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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-35 目には目を-②

 

 クロガネとたっぷり抱き合ったあと、二人は守衛の気配を感じて逃げるようにクロガネの元を去った。

 再度呪文を唱えると、マナとミナの姿は空中に溶けるように消えて、元の医務室に戻ってくる。

 短時間しかクロガネと話すことは出来なかったが、二人にはそれで充分であったし、別れ際のクロガネの表情は決して悪くはなかった。

 今はそれだけでいい。


 地下牢から出たマナとミナは、そのまま冒険者協会を出てある店に向かった。

 街の西部にある小さな武器屋。人通りの多くない奥まった位置にあるそこは、客が多いとは言い難い。

 ずらりと並んだ武器や防具を流し見しつつ、砥石をもって店主の前に行き、「この砥石よりもいいものはあるか」と声を掛ける。


 それが合図だ。


「あいよ。倉庫にあるから、裏手に回ってもらっていいですかね」

「りょ」


 店を出て、隣の建物との狭い隙間を通る。

 そこを抜けると、やや広い空間と、武器屋の裏手の壁面に扉が一つある。


 それはダミー。

 隙間を抜けてそのまま真っ直ぐ進み、突き当りの石造りの壁面をゆっくりと押す。

 すると、ずずず、と重そうな音を立ててその扉は開く。魔力を流しながら開くという手順さえ知っていれば、案外重くはない。


「ここに来るのも久しぶりだね」


 ミナの言葉にマナはこくりと頷いて、扉の先に足を踏み入れる。

 真っ直ぐに薄暗い廊下が続いているが、これもダミー。扉から約二メートルほど進んだ位置、マナの歩幅ではおおよそ三歩半ほど進んだところで壁際の床を指で擦ると、僅かに段差があることに気が付く。

 床板の反りと勘違いする程度だが、しっかり確認すればその床板一枚の全体が均等に少しだけ高くなっているのだ。


 片側を押すことでもう片側が持ち上がる仕組みで、そのまま床板を六十度ほどまで傾けることでロックが外れ、廊下の真ん中が四角に窪む。

 そうして床を取り外せば、その先には地下に続く階段がある。

 空気の対流がないその階段通路は当然ながら空気が澱んでおり、あまり心地がいい場所ではない。


 真っ直ぐに下る階段をひたすら歩く。

 常人であるならば不安に駆られて、思わず引き返したくなるような距離をただひたすらに下った先に、その部屋の扉があるのだ。


 ノックは四回、二回、二回。回数を間違えると武器屋の裏手に転移させられる。マナはこれを三度ほど経験しているが、かなり精神に来るため、いつもノックするときだけは慎重だ。


「マナ、ミナ。久しぶりだね」と扉の向こうから顔を覗かせたのは、笑顔の輝く優男だ。「もうここには来ないんじゃなかった? 最近楽しそうだったし」


 にこやかな彼は、その口調も相まって万人に好まれるような『キャラ』であることは間違いない。

 だが、マナとミナが彼と顔を合わせるのはこれで三か月ぶり。

 当然ながらクロガネに関する話題も伝えたことが無ければ、近況報告をするような仲でもない。

 それでも──これだ。


「クロガネ君、実際どうなの? やっぱり冤罪? というか、もしかしてクロガネ君のためにまたここに戻ってくる決意固めたの?」

「それ、仕事とは関係ない」

「ひゃー。睨まないでよ。可愛い顔が台無しじゃないか」


 至極普通な様子で、君を監視していると言わんばかりの情報取集能力。

 それが、彼の本来の『キャラ』だ。


「いいから、とっとと──」苛立ちを隠そうともしないマナの言葉を遮るように、その男はにへらと笑った。

「まぁまぁ。君たちほどの実力がありながら暗殺業務よりも全然稼げない冒険者に転身する人は珍しいんだから、ちょっとぐらいいいじゃないか。エフレインに斡旋したのも僕なんだしさ」

「…………っ」


 暗殺業務。

 彼の名はラシャド。カルファレステ街の“裏”に通ずる一人であり、情報屋及び暗殺業務の斡旋を行っている。

 そして、マナとミナは今から約二年ほど前まで、その世界に居た。


 ラシャドはくい、と顎で中に入れと促した。何も言わず、その後ろを二人は付いて行く。

 廊下を歩きながらラシャドは口を開いた。振り返りはしない。というか、振り返る必要がない。そうせずとも、ラシャドは自分以外の存在を観測できているからだ。

 そういう魔法がこの建物の中には、およそ数えきれないほどに配置されている。


「それに、単純に興味あるんだよね。君たちがクロガネ君に興味を持つだけの理由とか」

「……」

「あ、言いたくないなら別に言わなくてもいいけれど」


 ラシャドはそう言うものの、その言葉通りにしてしまえば後から痛い目を見るのはマナだ。

 暗殺を生業としていただけあって、人に言えないような秘密はいくつもある。エフレインは暗殺業務については把握しているが、詳しい内容までは知らない。

 それこそ、明かされてしまえば冒険者協会への在籍自体が難しくなるようなものだってある。


 だからこそ、マナにとってラシャドという男は信用ならず、そして関わりたくもない存在なのだ。


 廊下の突き当りから一つ手前の部屋に入る。ここは応接室。ラシャドが仕事の内容を説明したり、集めた情報を開示するための部屋だ。

 その部屋に足を踏み入れたところでマナは立ち止まって、静かに言葉を返した。


「……クロガネ君は、他の人と何かが違う。私たちと真っ直ぐ向き合ってくれる。本当に、優しい人。だから、助けたい。これでいい?」

「へぇ……」ラシャドは少しだけ俯いたのち、満面の笑みで二人を見た。「青春だぁ……眩しいぐらいに……」

「…………ん?」


 その直後だった。ラシャドがかなり気持ち悪い笑顔を向けてきて、思わずマナとミナは半歩引いた。

 ここまでの笑顔は流石にこれまでも見たことがなかっただけに、それは二人の目にはかなり奇妙に映った。


「どこまでいった?」

「どこまで……?」


 いつになくラシャドのテンションが高い。

 かなりというかとてつもなく気持ち悪い。普段の、甘い表情の裏に隠された底冷えするようなキャラはどこに行ってしまったのだろうか。


「ハグはした? キスはした? もっと凄いことまでした!?」

「は、え、いや、あの」

「ハグって単語には反応したね!? キスはまだか……そうか……でも、それで一気に同棲までしちゃってるの、ほんとに、あれだね。距離感ミスってない?」

「………………その」


 距離感を間違えた自覚はあっただけに、あまり言い返せなかった。

 ラシャドにも、エフレインにだってそれに関してはよく言われていたことだ。曰く、一般人と違う基準で生きている、らしい。


「でもあれだな、クロガネ君は案外二人で迫れば断りはしないんじゃないかな」

「ふた……!?」ミナが素っ頓狂な声を上げた。

「あ、あ〰〰、でも、どうだろう、分かんないなぁ。意外と揺るがない芯もありそう。どう来るかなぁ……!」


 一体何の話なのだろうか。

 よく、分からない。


「あの」

「あー、はいはい、脱線しすぎたね、ごめんごめん」ラシャドは応接室のソファに倒れこむように座った。「いいじゃないかこれぐらい雑談だろ? それともなんだ。こういう手の話にはまだ慣れていないか?」

「いや、その」

「ん?」

「いつになく言動がキモい……」

「まって。そのガチっぽい反応やめて? これでもこっちは喜んでるんだよ? 感情を捨てちまってたみたいなお前ら姉妹がこうも成長するなんてな、って。だからさ、なぁ、その顔やめて? マナ? おいおい、ミナも何とか言ってくれよ」


「……………………」ミナは自身の身体を抱きながら信じられないようなものを見る目でラシャドを見ていた。「………………」


「え、効くんだけど? それかなり効くからやめてほしい、あ、いや、分かった、仕事の話だな。ああ分かった。雑談はこれで終わりにするから」


 参ったとばかりに両手を頭の上で振りながらそう言うと、ラシャドは突然空中から複数の紙の束を出現させて、テーブルに投げ捨てた。


「これが今回の情報。料金は──」

「大金貨二枚」


 ラシャドに倣ってマナは二枚の大金貨を机に投げ捨てた。

 大金貨の重量に見合った重い音が部屋に響く。

 そのままマナは倒れこむようにソファに座ると、一言だけ聞いた。


「私たちで勝てる?」

「無理だな」


 即答だった。


「かなりやばい。勝率は二割ってとこか」

「……なんだ、二割もあるんだ」

「正気か?」

「至って正気」

「……そうかい」





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