1-30 街の外
「ここにいるうちの大半は冒険者に成りたての人たちなんだ。クロガネ君的には少し鬱陶しいかもしれないけど……」
「いや、大丈夫。気を遣わせてしまって申し訳ない」
クロガネがそう返すと、シユウはありがとうと言って振り返った。
「それじゃあ早速、街の外に向かおうか。あまりモンスターはいないとは思うけれど、いつ、どんなことが起こるかは分からない。気を引き締めてね」
「「「「「はい!」」」」」
シユウのパーティが受注したカルファレステ街外周警備の依頼は、定期的に冒険者協会が出す依頼となる。
内容は単純で、カルファレステ街の外周部を歩いて異常がないかを確認するというものだ。街の外周部には不正入国やモンスターの侵入を防ぐために『壁』があり、その外を歩くことになる。
主に初心者向けの依頼ではあるが、最低でも一人以上の上位等級の冒険者がは入る決まりだ。
この場合の上位等級は基本的にB級を指す。
クロガネもB級だが、聞けばシユウもB級なのだという。
シユウのパーティメンバーは、槍使いのセスタがC級、弓使いのククリがD級、盾士のバルトと魔法士のナリィがE級と続いていく。
その他、今回参加している面々のほとんどは最低等級のF級だ。
あくまで等級は依頼達成の有無で決まるため、必然的に個人での戦闘が難しい盾士や魔法士の職業は低等級になりやすいらしい。
「まぁ、今日は話題のクロガネ先輩が同行してくれるからね」
「……ん?」
「赤竜が襲ってきても生存率はとても高いから、大船に乗ったつもりで行こう!」
「「「「「おお!」」」」」
ちょいちょいちょいちょい。何言ってくれてるのかな。シユウさん?
と口を挟もうか迷ったが、まだ新人冒険者である面々の不安を払拭するにはこれぐらい大袈裟な方がいいのだろう。言いたいことをグッと堪える。
だが、先輩はやめてほしい。冒険者歴で見ればクロガネは目の前にいる新人と何ら変わらないのだから……。
「更にはS級のマナさんまでいる!」
「「「「「おお……!!」」」」」
「しくよろー」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
「とはいえ、今回の依頼とは別に同行してくれている、という立場だから頼りすぎは厳禁。そこらへん考えて、依頼を遂行していこう」
マナはS級だったのか。ここで突然の新情報に思わず顔を向けると、むふー、とドヤ顔のマナがそこにはいた。ムカつくよりも先に可愛いと思える感じのドヤ顔だ。ミナだったらこうはならないなと素直に思った。
シユウは言い終えると、街の外につながる扉に手をかけた。
金属製の重厚な扉。ぎぎぎ、と軋みながらゆっくりと開いていく。
街の外周部にある扉は東西南北に各一か所。かつ、馬車などが通る用途の巨大な扉と、主に冒険者などが使用する通常のサイズ感の扉の二つがある。
一つ目の扉を開けると通路がある。外周部にある壁の厚みは約十メートル。それと同じ距離の通路を通る
照明もない薄暗い通路、その先の扉を開くと光が差し込む。
「……おお?」
扉が開き、外に出て開口一番に、クロガネはそんな声を発した。
「見覚えある景色でしょ」そう言ったのはシユウだ。
「ん? 何で知って……」
「つい先日、君がこの街に来た時のことをたまたま聞いてね」
シユウは『話題のクロガネ先輩』と言っていた。要は、これぐらいの情報は既に知られているということなのだろう。
クロガネはため息混じりに言った。「なるほどねぇ」
その景色は、そんなに昔のことではないにしろどこか懐かしく感じる。
果てしなく先まで続いている巨大な大地の亀裂。あれに沿ってこの街までやってきた。もし大地の亀裂にぶつかった後、東を選ばなければ今こうしてカルファレステ街に居なかったのだろうなと思うと、少し不思議な気分だった。
「ついでに言うと、先日赤竜が来たのは街の北側になる。今日の外周警備の目的地も北側だね」
「ほう」
そうして一行は歩いていく。街中と違っていつモンスターが現れてもおかしくない外部であるため口数は必然的に少ない。
先頭はシユウに任せ、クロガネはマナと共に最後方を歩いていく。
後ろから見ているとかなり分かりやすいが、新人冒険者たちは警戒心と共にそれと同じか、或いはそれ以上の好奇心があるようだ。
そわそわと周囲を見回してやや落ち着きがない。
「むむ。見てられない」
マナはそう言うと、早歩きで新人冒険者に追いつき、隣を歩きながら色々と説明を始めた。
ちらほら聞こえてくる単語から察するに、クロガネも一度マナから教えてもらった外周警備の心構えや確認すべき場所の説明だろう。
クロガネは街の西端に向かう道すがらマナから一通り聞いていた。
「……なんだかんだ、面倒見がいいんだよな」
クロガネにとってのマナの第一印象と言えばベッドの下でサボる怠惰そうなイメージだったが、箱を開けてみればこの通り、しっかり面倒見のいいお姉さんだ。
対してクロガネはどうか。
シユウはクロガネ先輩などと大袈裟に言ったが、実際にはそれほど頼りになる感じではないはずだ。
まずもってマナのように人に教えられるだけの知識がないのだからどうしようもない。
それこそ、モンスターとの戦闘にならないとクロガネに出来ることはだろう。
悲しい。
悲しくてしょうがない。
不甲斐ない先輩ですみません。クロガネは心の中でそっと謝った。
「……クロガネさん?」
「うえ!?」
などと油断していると、気が付けばナリィがクロガネの隣にいた。
「ああ。ナリィさん……何か用事?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
「ん?」
「その、恥ずかしいことに最近、あんまりパーティ内での仲が良くなくて……」
何となく思い当たる節はあった。クロガネが先頭の方へ視線を向けると、セスタとククリの二人がこちらに向けていたであろう視線を逸らしたのがすぐに分かった。
シユウのパーティの、ナリィ以外の女性二人だ。
元々はナリィも含めて三人で固まっていた記憶があるが、赤竜との戦闘の後、ナリィの心変わりで微妙な関係性になったとか、そういう話だろう。
「……俺が原因でなんか申し訳ないね」
「い、いえ! クロガネさんが悪いわけじゃないです」
聞けば、セスタとククリはリーダーであるシユウに好意があり同じパーティにいるらしい。だがそのシユウが、第一印象は微妙だったクロガネのことをよく言っているのがどうにも受け入れられなかったのだという。
憶測でしかないが、二人はシユウのことを盲目的に崇拝しているような状態なのやもしれない。
それ故、確かに初見ではシユウにきつめに当たったクロガネがもてはやされるのが受け入れられない。例えシユウがそう言っているとしても。
ましてや、クロガネは一足飛びにB級に駆け上がっている。
奇しくもシユウと同列。崇拝している立場からすればかなり面白くはないのだろう。
「どうしようもないというか、俺がいればいるほど悪化するばかり……か」
「すみません、こんな話しちゃって」
「いやいや。まぁ、下手に突っ込んでいって余計に悪化させる前に知れたのでそれでよしということで……」
これからはシユウとの距離を少し考えるべきかもしれない。
別にシユウと仲が悪いわけでもないのにこういう言い方をするのは何か違う気がするが、クロガネが原因で仲違いするのを見るのは流石に……なんか嫌だ。
この依頼が終わったらこそっと二人で話そう。
クロガネがそんなことを考えた矢先だった。
「ん――?」
視界の端で何かが動いた気がした。
だが、視線を向けてもそこには何もいない。
小さな違和感。クロガネはじっと荒野を眺めていると、かちゃ、と剣が音を立てた。
赫灼剣からだ。
その直後、声を上げたのはマナだった。
「斜め右前方から何か来る!」
刹那、クロガネの目の前の地面が破砕した。
立ち上がる砂埃。何かが来る。それだけは分かった。だが、クロガネの身体は咄嗟に赫灼剣へと手を伸ばさなかった。
これが経験の差、なのだろう。
地面から飛び出してきたモンスターの首元を切り裂いたのは、どのタイミングでクロガネの眼前まで移動してきたのか全く分からなかったが、マナだった。
「——ふっ」
ギャッ。という悲鳴と共にモンスターがクロガネの足元に転がる。
ワニだ。見た目はほとんどワニ。だが、泳いでいるのは水中ではなく、地面の中。
そこそこ大きい。大人と同じぐらいか、やや小さい程度か。なんにせよ、上に乗られでもしたら終りだろう。
「グランドアリゲーター! 群れに警戒!」
マナの言葉に呼応するように冒険者たちは抜刀し、ワニ──もといグランドアリゲーターは一斉に飛び掛かった。




