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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-37 歯には歯を-①

 

 ミナが無事に蘇生されているか。

 蘇生されていたとして、戦える精神状態なのか。


 確認したいことは山ほどある、だが、マナはその場から動くことが出来なかった。

 目の前にいる老爺の一挙手一投足に全ての意識を向けなければ、次の瞬間にマナの首は吹き飛ばされるであろうことは確かだからだ。


「……俺はね」

「……っ」

「詮索されるのが嫌いなんだよ。分かるかね? 顔も知らぬ他人から行動すべてを覗かれる嫌悪感と、それを鋭く察知出来てしまうことの苦悩が」

「…………」

「いまここで手を引くならば、殺しはしないと約束しよう。どうかね」

「…………目的」

「なんだ?」

「あなたの、目的は何。クロガネ君を殺すつもりなの?」

「……クロガネを殺すこと? ああ。それは目的ではない」

「……」

「ただの過程だよ。邪魔だからクロガネは殺させてもらう」

「…………そう……」


 瞬間、マナの姿が掻き消える。


 バックスタブ。基本的な技術ながらも、極めればその分だけ強力無比な一撃たり得るそのスキル。

 これまで、マナはこのバックスタブを誰よりも使ってきた。それこそ、このカルファレステ街ではもはや、マナのバックスタブ、その初動すら捉えられるものはいないだろう。


 相手との距離最長十メートルであっても、認識させる暇もなく背後に現れ息の根を止めることさえ可能なマナの速度は、音速をとうに超えている。


 老爺との距離、僅か一メートル。

 これを外すわけもないと考えていたマナの一撃は。


「おや」


 だが、呆気なく止められた。

 それも、指たったの二本で、だ。


「……、くそ」


 そうつぶやいたマナの側頭部に、老爺の拳が突き刺さる。

 咄嗟に腕を構える暇すらなく、マナの身体は吹き飛ばされた。

 建物の壁をいくつも貫通して、その先の少し広い道にまで到達する。その距離、直線で百五十メートル。

 およそ、人間の膂力ではない。


 マナは吐血して、地面に倒れ伏した。

 脊髄と首から上にあらかじめ魔力を纏わせていなければ、間違いなく即死だった。

 だがそうしていたとしても、気絶しなかったのが奇跡であるほどの痛手。

 すでに、マナは四肢の感覚を失っていた。

 ぼんやりと映る視界に両手がある。位置的に千切れ飛んではいないようだが、感覚が無ければ結局は変わらない。


 ミナに対しての初撃と二撃目で老爺は穏便に済ませるつもりが無いことは想像できていたが、これほどまでに容赦がないのは完全に誤算だった。


 ざわつく雑踏そっちのけで、その老爺は悠々と一直線に歩いてくる。


 すでに、老爺の目的は達成される目前ということなのだろうか。

 姿を晒すということは、すなわちそうしても問題ないということの裏返し。

 或いは、この場にいる全ての人間を殺すつもりなのだろうか。


 どんな可能性であっても、この老爺であれば実行可能なのだろう。

 そう思わせるだけの威圧感は、確かにあった。


「う……ぁ……」


 マナの目の前までやってきた老爺は、さも当然のようにマナの顔面を蹴り飛ばした。

 雑踏がワッと悲鳴を上げる。


 ゴミクズのように地面を跳ねるマナに、もう意識はなかった。


 夥しい量の血液を撒き散らしながら、マナは静かに息を引き取った。










 ──契約受領。











「……なんだ?」


 老爺の目が見開かれる。


 それもそのはず。完全に死んだはずのマナが、ゆったりと起き上がっているからだ。


「…………禁忌魔導か? ……禍々しいな、それも死後発動型、いや、呪いの類いか」


 ぶわりとマナから湧き上がる漆黒の魔力。物々しい雰囲気の中、当然雑踏は逃げることを選ぶ。


 逃がすまいと老爺の瞳が左右別々にぎょろりと動く。人間の視野角の最大値二百度をカバーする人間離れした瞳の動きが、雑踏の動きを的確に把握した。


 そして真っ先に狙いを定めた方角へと身体を向けた、まさにその時だ。


「なに、余所見?」

「——ッ!?」


 一切警戒は怠っていない背後からの声。そして振り返った老爺の表情に初めて変化が現れたのは、マナだけでなく、ミナもまた同様の姿だったからだ。


 お返し、とばかりに振るわれたミナの拳が、老爺の顔面を捉える。

 小石の如く吹き飛ばされる老爺を見て、ミナはハッと挑発的に笑った。


 速度によるものではない。寧ろ、老爺の顔が自然とミナの拳に吸い寄せられていくような感覚。

 決して老爺が油断したわけでもなければ、手を抜いていたわけでもない。それでも当たる。当たらせる。そういった強制力こそがマナとミナの最後の手段——禁忌魔導の威力だ。


 禁忌魔導【 狂化(ベルセルク) 】。


 魔法とは、言い換えれば安全に魔の力を使用できるように手を加えた姿であり、魔導とは魔法の根源。

 魔に導く力。

 魔導が禁忌たる所以は、強力無比であるが故に人体への影響が極めて大きいというところに尽きる。


【狂化】の発動条件は術者の死亡。かつ、代償として継続時間一分ごとに寿命約一年を消費する。


「ミナ」


 吹き飛ばされた老爺が、轟音と共に建物に突っ込んだのとほぼ同時に、マナとミナが合流する。


「うん」

「まさかこんなに早く狂化を使わせられるとは思わなかった、けど──」

「発動したからには、とっとと決着を付けよう、ってことだよね?」

「ん。出し惜しみはなしでいこう。街の被害も、まぁ……余裕あったらで」

「いやぁ。アレ相手に余裕は全然ないよねぇ」


 バゴッ、とわざとらしく音を立てて、砂煙の奥、青筋を立てた老爺が崩れた建物の瓦礫を腕で薙ぎ払い、撒き散らしながら現れる。

 ミナの一撃は間違いなく顔面を捉えていたはずだが、老爺の顔に傷らしい傷はない。


「全く、腹立たしい。苦しまずに死ねると思うなよ……!」

「うっせぇ。バーカ」


 マナは親指で首を切る仕草をした。


「この老害が」

「生意気な小娘だな!」


 地面を破砕させながら、老爺は二人に迫る。だが、あと数歩というところで突然、身体の自由が利かなくなる。

 老爺の顔が苛立ちに歪む。どれだけ意識していたとしても避けられぬこの強制力。

 僅かコンマ数秒の静止であったとしても、それを見逃すマナとミナではない。


 マナの拳による二連撃が老爺の顔面に叩き込まれ、間髪入れずミナの回し蹴りが胴体に入る。

 いずれも【狂化】による一撃であり、常人なら即死であるはずの攻撃ながらも、だが老爺は微動だにしない。


 完全に威力を把握されている。


 老爺は片足立ちの状態だったミナの足を掴み、ぐい、と引き寄せる。老爺の逆の手にはいつの間にやら小型のレイピアのようなものが握られていた。


 一切の手加減なくミナの目元めがけて放たれた刺突を、マナのナイフが弾く。

 老爺の視線がマナに向けられた一瞬を逃さず、ミナの逆の足が老爺の顎に突き刺さる。


 が。それでも老爺はミナの足を離さず、レイピアは手放したものの、構わず拳を顔面に打ち込む。かなりの大振りだが、それはそのまま威力も増していた。咄嗟に両腕でガードしてもなお防ぎきれぬ衝撃。


「う゛っ――!?」


 ミナの苦悶の声。

 すかさずマナは大振りの後隙に、両手に持ったナイフによる刺突の連撃を老爺の脇腹へと叩き込む。

 総回数三十五回に及ぶ連撃。老爺の脇腹が僅かに赤く染まるが、代わりにマナのナイフが耐え切れずに砕け散る。


 ──硬い!!


 老爺の身体は一体どういう構造をしているのだろうか。

 ぎょろりと老爺の目がマナを睨みつける。


「むっかつく!!」マナは思わず悪態を吐いた。


 老爺の裏拳がマナの脇腹を捉えた。

 踏ん張ろうとも、だが堪えきれずにマナの身体は呆気なく宙を舞う。


【狂化】を使っていながらも届かない。なんて化け物なのだろうか。


 老爺を殺すためには、さらに多くのものを捨てなければならない。腕、或いは脚。感情、或いは五感。何をどれだけ捨てれば、届く。

 口から垂れた血を手の甲で拭いながら、マナは立ち上がる。





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