1-34 目には目を-①
冒険者協会の三階、エフレインの執務室。
応接用のソファに対面で座っていたマナが、テーブルに足をかけてエフレインにナイフを突きつけた。
「……」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん、流石にダメだってば!」
マナの隣に座っていたミナは突然の出来事に二人を交互に見ていた。
本来ならばミナがマナを抑えるところだが、今日のマナは明らかに普段とは違っていた。
「なんのつもりだ、マナ」
そう返すエフレインもまた普段と違うマナに当然気が付いており、より一層怒気の籠った声を発する。
ミナは思わずその声に慄くが、対してマナは表情をピクリとも動かさなかった。
「とぼけないで。クロガネ君をどうして監獄にいれなきゃいけない」
「犯人の候補だからに決まっているだろう」
「……クロガネ君が犯人な訳がない」
「そんなことは知っている」
あっけらかんと言ってみせたエフレインに、マナは眉を顰めた。
「じゃあ……どうして」
「一つ、赫灼剣の痕跡が残されていたから。二つ、クロガネの様子が明らかにおかしいから。これはお前らも気付いていただろう」
マナとミナは沈黙する。つまりは肯定だ。
あの日以降、クロガネから感情が消えてしまったような姿を最も間近で見ていたのは、他ならぬマナとミナだ。
あまりにもあからさまで、それまでと同一人物であるとは到底考えられない姿と言動だった。
「クロガネが犯人ではないのは、私の視点でいえば間違いないことは分かっている。あの現場にあった赫灼剣の痕跡も、二人を殺そうとして出来たものではないことは明らかだ。だが、そんな痕跡があるということが問題なんだ。特に第三者にとってはな」
「……」
「それに、クロガネの様子がおかしいのも気になる。あの症状が何なのかは分からないが、最悪の場合は犯人から何かしらの精神干渉があったとも限らない」
マナはようやくナイフを離し、鞘に収める。
「……ごめん」
「いい。お前が怒鳴り込んでくるのは想像通りだった」
「……む」
エフレインは頭を掻いて、ソファにもたれかかった。「マナ、ミナ。あまり大きな声では言えないが、監獄に通ずる裏道に鍵は掛けていない」
「……!」
「代わりに、頼みがある」
「……なに」
「こんなこと、頼みたくもないんだがな。恐らく、冒険者協会のやり方では犯人を追い詰められない」
「じゃあ、久しぶりの依頼?」
「ああ。腕は鈍っていないだろうな」
その直後だった。マナとミナの姿が掻き消え、次の瞬間にはエフレインの左右後方から二人はナイフを突きつけていた。
マナは元より、先程はエフレインに気圧されていたミナですらも表情が変わっている。鋭く、冷たく。それはまるで、捕食者の目だ。
「これで充分?」
「……そうだな。安心したよ。寧ろ速くなっている」
「む」
マナはむっと口を尖らせた。
エフレインはこともなげに『速くなった』と言うが、それは二人の速度を認識できている証拠だ。
少なくともマナとミナ二人がかりでも、真っ向から勝負して勝つことは出来ないだろう。
だがそれでもエフレインが二人を頼るということは、それだけエフレインに不利な状況下での戦闘が予想されるということでもある。
「相手の検討は付いてるの?」
「全く。だが、何にも情報がない訳じゃない。犯行現場には痕跡が一つもなかったんだ。あまりに不自然なほどに、微塵も、な」
「……っ、それって」
マナの表情が、初めて歪んだ。
「ああ。考えている通り、敵は恐らくは暗殺者の部類だ」
◇
──地下牢。静かで、薄暗く、じめじめして、陰鬱。
そんな場所に通ずる、一部の人しか知らない秘密の扉がある。
それは冒険者協会、医務室のベッドの下。
近くで見てすら分からないほど巧妙に切り抜かれた床板を外し、直下の地盤に向かってとある合言葉を放つ。
「────」
独特な発音のそれは、言葉というよりは様々な音の集合体と言った方が納得できる。
すると、床下の暗がりにぶわりと真っ赤な光線が浮かび上がる。その曲線は魔法陣の一部だ。
それを確認したのち、マナはその魔法陣に向かって足から飛び降りる。
するとどうだ。マナの姿は吸い込まれるように魔法陣に吸い込まれて消えた。
それにミナも続く。
「——うわ」
「よ。元気?」
「……まぁ、まぁかな……?」
そうして魔法陣をくぐった先は、クロガネのいる監獄の中だ。
クロガネからしたら、突然目の前にマナとミナが現れたのだから驚いたことだろう。
だが実際のクロガネの反応を見て、マナはどこか寂しそうに眉尻を下げた。あの日以降、クロガネの声は常に平坦で、味気なく、虚しい。
今回だって、目は見開かれていたが、それだけだ。
「え、なに、なにそれ。俺の知らない何かが起きている」
「ふふ。私たちはこの冒険者協会の内部構造を誰よりも把握しているといっても過言ではない」
にかっ、とマナが微笑みかけると、クロガネは少し困ったような笑顔を見せた。
感情の薄いクロガネを見ているのは辛い。
だが、今最も辛いのはクロガネのはずだ。
マナとミナは、クロガネから直接、『夢』の話を聞いている。
あまりに現実離れした出来事と、あまりにも衝撃的な光景を目の当たりにしたこと。
「ところで、どうしてこんなところに」抑揚のない声で、クロガネはそう聞いた。「二人にここは似合わないよ」
「なぁに言ってるのぉ! クロガネ君にだってここは似合ってないよ」
「そうかな」
「そうだよ! もっとお日様の光に包まれる暖かい場所の方がぴったりだよ!」
ミナの声は震えていた。
元々、性根が明るいのがミナだ。そしてそんなミナの会話に付いてきてくれたクロガネだったからこそ、今の姿は余計に胸が締め付けられているのだろう。
「どうして、という質問に答えるなら」マナはクロガネの目を真っ直ぐに見つめて言った。「私たちがクロガネ君の見た犯人を捕まえるよって、伝えに来た」
「え……」
クロガネは少しの間固まった後、どこか慌てた雰囲気でマナに近付き、その肩に手を置いた。
感情の抑揚が少ないといっても、全てが無くなっているわけではない。より強い感情は表層まで現れてくる。
つまり、クロガネの表情にくっきりと焦りが現れているということは、それだけクロガネが強く心配しているという証左だ。
「だ、駄目だ、あいつを捕まえるなんて……」
「心配しないで。私たちはカルファレステ街の冒険者としては超上澄み。負けない」
「で、でも、もしなんかあったら、俺……」
泣きそうな顔のクロガネに、思わずマナは抱きついた。
すかさずミナも抱きついてきた。
「絶対に負けないよ」
「でも……」
「クロガネ君は気付いていたか分からないけれど」マナは一呼吸おいて、続きを話す。「外周警備の時の嫌な雰囲気、まず間違いなく、クロガネ君の見た犯人のものだと思ってる」
「え、あ……」
「舐めてもらっちゃ困る。私は、クロガネ君が思ってる私よりも、何十倍だって強いんだから」
マナはクロガネの背中をさすり、耳元で囁いた。
「……だから、一人で抱え込もうとしないで。クロガネ君」




