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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-40 歯には歯を-④

 

「……ありがと」

「どういたしまして」


 アレクはニコッと笑って応える。それから間もなく、マナとミナはゆっくりと立ち上がった。

 身体の節々に痛みは感じるものの、戦いには支障のない程度だ。

 治癒士ながらS級であるのは確かに剣の腕が優れているからであるが、もし評価形式が変わり、治癒能力も評価に加味されるのであれば、アレクは治癒士としての腕だけでもS級に到達する。

 そう思わせられるだけの治癒能力なのである。


「痛い思いしただろうけど、ごめんね、マナちゃん、ミナちゃん。もう少しだけ一緒に戦える?」

「当然」

「勿論です。一泡も二泡も吹かせないと気が収まらない!」

「ふふ、ありがとう」アレクはそう言った後、ゴメン、と手を合わせる。「代わりに、多分明日辺りは身体中とんでもなく痛いと思うけど……」

「別に、今じゃないならいい」

「お姉ちゃんに同じく!」


 アレクは優れた治癒士であることは間違いないが、治癒魔法は万能ではない。

 重症を一度に治すことには、相応のリスクや反動が付きまとう。これは治癒魔法と人体の限界だ。

 それでも、痛みを後回しにする程度の反動で済ませられるのは間違いなくアレクの技量が無ければ成り立っていない。


 マナとミナが肩を回し、ふぅ、とゆっくり深呼吸する。呑気なようにも思えるが、だがその間パヌルは警戒して襲い掛かってこなかった。


 それほどまでに、ダリルとエフレインとの一瞬の攻防の中には、パヌルにとっての想定外があったのだ。


 そうして睨み合いの続く中、戦闘再開のきっかけとなったのは【狂化】の再発動だった。


「──ふ……ッ!!」


 ぶわ、と湧き上がる漆黒の魔力。既に【狂化】を知っているパヌルは、先手を取られまいと駆け出した。


 ここから先は常人が立ち入ることの出来ない領域。それを誰よりも理解しているのは、この場で最も等級の低いバルトに他ならない。

 だが、だからこそバルトが動くべきは今この瞬間なのだと、咄嗟に盾を構えた。


 感覚領域拡大・動体視力向上・スキル初動加速の三種を発動し、一瞬だけ、バルトは周囲と同じ領域に踏み込む。

【狂化】により戦闘態勢に入るマナとミナ。それを真っ先に狙う二人のパヌル。四名からコンマ数秒遅れて迎撃体勢に移るダリルとアレク。

 集団戦には向かないエフレインは咄嗟にサイドステップで距離をとる選択だ。


 バルトはじっとその時を待つ。

 この場で、バルトはただの邪魔な存在でしかない。それは分かっている。

 事実、パヌルはバルトを一瞬たりとも警戒していない。


 ──であるからこそ、このスキルは、今この場において最も有益なものとなる。


 ……バルトがここにいる理由は至ってシンプルだ。

 仲間だった二人を殺されて、それがどうしても許せなかったからだ。

 かつ。

 犯人に一泡吹かせるのに、自分ほど適した人間もいないだろうと思っているからでもある。


 マナとパヌルが接近し、今にも武器同士が接触する──その一瞬手前。


「……視覚誘導」


 スキル名・視覚誘導。特定の対象の視線をスキル発動者に強制的に向ける。

 そしてこれは、相手がスキル発動者を警戒していなければその分だけより強力に作用する。


 まさしく、両者が接触せんとしたその時、ぐるり、と二人のパヌルはバルトに視線を向けた。

 時間にしてコンマ数秒。

 だが、相手が【狂化】を発動している今この瞬間においてこの隙は、あまりにも大きい。


「ふ──んッ!!」


 マナ、神速の十二連撃をパヌルに叩き込む。更には間髪入れず、距離を詰めたダリルの一閃がパヌルの左腕を斬り飛ばす。

 思わずパヌルは後退するも、先回りしたエフレインの大剣が迫った。


  「が……!」エフレインの大剣の腹部分による側面からの叩きつけ。ダリルが斬り飛ばした左腕側からの一撃に、防御も出来ぬままパヌルは宙を舞った。

 そのまま建物を突き破り、粉塵が舞ったのとほぼ同時に、もう一人のパヌルに向かってミナとアレクが迫る。


 パヌルは武器を構えるも、無慈悲なるバルト二度目の視覚誘導が発動する。

 発動位置は完璧だった。パヌルはミナ、アレクを前に真後ろを向く格好を晒した。当然、一切の容赦があるわけもなくミナはナイフを逆手に持ち、助走の勢いそのままにパヌルのうなじに突き刺した。

 が、硬い。刃が通らない。


「あ~もう!」そんなことは知ったものかと、ミナは【狂化】による膂力を最大限活用し、ナイフを何度もうなじに打ち付けた。


 八回目にして、遂にパヌルの防御を突破。後方のアレクから「あとは任せて~!」と声が聞こえた直後、即座にナイフから手を離しサイドステップで離脱した。


 入れ替わるように迫ったアレクは肘打ちでナイフをより深く捻じ込む。ごり、という感触。脊椎の隙間にナイフが入ったことを理解するなり、そのまま身を捻り、回転切りを叩き込んだ。

 突き刺したナイフに剣を添わせることで完璧に脊椎の隙間に刃が通る。


 声を上げる間もなく、パヌルの頭部が首から離れた。


 だが、パヌルもやられてばかりではいない。

 どのタイミングで増えたのか、建物を突き破った粉塵の中から三人に増えたパヌルが飛び出した。

 その直後、三人のパヌルに意識を取られた一瞬を見計らって、粉塵の中からナイフが飛び出す。音もなく迫ったそれは、バルトの肩と腹部、マナの左足に突き刺さった。


「対等になれたなどと勘違いしたかね!?」


 三人のパヌルは、そのまま一直線にマナとダリルに向かって駆ける。

 咄嗟にエフレインが進路に立ち塞がり、「──ラァ!!」勢いよく大剣を振るった。だが、そのパヌルは不自然なほどに避ける素振りも見せない。


 ぞわ、とマナの背筋に悪寒が走る。「駄目!!」と叫んだのと、パヌルが爆発したのはほぼ同時だった。


「……ッ」咄嗟に大剣の陰に身を隠すことで何とか大きな被害は免れたものの、エフレインの左手はぐずぐずに爛れていた。「泥人形か……!」

「正ェ解!」


 ハッとエフレインがその声の方向を見れば、更に三人のパヌルが一直線に駆けていた。


 泥人形。本来はまさしく泥を固めてできた人形でしかないが、泥と共に血液、髪、爪を練り合わせることで、人間そっくりに形どる。呪法の一つで、禁忌指定された魔法だ。


 エフレインはすぐさま体勢を整え、迎撃の体勢を取る──が。


「……く、そ」大剣を落とした。自分でも信じられずに右手を見れば、破片か何かによるものだろうか。親指があらぬ方向へと曲がっていた。


 すぐさま、ダリルがエフレインを庇うように立った。

 襲い来るパヌルの形をした泥人形。ダリルの目がスッと細められ、剣を鞘へ戻す。抜刀術の構え。

 ──一瞬の静止。そののちに、ダリルは高速の三連撃を放つ。


 泥人形には必ず核がある。それを破壊すれば、否応なく泥人形に付随する全ての機能は停止する。

 そしてダリルには、それを見極めるすべがあった。

 スキル・弱点把握。ダリル天性のスキルであるそれは、巧妙に隠された核の位置を正確に把握する。


 三人のパヌル、それぞれ胸部、頭、右大腿を切り裂いた。刹那、泥人形は形状を保つことが出来ずあっという間に崩れ落ちる。


 が。


「……ぐっ!?」崩れ落ちる泥が、意志を持ったようにダリルに向けて襲いかかった。「拘束、魔法……ッ」

「馬ァ鹿! 想定済みだ!」


 パヌルは泥人形に組み込む魔法を改変していた。それまでは任意のタイミングで起動できる爆発だったものを、今回は泥人形の崩壊をきっかけに発動する拘束魔法へとしたのだ。


 ダリルに絡みついた泥は振り払うこともままならず、悪態をつく。「……くそが」

「──ダリル!」


 エフレインがそう叫んだ次の瞬間、パヌルのドロップキックがダリルを吹き飛ばした。


「──が……っ」


 複数の建物を突き破り一直線に進むダリルを見て、ニタ、と笑うパヌルの直上に、ミナが現れる。

 その手には、普段ミナが使用しないロングソードが握られていた。見覚えがある。それはダリルの武器だ。吹き飛ばされる寸前、ミナの姿を見つけたダリルが咄嗟の判断で手を離していた。


 パヌルは首を傾げた。

 普段はナイフのような武器を使用する者が、咄嗟にロングソードを持ったところで何が出来るというのか。

【狂化】を併用しているとはいえ、だ。


 そうして生まれた僅かな隙を逃さず、アレクはパヌルの首に剣を突き立てた。


「──!」


 そしてこの一撃により、パヌルはようやくミナの意図を把握する。

 同時に、既に手遅れだということも。


「──ッ、ああッ!!」


【狂化】による身体能力により振るわれたロングソードは、アレクの突き刺した剣の腹をなぞり、パヌルの首筋へと到達する。

 アレクの刺突がそのままミナの振るう一撃のガイドとなり、慣れないロングソードながらもこの瞬間に出せる最大威力を補助したのだ。


「ぐ──」


 パヌルが何かを言うよりも先に、ミナの振るったロングソードはパヌルの首を斬り落としていた。宙を舞う頭部。その表情は、だが薄ら笑みを浮かべていた。

 終わった、という感覚はない。


 即座に周囲を見渡せば、さも当然というかのような表情でパヌルは建物の屋上から見下ろしていた。


「……気は済んだかね?」


 余裕綽々と言った表情のパヌルの背後には、更に七名の分体。これまでの結果から容易に想像できるのは、これでもなお、パヌルの本体はこの場に存在していないということ。


 対してマナ、バルト、エフレインは負傷。吹き飛ばされたダリルも無事ではないだろう。実質的に戦えるのはミナとアレクだけだ。


 そして、絶望はそれだけではなかった。まさしくパヌル後方の上空に、今この時、最も見たくはなかった“敵”の姿をその場にいた者は同時に捉えた。


「ほれ。間もなく時間切れだ。精々、死ぬ気で抗え。冒険者ども」


 あの真っ赤な鱗に包まれた竜の姿に、ミナは思わず足が竦んだ。




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