ。

 ニコラスは黙ってシシィを見つめていた。

 その視線が、問いかけを促しているようにも、ただ静かに待っているようにも感じられた。

 

 「どうして私なんでしょうか。……補佐役を勤められるとは思えません……」

 「さっきも言っただろ?俺には魔力が見える。だからこそ、君と組むのがいいって俺の勘が言ってる」

 「……」

 

 その言葉は真っ直ぐで、嘘はなさそうだと思ったシシィだったが、それであれば式典での発言は……。

 すると、ニコラスが苦笑気味に言葉を継いだ。

 

 「……もしかして、式典でのこと気にしてる?魔力が少なそうだから披露はいい、って言ったこと」

 

 シシィはぴくりと肩を揺らす。

 やっぱりか――。少し悪戯っぽく笑ってから、ニコラスは言った。

 

 「助け舟のつもりだったんだけどな。あの場で無理に何か出そうとしてたら、もっと辛くなってたでしょ?」

 「…………」

 「言い方がキツかったのは認めるよ。あれは……うん、ちょっと反省してる」

 

 そう言って、ニコラスはわざとらしく片手を挙げた。

 その軽さが、逆にシシィの胸のつかえを少しだけ和らげる。

 

 「ですが……実際に何もできないんです。魔法とか、繊細な魔力の操作とか――式典の場だからできなかった、というわけではなくて」

 「それでも、君が助けになるって思ってる。細かいことは後から身に着ければいい」

 

 シシィは黙って、困ったように視線を落とす。

 ふっと真顔に戻ったニコラスは、シシィの顔をまっすぐに見て言った。

 

 「まだ明かせないことも多い。けれど――いつか全てを話すと誓おう。だから、俺を信じてくれ」

 

 少しだけ、部屋の空気が変わった。

 ホールで聞いたような、気の毒がる声や、あざけるような声ではない。

 強く押しつけるでも、媚びるでもなく、ただ静かな確信のこもったその言葉に、シシィの胸がほんの少しだけあたたかくなる。

 王宮に来てから、今のところ良い所無しだけれど――自分にもできることがあるのかもしれない。

 

 「……わかりました。雑務係でも、補佐役でも、私にできることがあるなら……やらせてください」

 「うん。よろしく頼むよ、シシィ」

 

 ニコラスは微笑みながら手を差し出した。

 シシィは一瞬だけ戸惑ってから、そっとその手を取った。

 

 「っと……この話は他言無用。王宮で生きていくつもりなら、口の堅さくらい証明してみせろよ」




 ――雑務係はともかく、補佐役って……。返事はしたけどどうしたらいいんだろう……。

 シシィは、とぼとぼと足元を見ながら歩く。深いため息が口からこぼれた。

 

 あの後、補佐役についての詳しい説明はなく、「午後から頑張れ」と送り出されたシシィは、集合場所へ向かって歩いていた。

 まずは特別使用人の先輩方が、王宮の案内や仕事の説明をしてくれるとのことだった。

 

 「おいおい、王宮ってのはそんな顔して歩くところだったか?」

 

 突然、背後から聞き慣れた――それでも、いつかの日よりも少し低くなった声が響いた。

 はっとして振り返ると、そこには見違えるように凛々しい騎士服の青年が立っていた。

 すらりと伸びた背筋、腰には剣。柔らかな黒髪は少し伸びたようだった。

 その深いワインレッドの眼差しには、かつての優しさに加えて、守る者の覚悟が宿っていた。

 

 「よっ、シシィ。元気にしてたか?」

 「テオスカー!?」

 

 笑顔がこぼれるのを止められず、思わず駆け寄る。

 

 「……っと。おいおい、ここは王宮だぞ?」

 

 地元じゃあるまいし……そう言いながらも、シシィを見下ろすテオスカーの表情も緩みっぱなしだ。

 

 テオスカー・オストルム。

 シシィと同郷の幼馴染であり、現在は王宮騎士団員の一員だ。

 15歳で入団試験に合格し、王宮でも若手ながら実力を認められている。

 2年前に地元を離れて以来、手紙のやり取りこそあったものの、一度も地元には帰っては来ていなかった。

 文面にはいつも、変わらぬ口調とさりげない気遣いがあった。心細い中で見知った顔に出会えて、シシィはホッとする。

 

 「やっとだな。シシィが王宮に来るまでの2年間、あっという間なようで長かった」

 「もう2年も経つんだね……テオの顔見たら安心しちゃった。久しぶりに会えて嬉しいよ」

 「そりゃ俺も嬉しいけど、初日だろ。次の予定は大丈夫なのか?配属は?」

 

 テオスカーは周囲を軽く見渡しながらも、心配そうに眉を寄せた。

 普段なら「過保護なんだから」と軽く笑えるシシィも、今回は苦笑いを浮かべた。

 

 「それが……雑務係に配属されたんだけど、周りの反応を見る限りはあんまり前例が無いみたい。今から先輩たちのところに戻るよ」

 「雑務係?」

 

 こくんと頷くシシィを見つめながら、テオスカーはその言葉を繰り返した。

 見下すわけでも、疑うわけでもない。

 

 ただ、どこかひっかかるように。テオスカーの目が、シシィの表情をじっと見ている。

 ――まるで、何か言いづらそうにしていることに気づいているように。

 

 「困ったらいつでも呼べよ?幼馴染なんだから」

 「ありがとう。先輩として、頼りにしてますっ」

 

 少し茶化したような言い方に、テオスカーは笑ってシシィの額を弾いた。


 「でも、テオがいてくれて本当に安心した。次はゆっくり話そう」

 「ああ。またな」

 

 そう言って見送るその目に、一瞬だけ、懐かしさとは違う色がよぎったような気がしたが――シシィは気が付かなかった。

 そのまま集合場所へ向かって駆け出す。

 さっきまで足元ばかりみていたはずなのに、今は顔を上げて前を見ている。


 王宮生活がどうなるのか、まだ分からないことばかりだけど……まずは頑張ってみよう、そう思いながら。

 

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