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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-41 救うべきもの/選択

 


 ──少し遡ること、五分前。冒険者協会地下。


 地面を伝って感じる振動に、クロガネは何かが起きていることだけは理解できた。ただ、それだけだ。

 クロガネはここから出ることは出来ない。上で起きている何らかに、関与することは出来ないのだ。


 冷たい石の壁に背を預け、クロガネは静かに待つ。


 静かに────待つだけで、本当にいいのか。


『元気ないね』

「……アマテラス」

『大丈夫?』

「………大丈夫、ではないかも」


 ふわりと、クロガネの目の前に輝く足が見えた。それがアマテラスであることはすぐに分かった。クロガネは視線を動かさずに、口だけ動かす。


「苦しい。押し潰されそうな、感じ……」

『それは、いつから?』

「……多分、セスタとククリが、殺された日から」

『多分?』

「この数時間で、どんどん酷くなってる……酷くなって、初めて、それが負の感情なんだって、やっと分かった……」

『なるほど。そっかぁ』


 そう言ってアマテラスはクロガネに並ぶように腰を下ろすと、『よしよし』と頭を撫でた。


 ずっとクロガネの心の奥底に負の感情が(わだかま)っていて、心が暗闇の海に沈んでいく、そんな感覚がずっと続いている。


『クロガネくんはどうしたい?』

「え?」

『その苦しみから、解放されたい?』

「……」クロガネは少し考えてから、首を振った。「それは、俺だけの話……?」

『違うの?』

「なんか、よく分からないけど、誰かに呼ばれてる、気がする」

『それは、誰?』

「分からない……分からないけど、その誰かを、助けたい。……ヤタガラスなら、そうする気がする」

『……そっか』そうすると、アマテラスはニマ〰〰っと笑った。『凄いね、クロガネくん。やっぱり君は凄い。いい子だし』


 そのままアマテラスはクロガネの目の前に移動すると、両手で勢いよく頬を揉みしだいた。『うりゃうりゃうりゃりゃりゃ』「あわわわわわわ」かなり容赦がない。だが、表情筋がほとんど動いていなかったクロガネにとってはそれぐらいが丁度よかった。


 そしてたっぷりと揉みしだいたあと、アマテラスはクロガネの目を覗き込んで言った。


『しっかり聞いてね』その声は、どこかおちゃらけたアマテラスとは全く別の、真剣そのものな声。『君のその感覚は、赤竜の象形装具、赫灼剣を通して“彼女”と意識が繋がっているからなの』

「彼女……?」

『いい? クロガネくん。探し方は教えてあげられる。だから、どうか“彼女”を見つけて、助けてあげて』

「……」

『それが結果的に君にためになるし、この街のためにもなる』

「……うん、分かった」

『じゃあ──』アマテラスはクロガネの両頬から手を離すと、右手の人差し指をクロガネの額に向けた。『あとは、頼んだよ。クロガネくん。私も、クロガネくんが悲しまないように頑張るから』








 痛い。


 苦しい。


 狭い。


 怖い。


 誰か。


 ママ。


 ママ、どこ。


 助けて。


 助けて。













 ハッと気が付いた時には、既にアマテラスの姿はなかった。

 代わりに、宙を舞う何かの粒子が視えるようになっていた。白い輝く粒子。それが魔力の姿なのだと、何故か直感的に分かった。


 あたりを見回せば、天井を貫通してその向こうが朧げに視える。

 上階、冒険者協会の一階だろうか。多くの人が動いているのが分かる。そうして周囲を見渡しているうちに、遥か下方。地面の下に何か小さな魔力があることに気が付く。


「え……?」


 瞬間、その何かと目が合った、という感覚が確かにあった。


「見た、のか、俺を……?」


 ──痛い。


 ──苦しい。


「声……?」


 ──狭い。


 ──怖い。


 ──……助けて。


 今、クロガネの頭に響くこれが、果たして声なのか、それとも幻聴なのか分からない。

 だが、遥か地面の下にいる“彼女”のものなのだというのは何となく分かった。


 これがアマテラスの言っていたことなのだろう。

 だが、これからどうすればいい。

 クロガネが視えているのは魔力の姿だけであり、距離や大きさが判別できるわけではない。


 ──ママ……。


 また、声。

 だがそれまでと明らかに違ったのは、『ママ』という単語が発された瞬間、クロガネがよく知っている魔力が揺れ動いたのを確かに感じ取った。

 咄嗟に上を見れば、白い粒子の中に、真っ赤な炎の如き粒子がある。


 赫灼剣だ。間違いない。


「──まさか」


 そうして初めて、これまでの点と点が繋がっていく感覚。

 だが、それは今考えることではない。

 今優先すべきは、地下にいる“彼女”の元まで向かうすべを探すべきだ。


 だが、どうすれば──。


「……おい」

「え」


 その時、息を切らした男の声がすぐ近くから聞こえた。魔力の粒子で初めは上手く見えなかったが、目を凝らせばそれはクロガネをここに連れてきた冒険者なのだと分かった。


「あれ、あなたは……」

「……失礼なことを言った手前、申し訳ないが、頼みがある」

「え?」

「手を、貸してくれないか」

「それは、また、どうして」

「……エフレイン支部長が直接戦闘に向かわれた。それも、戦闘参加を認められたのはS級以上のみ……。街中に、恐ろしい何かが出現した、ということは確かだ」


 クロガネは、だがそれを聞いたところでどうとも思わなかった。

 敵がいるからと言ってその場に向かっては、クロガネの疑惑が増すばかりだからだ。


「と、言われても……」

「問題はそれだけじゃない……つい先程、遠方に赤竜の影を見たと報告が──」

「……は!?」


 ぎょっとしたクロガネは、咄嗟に下方を見た。赤竜がこのタイミングで街を襲えば大惨事は免れないであろうことは想像に難くないが、それとはまた別に懸念すべきことがあるのだ。

 地面の下にいる“彼女”の魔力をじっくりと観察すれば、次第に動きが活発になっている……様にも見える。


 やはり、そうだ。

 赤竜とアマテラスの言う“彼女”には──相関性がある。

 もっと分かりやすく言うなら、赤竜がこの街を襲う理由は恐らく“彼女”絡みである可能性は高い。


「不躾な願いであることは重々……」

「分かった」

「承知……え?」

「分かったので、取り敢えず赫灼剣を持ってきてください」

「え、あ……いや、あれは協会の重要保管庫に」

「ビビってる? 犯人の可能性ある男を連れ出そうとしてるんだから、それくらいのリスクは背負ってほしい」


 ごもっとも、とばかりに男は引き攣った笑みを見せると、そのまま背を向けて走り出す。

 念のため魔力の粒子で見ていたが、一直線に赫灼剣の方向に向かっているのは確かだった。


「……さて」


 そうしてクロガネは、己の胸に手を当てる。


「何とかして、助け出すから……」


 ますます、クロガネの心に同調している“彼女”の声が、感情が強く語りかけてくる。

 痛い。痛い。苦しい。苦しい。狭い。狭い。怖い。怖い。

 助けて。助けて。助けて。助けて。


「──すぅ」


 クロガネは右手を構え、左手でそれを支える。

 ショットの構えだ。


「ショット!」


 一発。

 地面が大きく揺らいだ。衝撃が周囲に逸れてしまっているのだろう。

 ショットをもっと鋭く。だが衝撃は変わらないように。


「ショット!!」


 二発。

 冒険者協会が軋むような音がした。これでもまだ衝撃は逸れている。


「ショットォ!!」


 三発。

 まだまだ足りない。この程度では、時間が足りない。

 咄嗟にクロガネは考え方を変えた。今クロガネが行うべきは大砲を撃つことではなく、切削だ。


 考えはある。だが、かなり魔力を使うことだけは確かだ。


「……ええい、後悔先に立たず」


 先程と違って、両手を地面に向ける。それまでのショットは『砲弾型』。地面を掘るにはそもそも適していない。落ち着いて考えれば分かるだろうに、そこまで考えが及ばないのはそれだけ焦っている証拠なのだろう。


 クロガネが想像できる、掘るということ。


 切削。というか、ドリルだ。


「──ショットォ!!」


 四発。

 砲弾型とは打って変わって、ビームの如くショットを放出し続ける。その軌道は螺旋を描き、まさしくドリルのように地面を切削していく。

 代わりに、クロガネの魔力もあっという間に減っていくのを感じていた。

 ショットを放出し続けるだけに留まらず、それを拡散しない様に抑えるための魔力。螺旋を描く、回転の力を加えるための魔力。


「……う、ぐ」


 倦怠感が襲いかかる。

 だが、止まらない。止めない。これしきどうということはない。

 ヤタガラスとの特訓を思い出せ。

 大丈夫、完全にすっからかんにならなければ、死にはしない。


「うぅぅぅぅぁぁあああ……!」




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