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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
序幕 平等に無情なこの世界で
8/19

0-08 宏大無辺-③

 

 夢を見た。


 その日は雲ひとつない快晴だった。

 それまでの面影を残しながら、だが全くの別物のようにも感じられる道を歩く。


 全てが破壊されたとしても、人間というものは立ち直ることが出来る。

 かつて荒野に成り果てたこの地も、気が付けばかつてのような日常が戻っていた。


『クロガネ』のすぐ隣を小学生が通った。

 未来というものに希望を見出し、かつての絶望に囚われぬ光を孕んだその瞳。

 あまりに眩しく、直視すればこちらの目が失明してしまいそうだ。


 どこに向かうでもなく『クロガネ』は歩く。


 終わりを迎えるのに適した場所が見つかれば、そこが『クロガネ』の終着点だ。






 クロガネが目覚めてから十四日目の空は薄暗く、朝方から降り始めた雨は丸一日止みそうにない。

 朝食を終え、だが特訓を行うような天気でもないために二人はテーブルで暇を持て余していた。だが、二人の間に会話らしい会話はない。


 クロガネにとってこうした感覚は“初めて”だ。

 このどうしようもない感情を胸に、どんな表情をして、どんな会話をすればいいのか、全く分からない。


 そして、そんなクロガネの顔はきっと酷い表情なのだろう。

 ヤタガラスの顔を見てクロガネはそう感じている。ということはつまり、そういうことのはずだ。


 そうして、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。

 ある時、ヤタガラスは勢いよく立ち上がって言った。


「クロガネくん!!」

「……っ!? は、はい!?」


 ぐい、とクロガネに顔を寄せて言った。

 ち、近い。


「正直に言います!!」

「あ、と……はい」

「寂しいので抱き着いてもいいでしょうか!?」

「あっ、はい……はい? ん? なんて?」


 ばちーん! とヤタガラスの両手がクロガネの両頬を包んだ。

 そのままクロガネの頬をこねくり回してから、更にヤタガラスは顔を寄せた。

 近い。本当に近い。


「そういえば言ってなかったと思うのでここで白状します」

「は……い」

「クロガネくんが眠っていた期間、実に五年!」


 そういえばクロガネが初めてヤタガラスと会った時に、そんなことを言っていたような気もする。


「そしてこの世界にクロガネくんが来たのは更にそこから三年前! 実に、八年の付き合いでございます!」

「は、八年……」

「あ! 眠っていた五年の期間は私の全力を振り絞った『不老』の(まじな)いでクロガネくんは歳をとっていません、安心してください! それはさておき、私はとっても寂しかったです! 目覚めてからも正直に言うとちょっと欲求不満です!」


 ヤタガラスの想定外の勢いに気圧されるが、両頬をがっちりホールドされているために後退りも出来ない。

 仮に出来たとしても、ヤタガラスは何かしらの方法でそれを止めたのだろうが。


「……ということで!」

「という、ことで?」

「ぎゅ──────ってしてもいいでしょうか!? いや! します!」


 その直後、ヤタガラスの姿が掻き消えるのと、クロガネの衣服が引っ張られる感覚はほとんど同時に感じられた。


 ぐわん、と流れる視界。


 その時察した。クロガネの知らないヤタガラスの本気は、それまでとは比較にならない程のものであるということを。


 気が付けばそこはクロガネの自室だった。

 そこにクロガネは立っていて、そして有無を言わせずにヤタガラスは後ろから抱き着いている。柔らかい感触が一体何なのかは考えるまでもない。というか、考えてはいけない。そんな気がした。


「……や、ヤタガラス、さん……?」

「……………………」


 ヤタガラスが黙り込むのは初めてのような気がした。

 ──と、その直後。


「うっ、ひ!?」


 背中に何かが突き刺さった。

 正確には、ヤタガラスの顔だ。そのまま深呼吸するヤタガラス。


 吸われている。


 クロガネの脳裏に『猫吸い』が浮かんだ。

 猫という動物をクロガネは知識としてしか覚えてはいないが、ヤタガラスの行動にはそれに近いものを感じざる得なかった。


「…………」


 沈黙。長いような、短いような、沈黙。


 自然とクロガネは意識を逸らそうと目を瞑り、雨音に耳を傾ける。

 サァ────。


 心が落ち着くほどに、際立つ違和感。どうしてヤタガラスはこんなことを。

 少しだけそう考えて、だがすぐに分かった。

 違う。どうしてじゃない。ヤタガラスもクロガネと同じなのだ。


 別れを惜しむのは、クロガネだけの話ではない。

 ヤタガラスもまた同じで──、この苦しみは、クロガネが一人で抱え込むべきものではないのだ。


「あの……」クロガネの胸が高鳴る。感情の高揚。不思議な感覚だった。「ヤタガラスさん」

「…………ん……」

「そ……の。俺も、抱き着いて、いい……ですか?」


「ふぁ!?」ヤタガラスは驚いた声を上げた。「な、なな、なにそれ!? なんか! 背徳的な感じ!」


 こんなにも見事なブーメランを目の当たりにしたのは初めてだ。


「ふふ……ヤタガラスさんと同じこと言っただけじゃないですか」

「え、あ……うん、確かに、そうかも……そうだね……ほんとだ……」


 ヤタガラスがゆっくりとクロガネから離れた。

 そのままクロガネは後ろを向き、ヤタガラスと向き合う。


 顔が熱い。この感覚、身に覚えがある。


 思わず顔を逸らしそうになるが、そうはならなかった。向き合うヤタガラスの顔が真っ赤だったからだ。

 クロガネも、同じ顔をしているんだろうなと思った。


 ぎこちなく、ヤタガラスを正面から抱き締めた。

 ヤタガラスも抱き返してくれた。


 お互いの顔は見えないが、それぐらいで丁度良かった。


「んふ、んふふ……」ヤタガラスがこれまで出したことない笑い方をしてて、思わずクロガネも釣られて笑った。「ふふ……」


 恐らく、一分程度。

 堪えきれなかったのはクロガネだった。ヤタガラスを突き放すようにして後退りしたクロガネの心拍数は、それまで経験したことがないほどに速くなっていた。

 速すぎて、痛いぐらいだ。


 対してヤタガラスは少し物足りなさそうだった。むっと眉間に皺を寄せ、クロガネの手を引いて布団に飛び込む。


「ねぇ、クロガネくん」


 ヤタガラスは横になったまま、ぼそりと零した。


「今日ぐらいは、のんびりしてもバチは当たらないよね」

「……うん、そう思う」

「あ」とヤタガラスは柔らかく笑った。「クロガネくん、やっと普通に笑ってくれた……」

「……ごめん、なんか一人で抱え込んじゃって」

「私も唐突すぎたね。こっちこそごめん。でも……」


 ヤタガラスの指がクロガネの唇に当てられた。

 すーっと唇をなぞったあと、二本の指でクロガネの口角を上げた。


「クロガネくんがちゃんと笑ってくれるなら、私は許しちゃう」

「俺も……同じです」


 そうして顔を合わせて、笑いあった。

 雨音が心地良い。


 ──その時だった。



「あ〰〰〰〰!! 焦れったいわね!?」



「うぇっ!?」


 突然、クロガネの身体が後方から押された。

 そのままなんの対処も出来ず、クロガネの唇がヤタガラスの唇と触れた。


「……、…………、……………………?」

「あ……あ……………………」


 そんな二人をよそに、雰囲気をぶち壊す勢いで彼女は現れた。


「焦れったいわね〰〰!? やることやりなさいよとっととぉ!!」


 アマテラスだ。アマテラスが、とてつもなく卑猥なジェスチャーをしながら現れた。指で作った丸に人差し指を出し入れしている。これは良くない。顔はヤタガラスと瓜二つなだけあって、とてつもない違和感だ。

 ヤタガラスはこんなに卑猥なジェスチャーをしない。もっと清楚な女性なのだ……。


「ヤタガラスぅ〰〰!! この奥手ぇ!! 今が攻め時でしょお!?」

「えっ、えっ、えぇぇええっ!?」

「おらぁ!! イケぇ!! 」


 クロガネとヤタガラスがキスをした、ということを理解する暇も与えずにアマテラスは畳み掛ける。目にも止まらぬ速度で呪文と手印を結んだ。


 刹那、クロガネは両手両足を拘束され、更にはベッドに磔にされた。速すぎて抵抗のひとつも出来ないままに。

 そして間をおかず、アマテラスは高速で結んだ手印とほとんど同じ手つきでヤタガラスの胸を揉みしだき、脱力させる。喘ぐことすら許さない閃光の如き攻撃だった。

 あのヤタガラスでさえ抵抗させないアマテラスは間違いなく実力者なのだろうが、それを知るのがこのタイミングなのはどういうことなのだろうか。よく分からない。


 そして脱力したヤタガラスは、クロガネに覆い被さった。

 クロガネの耳元にヤタガラスの顔がある。荒い息遣いが耳をくすぐってむず痒い。だが、クロガネには抵抗することも出来ない。


「ん、はぁ……」そんなヤタガラスの喘ぎとも取れる声に、思わずクロガネは声が出た。「──、いっ」


 何が起きているのか。

 ひとつだけ言えるのは、アマテラスが雰囲気も含め全てを粉砕したということぐらいだろうか。


 ゆっくりとヤタガラスは身体を持ち上げた。当然、クロガネに覆い被さるような格好になる。

 そのまますぐに退くのかと思いきや、そうはならなかった。


「……ヤタ、ガラス……さん?」


 クロガネが見上げたヤタガラスの表情はとろんと蕩けていて、ぼーっとした目で見下ろしている。


 明らかに何かされたのだけは確かだ。勢いよく顔を動かしてアマテラスを探せば、少し離れたところでこちらを見ていた。

 声を掛けるつもりだった。一体何をしたんだ、と。

 だが、出来なかった。アマテラスのその表情には一切の余計な感情がなく、ただひたすらに真面目な表情だった。

 手だけはずっと卑猥なジェスチャーをしてはいたが、──いや、それはそれでどうなのだろうか。結局欲望がダダ漏れているのではなかろうか。


 意を決して声を上げようとしたのと、


 ──ヤタガラスがクロガネの耳に甘噛みしたのは、同時だった。


「──ッ!?」背筋を駆け抜ける電流。びくんとクロガネの身体が跳ね、今まで感じたことのない感覚に対して、全ての感情を置き去りにして驚愕が先行した。「う……あっ!?」


 そこから先の記憶は、断片的にしか残っていない。

 ただ間違いなく覚えているのは、ヤタガラスはとにかく遠慮というものが微塵も感じられないほど徹底的にクロガネの耳を責め立てた、ということだ。


 耳。


 ──なんで、耳……?


 そんなことを思いながら、どこかのタイミングでクロガネの意識は刈り取られた。



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