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第14話

 「……というのが、母がいなくなった日のすべてです」


 静かに語り終えた声を耳に、ニコラスはしばし沈黙した。

 

 「数十分の間に姿を消して、ネックレスと手紙だけが遺されていた……と」


 銀色のチェーンに、青白く輝く色石がついた、シンプルなネックレス。

 それと一緒に残されていた、たった一枚の手紙。

 

 『あなたの未来が、どうか護られますように』。

 そう綴られた言葉を、シシィは何度も読み返してきた。


 「母は魔力の多い人でした。だから、町の人たちは、神隠しなんじゃないか、とか。最後の魔力を使い果たして消えたんだ、とか……」


 どこか遠くを見るような目で、シシィは続ける。


 「でも、本当のことは……誰にもわからなかったんです」

 「……魔力が多い?」


 ニコラスが静かに尋ねると、シシィはうなずいた。


 「はい。特別使用人制度が始まったとき、声がかかったと……でも、母は父と一緒にいたかったから、王宮には行かなかったそうです」

 

 「昔は来ないという選択肢もあったんですね」と、シシィはぽつりとつぶやいた。

 今では当然のように“義務”として扱われている制度。

 その始まりには、別の形があったはずだった。

 いつから、強制力をもった制度になってしまったのだろう。


 そのつぶやきに、ニコラスは黙って目を伏せたまま、ふと視線をネックレスに落とす。

 ――まさか、これは……。

 彼の脳裏に、ひとつの仮設が浮かぶ。


 全ての魔力、そして命を賭し、強い想いを込めて創られるもの。

 それでも完成するかは運次第で、失敗すれば、対象者の痕跡は何ひとつ残らない。

 纏っていた衣服も、髪の一房も、骨の一欠片さえも――。

 だが、もし成功すれば、その想いは、形としてこの世に遺る。

 『宝具』――そう呼ばれる、極めて稀な魔道具。

 

 内心では、その可能性に驚いていた。

 だが、証拠もなく、確信の持てない状況で、それを告げるのは早い。シシィに余計な不安を抱かせるだけかもしれない。

 ニコラスは一度だけ短く息を吐くと、いつもの穏やかな声で言葉を継いだ。


 「前にいいものだね、って言ったけど……やっぱり、すごく貴重なものかもしれない。あまり外さないようにして」

 「? わかりました」


 シシィはきょとんとしながらも、素直にうなずいた。

 ニコラスは軽く背伸びをし、空気を切り替えるように言った。


 「引き続き状況を探ってくれ。制度の廃止に繋げられる証拠を見つけたい。俺の方でも、温度調節石や上級ポーションの件は調査を進める」

 「……はい」


 シシィが静かに頷いたそのときだった。

 扉の向こうから、軽やかな足音が近づいてくる。


 「失礼。お邪魔するわね」


 ゆっくりと開いた扉から現れたのは、銀糸のような髪をひとつに束ね、涼やかな眼差しを携えた女性だった。

 その姿はどこか優雅で、けれど学者のような鋭さと沈着さも感じさせる。


 「レオノーラ。研究室にこもってるかと思ってたけど、来てくれたんだ」

 「いろいろ分かったことがあったのよ。それに星の日の今日なら、あなたの『目』にも会えると思って」


 その視線の先には、シシィ。

 くすっと微笑みながら、どこか茶目っ気を感じさせる表情を見せる。

 ニコラスは肩を軽くすくめると、シシィの方へ向き直る。

 

 「シシィ。姉のレオノーラだ。母上……王妃アウレリアの魔力研究を引き継いでいる。俺が心から信頼している、数少ない人だ」

 「ようやく、直接お話しできるわね。初めまして、シシィ。……とはいえ、私たち、もう会っているのだけれど」


 声に聞き覚えがあるような……と、シシィは一瞬、目を細めて記憶を探る。

 はっと気づいたように顔を上げた。

 

 「……雑務係に任命された時、別室に呼んでくださった……あの時の?」

 「ええ、あの場では名乗れなかったけれど。レオノーラ=ヴァン=ヴェルディアよ。レオノーラでいいわ。ニコラスから聞いているせいかしら。昔馴染みのように錯覚してしまうわね」


 静かに歩み寄り、レオノーラは手を差し出す。

 その瞳はニコラスと同じ、淡く澄んだターコイズだった。


 「シシィ・バルトです。あの時は……励ましてくださって、ありがとうございました」


 握手を交わしながら、シシィはそっと笑みを返す。

 レオノーラも、やわらかく微笑みを浮かべた。


 研究に没頭していて、表にはあまり出ない人物。

 そんな噂を思い出しながら、シシィは改めて彼女を見上げる。

 

 軽口を交えつつも落ち着いた雰囲気を持つ女性。

 その聡明なまなざしも、どこかニコラスと似ている。

 この姉弟はやっぱり、根の部分が通じ合っている――そんな印象を受けた。

 

 「早速で悪いけど……『蒼炎の悲劇』には、王宮が関わっている可能性が非常に高いわ」

 

 その一言が、和みかけた室内の空気を一変させる。

 まるで時が止まったように、誰もが動きを止めた。

 

 「これが今まで、王妃アウレリアが残していた研究資料。そしてこれが、隠し扉から出てきた資料」

 

 レオノーラは、手元の資料をふたつに分け、卓上に丁寧に広げた。

 

 「隠し扉……?」

 「そう。昨夜、研究室で魔力実験をしていたら、突然戸棚の一部が開いてね。私の研究室は母が使っていたものだから、細工をしていたみたい。私やニコラスの魔力が、研究室内で一定量使われると開く仕掛けだったようね」

 「そんなものまで残していたのか」


 ニコラスが小さく息をつく。

 レオノーラは答えず、静かに資料をめくっていく。

 

 紙面には、緻密な魔法陣や構造式。魔道具の設計図と思しきスケッチ。

 そして、実験観察の簡素な記録が、無機質な字で並んでいた。

 

 「これは、入っていたものの一部。《魔力を吸引する装置》と《魔力を注入する装置》の試作記録よ。実験段階には入っていたみたい」

 「……魔力の吸引と、注入……」

 

 シシィが呟くように繰り返す。

 魔力供給。現代では原則禁じられている行為。

 ここ王宮においては、「特別使用人に限り、訓練の場であれば」という制限付きで許可されている。

 

 魔力の『吸引』や『注入』という、どこか強制するような響きが伴う言葉。

 そのための魔道具が開発されていたという事実は、シシィの胸に重くのしかかった。


 「何に使うのか、その用途までは書かれていない。……注目すべきは日付よ」


 レオノーラが開いた記録の一枚。

 最下部に書かれた日付を見た瞬間、シシィとニコラスは同時に息をのむ。

 カレストリア王国民であれば、だれもが知っている日付が記載されていた。

 

 「これは……蒼炎の悲劇が起きた日、か……」

 「本当ですね……!」

 「……実験場所の欄が空白なのは?」


 ニコラスが腕を組んだまま、静かに呟いた。

 レオノーラは静かに頷く。

 

 「私も気になっていた。……後ろめたさから、敢えて書いていないんじゃないかって。調べてみたけど、蒼炎の悲劇の跡地は……事故が起きるずっと前から、王家の管理地だった」

 「つまり……王宮が管理していた場所で、あの悲劇は起きた。その上で、『魔力吸引装置』や『注入装置』が関与していたかもしれないと」

 

 レオノーラは目を細め、静かに頷いた。


 「ええ。まだ完全な証拠とは言えない。でも、疑惑としては十分。私は、この魔道具の現物を見たいと思っているの」

 

 言葉を切ると、レオノーラは一拍置いてから、低く言った。


 「王宮の魔道具庫の目録には、蒼炎の悲劇の跡地から回収された魔道具の記載があるわ。もし保管されているなら、確認する価値はあると思うの」

 

 ニコラスはしばし目を閉じ、思案するように息を吐いた。

 そして、ゆっくりとシシィの方へ視線を向ける。


 「……シシィ、作戦変更だ。特別使用人制度の真実を暴くためには、蒼炎の悲劇の調査も避けては通れないようだな」

 「はい。……となると、まずはその魔道具の現物が、本当に保管されているのか確かめる必要がありますね」


 シシィが落ち着いた声で告げると、レオノーラがすぐに頷いた。

 

 「ええ。でも、私やニコラスが、いきなり魔道具庫に立ち入ろうとすれば不審がられる。『なぜ今?』って、王や侍従たちに勘繰られるかもしれないの」


 「たしかに……」とニコラスも小さく唸る。

 あまりにも急で、あまりにも直球だ。

 今はまだ、探っていることに気づかれるには早すぎる。

 シシィは一瞬だけ黙り込み、思考を巡らせた。

 

 「……蒼炎の悲劇から、今年でちょうど三十年ですよね?だったら、平民の慰霊と歴史の教訓を伝える目的で、市民向けに《追悼式と展示》を行うのはどうでしょうか?」


 レオノーラとニコラスの目が、同時にこちらを向く。


 「……展示という名目で、魔道具庫に出入りする口実を作る、ってこと?」

 「はい。準備係として私が動けば、魔道具の保管場所を調べたり、現物を確認したりすることも自然にできます。『遺された歴史として、事故現場から回収された魔道具も展示対象とする』って方向なら、不自然じゃないはずです」


 一拍の沈黙のあと――。


 「……それだ!市民向けの催しなら、王も簡単には否定できない」


 ニコラスが手を打つように言った。

 レオノーラも、感心したように頷く。


 「いいわね。準備期間があれば、あなたが魔道具庫に足を運ぶ理由もできる。たとえ空振りでも、式典をすること自体、無駄にはならないわ」


 シシィは、静かに拳を握った。

 蒼炎の悲劇は、単なる平民の魔力暴走ではないかもしれない。

 この国の闇は、思った以上に深く、そして近くにあった。

 核心へとさらに近づいた――そんな予感が、胸の奥に灯っていた。


 「さて……これからの役割分担ね。私はこの新たに出てきた資料の解析を続けるわ。イベントの展示準備はお願いできるわね? シシィ」

 「はい、任せてください!」


 力強く頷いたシシィに、レオノーラは満足げに微笑んでから、ちらりとニコラスを見る。


 「そして……式典の許可を取るために、王に話を通すのは、あなたの仕事ね?」

 「……やっぱり俺か」


 ニコラスはわざとらしく肩をすくめた。

 レオノーラがくすりと笑う。


 「当然でしょ。頼りにしてるんだから、王子殿下」

 「はいはい、かしこまりました」


 どこか諦めたように笑って、ニコラスは掌をひらひらと振った。

 その様子に、シシィも思わず小さく笑みをこぼす。

 

 軽やかなやりとりの中に見える、二人の深い信頼と連携。

 この姉弟は、やっぱりとてもよく似ていて――ただの姉弟ではないことが伝わってくる。

 シシィは遠慮がちに口を開いた。


 「……あの、お二人って、小さいころから仲が良かったんですか?」


 その言葉に、ニコラスが少し驚いたように瞬きをした。

 レオノーラはふっと目を細め、どこか愉快そうに唇を弧にする。


「聞きたい?小さいころのニコラス。『魔力が見える』なんていうものだから驚いたわ」

「その話はいいけど、シシィの前であんまり変なこと言わないでくれる?」

「あれは……ニコラスがいくつの時だったかしら?」




 ――レノオーラのまわり、ゆらゆらしているのがいっぱいみえる!

 それは、まだニコラスが2〜3歳と幼かった頃。

 ふと発されたその無邪気な声に、レオノーラは眉をひそめた。


「なにそれ。何も見えないけど」

「みんなの周りがふわってしたりゆらってしたりする」

「ふーん。私は?」

「ぶわーってしてる!すごくいっぱい!」


 ニコラスは両腕をいっぱいに広げて、レオノーラの周囲をぐるぐると駆け回る。

 レノオーラも目いっぱいに腕を広げ、体を張ってニコラスを止めた。


「ちょっと、走らないで!それに嘘言わないでよ」

「嘘じゃないよ。魔法使ったらゆらゆらするし、そのあとゆらゆらが少なくなるもん」


 レオノーラの心臓が、ぎゅっと掴まれたように跳ねた。

 人の魔力は、魔力量測定器で数値化するほかない。

 だが、ニコラスの言葉は――まるで、その魔力を肉眼で視ているかのようだった。


 「……じゃあ、これは?」


 レオノーラは試すように、指先からそよ風を生み出す。

 魔法の初歩中の初歩。


 「指の先がゆらゆらしてる」


 突き出した指先を、頭の上へと動かす。

 ニコラスの視線は、それを追うようについてきた。

 魔力量を少し増やすと、「今、ゆらゆらがいっぱいになった!」と笑い、逆に力を抜くと「消えたー!」と楽しそうに声を上げた。


 「……それ、どこで知ったの?誰かに教わったの?」


 確かに、ニコラスは魔力が見えている。

 冷静を装いながらも、レオノーラの声はわずかに揺れていた。

 

 数日前の魔力測定。

 レオノーラは、歴代でも最高レベルの絶大な魔力量だと太鼓判を押されたばかりだった。

 「ぶわーってしてる!いっぱい」……弟の無邪気な言葉は、まさにその結果をなぞるようなものだった。


 「ずっと見えてたよ。父上もゆらゆらだけど、レオノーラがいちばん。でも、ぼくもいっぱいゆらってしてる!」

 

 ニコラスは何の疑問も持たず、誇らしげにそう笑った。

 「レオノーラよりはすくないけど……」と、むくれたような顔すら見せて。

 

 その姿に、レオノーラは言葉を失った。

 自分の特異性に気づかず、当たり前のように語る弟。

 その“目”と“魔力量”が、どれほど恐ろしい価値を持つか――彼自身はまったく知らない。


 「ニコ……」

 

 レオノーラは、ぎゅっとその小さな肩を抱き寄せた。


 「その話は、二度と他の人にしてはだめ。絶対に」

 

 声が震えた。弟を、守らなければならない。絶対に。

 本来は魔力測定具でしか測れないはずの魔力。

 それを『目で見える』などと言えば――。

 

 レオノーラ自身、測定結果を機に周囲の目が変わったのを感じていた。

 「高い魔力量」「使える存在」――そんな声が、父の側近たちから漏れ聞こえる。

 まるで道具を品定めするような眼差しに、幼いながらも居心地の悪さを覚えていた。

 そして、測定の場でジグムントが放った言葉。

 

 「……アウレリアの血だな。いい力だ」


 褒められているはずなのに、少しも嬉しくなかった。

 その言葉には、娘を誇る温かさはなかった。目を細め、まるで魔道具の性能を確かめるような声音。

 レオノーラは、その視線にぞっとした。「娘の魔力」ではなく、「魔力を持つ娘」を見ているようで。


 弟・ニコラスの“目”は、もしかすれば自分以上に、都合の良い道具にされるかもしれない。

 あの視線を、あの扱いを、弟に向けられたくなかった。

 そう思った瞬間、レオノーラの背筋を冷たいものが走った。

 

 ――それからの数年は、小さな戦いだった。

 表向きはさほど変わらず、魔力の勉強と研究に没頭した。

 だが、秘密裏に、ニコラスの魔力量を「普通」に見せかけるための制御訓練を始めた。

 魔力の放出量を調節する訓練。

 もちろん、ニコラスの魔力測定式のためだった。


 ニコラスもまた、姉の言葉を疑わず、真剣に応じてくれた。

 訓練を重ねるたび、レオノーラは彼の才覚に驚かされた。


 そして迎えた、5歳の魔力量測定式。ニコラスは、見事に「並」を演じきった。

 王族として最低限の魔力を持つとされる数値。


 ジグムント王は「妥当な数値だ」とだけ頷き、それ以上の関心を示さなかった。


 あれほどの力を持ちながら、ただの“普通”として通った。

 レオノーラは、心の底から安堵した。


 ニコラスの測定式が終わったあとも、レオノーラは魔力の研究をやめなかった。

 むしろ、弟を守るために学び始めた知識が、気づけば本物の好奇心へと変わっていた。

 周囲も、そんなレオノーラに「姫」ではなく「学者」のような目を向け始めていた頃――。

 

 ある日、ジグムント王がレオノーラを呼び出した。


 「アウレリアの研究室だ。形見として使うがいい」


 静かに開かれた扉の向こうには、母の息遣いが残されたような、どこか温もりに満ちた空間が広がっていた。

 棚という棚には、びっしりと魔力に関する資料が並んでいる。

 

 『血液を媒介とすることで、魔力伝達の精度が向上する可能性』

 『感情の揺らぎと魔力量の関係性について』

 『魔力量が一定を超えると発現する反応について』


 そこに遺されていた膨大な記録は、母・アウレリアが人生をかけて集め、考察し、書き残したものだった。

 現代の魔力論とは異なる視点の研究でありながらも――それは決して、武器としての魔力ではなかった。

 アウレリアは、確かに「誰かを助ける力」として魔力の探究をしていた。そう感じられる研究内容だった。


 レオノーラは、その事実に胸を打たれた。

 

 自分は――いずれどこかの国の王族か、国内の貴族か……政略結婚をすることになるだろう。

 ならばそれまでは、この空間で、母が遺した希望の続きを追いかけたい。

 その想いが、レオノーラを研究の深みへと誘っていった。


 そんなある日、棚の奥から出てきた一冊のノート。

 埃を被り、薄汚れているそれを手に取る。


 『極限まで魔力を引き出すには、“自我の希薄化”が必要』

 『魔力量の限界突破のため、反復供給と精神負荷を組み合わせる』

 

 ――なぜ、こんな研究が……?

 詳しい内容は書かれていない。名前も、印もない。

 書き手の存在は伏せられ、ただ、無機質な言葉だけが並んでいた。

 

 今までに残されている、アウレリアの研究と毛色が異なることは、はっきりと分かった。

 レオノーラの胸に、薄ら寒い予感が広がる。

 



 「……その後、ニコラスから話を聞いてね」


 レオノーラの声が、ふたたび室内に現実を呼び戻す。


 「父の側近たちが、特別使用人を道具のように語っていた、って。そして、特別使用人に選ばれるため、誤った訓練をしていた親子の話も……氷山の一角でしかないのでしょうね」


 吐き捨てるように言いながらも、その瞳には静かな怒りが宿っている。


 「母の研究は人助けのためのものだったのに……。どうして、こんなことになってしまったのかしら」

 「でも、隠し扉からその資料が出てきて、俺かレオノーラの魔力でしか開かない仕組みになっていたのだとしたら――」

 

 ニコラスは、ふと顔を上げる。


 「母上は、きっと道を踏み外してなんていなかった。むしろ、『いつか気づいてほしかった』可能性が高いと思う」


 それは希望的な観測だったかもしれない。

 けれど、彼のそのまっすぐな言葉に、レオノーラの表情がふと和らぐ。


 「……ニコラスったら」

 「うん、ちょっとは良いこと言えるだろ」

 

 肩をすくめるように笑い合う姉弟の姿に、シシィは胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。

 それは血のつながりを超えた、確かな絆のように思えた。


 レオノーラがふいに、シシィの方をまっすぐに見つめる。

 先ほどまでの冷静さとは違う、どこか罪悪感を滲ませた眼差し。

 

 「……制度の被害者になり得る……いえ、既に拒否権なく王宮へ来ているのだから、被害者ね。シシィ、あなたを巻き込んでしまって、ごめんなさい」


 そう言って、彼女はわずかに瞳を伏せた。ニコラスと同じ、淡いターコイズ。

 その横で、ニコラスがゆっくりと口を開く。

 

 「王宮内の目や立場もあって、今までなかなか思うように動けなかった。けど……シシィが補佐役として入ってくれて、ようやくこの問題に切り込んでいける気がしてる」

 

 その瞳には深い覚悟が宿っていた。

 レオノーラもやや驚いたように顔を上げる。


 「はい。正直、驚きが大きくて、全てを飲み込めてはいないですが……。私は、レオノーラ様や、ニコラス様が作る……この国の未来を生きたいです」


 背筋を伸ばし、まっすぐに二人を見つめる。


 「だから私も、自分にできることを全力でやります。お二人の力になりたいです」


 その言葉に、ニコラスも、レオノーラも、ふっと表情を綻ばせた。


 こうして三人は、ようやく同じ地点に立った。

 王宮という迷宮の中で、隠された真実に光を当てるために。

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