1-22 変わるもの、変わらないもの-②
「な、なんで、そんな……」
クロガネの言動に戸惑いを隠せないナリィは、思わずたじろいでいた。
困らせる気はなかったんだけどな、とクロガネが思った次の瞬間、雷の如く気付きが迸った。
これだ。
これが狂人とか言われる所以そのものではないか。
そのものではないか!!
「……」クロガネは考えた。「……、取り敢えずなんだけど」
「は、はい」
「なんでそんなに畏まってるのか聞いても?」
「えっと、それは……」
「話したくなかったら別にいいよ」
「いえ、そんなに難しいことではないので」
とナリィは前置きすると、思ったよりも素直に話してくれた。
そして、相変わらずよそよそしいナリィの言動には慣れない。シユウの前では大体こんな感じなのかもしれない。
「その……シユウが、クロガネさんのこと、凄い褒めてて……」
なるほど。それは嬉しい。だがそこからどうやったら畏まることにつながるのだろうか。
「それが気に食わなかったんだと思うんですけど、セスタとククリはクロガネさんの悪口言ってて……その姿見てたら、凄く嫌な気分になって、だって、クロガネさんの魔法は本当に凄いのに」
セスタとククリといえば、確か同じパーティメンバーの女子二人だったはずだ。まぁ会話したのは本当に少しだけだが、確かに悪口言ってそうなイメージはある。
それまでは二人と同じだったナリィが、ふとした時に自身の姿を客観視出来てしまい、なおかつその言動をおかしいと感じた。そういうことだろう。
「……それで、わざわざ謝りにまで来たの?」
「そう、です」
「んー、偉すぎ」
「え?」
「人の振り見てなんとやら、だなぁ。ナリィさん根は良い子なんだねぇ」
「え、あの……」
クロガネは少し腕を組んで考えた。
ナリィのあの当たりは、もしかすると他の二人、すなわちセスタとククリの影響が大きいのかもしれない。根は良い子とはいえ、人間というものは周辺環境の影響を受けやすい。
それに、シユウのパーティは全員が人間であり、亜人種がいないというのも理由かもしれない。
……今のところクロガネは亜人種の人と話す機会に恵まれていないため定かではないのだが。
パーティとしての結束は間違いなく強いのだろうが、こういうデメリットはあるのだろう。
「んー」少しだけ悩んだ末、口を開く。「まぁあれだね。わざわざ来てくれてありがとうね」
「いえ……」
「別に俺はそもそもそんなに怒っていないからあれだけど、今後は他の人にも同じように接すること! それでいいよ」
「そ、それだけで、いいんですか?」
「寧ろ、俺に何言われると思ってたのさ……」
「土下座しろ、とか……」
「い、言えるわけないが!?」
ギエーっと大袈裟に仰け反って驚くクロガネを見て、ナリィは少しだけ笑った。
それから少しだけ雑談をした後、ナリィは部屋を後にしたのだった。
「……あんなにしおらしいナリィさんは珍しいですね」
と言ってきたのは、ナリィが部屋を後にして間もなくやってきた受付嬢だった。
「どんな弱みを握ったんですか……?」
「握っていないが!?」
とても怪訝そうな顔をされるが、握っていないものは握っていない。
不思議な話だが、人間は本当のことを証明しようとするほど嘘っぽく見える時がある。今がそうだ。
「弱みを握るような人間に見えてるってことですか!?」
「私から見てはそういう人ではないように思いますが、冒険者にはそういう人が多く……」
受付嬢曰く、冒険者同士のいざこざではよくある話だそうだ。
他人の弱みを握り、脅す。そういう話はどれだけ協会側が取り締まっても中々減らないらしい。
暴力、すなわち喧嘩に発展することも珍しくはなく、それこそナリィが危惧していた土下座などをさせられることも珍しくはないという。
また、そんな話から受付嬢はこうも言った。
「それ故に、女性冒険者は体格で敵わない男に狙われることも多く、必然的に性格もやや刺々しくなりやすい、といったところがどうしてもあります。自分の信用するパーティメンバー以外に敵意を向けるのも、身を守るためなら当然といえば当然なのかもしれませんね」
冒険者って大変なんだなぁ、と素直にクロガネは思った。
これから冒険者になろうとしているクロガネが、だ。
「……なるほど」
「ですのでどうか、クロガネ様はこういったことはなさらないでください」
「しないですよ。俺の恩人に顔向け出来なくなるようなことはしない」
「素晴らしいことです」受付嬢は優しく笑った。「後日、割引券を差し上げます」
「あ、良い人特典みたいなのあるんだ」
「当然です。良い人には当然の権利です」
──と、一通り話し終えたところではたと受付嬢は思い出したように咳をひとつ。
「……長々と失礼しました。本題に入りましょう。軽食はお好きな時に召し上がって頂ければと思います」
「よろしくお願い致します……」
クロガネは出された軽食を食べた。パンに野菜とハム、ピリ辛のソースが挟まったもので、やけに美味しかった。
冒険者については、かなり説明された。
要約すれば、冒険者の基本は未開拓地域の探索業務と、街やその周辺地域の依頼業務の遂行の二つに分かれるという。
未開拓地域の探索はまさしく『冒険者』たる名前の由縁たる業務だ。基本的にはかなり高難度に指定されており、各冒険者協会の推薦を得なければ業務に就くことすら出来ない。
そして依頼業務は、簡単に言えば探索業務に就くための下積み期間と言ってもいい。とはいえ、そもそも危険が伴う業務かつ、街の防衛や秩序維持を担っていたりと探索業務では行わないものもあり、必ずしも最終目標が探索業務であるとは限らないようだ。
「冒険者の内、探索業務を行うほどの方は全体の一割も居ません。そのため、冒険者というのは街や住民、管轄地域の依頼をする者たち、というのが一般認識ですね」
「ふむふむ。街の防衛とかもあるみたいだけど、それっては街からの依頼ってこと?」
「間違ってはいません。ただ、街の防衛と秩序維持を主とする冒険者の方々は基本的には憲兵隊や騎士団の別称で呼ばれることが多く、またそれらの依頼は冒険者協会を通さずに街から直接請け負っていますので、形式上は冒険者ですが、実質的には別の組織と考えてもらって問題ありません」
「複雑ぅ……」
そして冒険者の序列を示す等級についてだが、これに関してはちらほらと聞いていた話から予想できる内容だった。
Sを最高等級とし、そこからA、B、C、D、E、F等級と続く。
パーティランクに関しても等級の数は同じようだ。
この等級及びパーティランクについては、個人での依頼達成とパーティでの依頼達成で決まるようだ。
そのため、個人で見ればE、F等級であってもパーティで見ればB、Cランクであったり、その逆もあるということだ。
「そのため、一つの依頼でも個人等級制限とパーティランク制限の両方が記載ありますが、基本的には片方を達成していれば依頼を受けられますのでご注意ください」
「間違える人いそうですねぇ」
「いますね」
「いるんだ」
「……こうして説明しているにも関わらず、一向に理解しない方は必ず一定数いますね…………」
「……お疲れ様です」
受付嬢の苦労が垣間見えた気がした。
「続いて昇級試験についてですが……あっ」
そこで突然受付嬢は顔を上げ、固まった。
その後、ゆっくりと眉が八の字になっていく。何かに気が付いて悲しんでいる表情だった。
突然の出来事にクロガネも思考が止まり、思わず見つめ返してしまう。
だが、受付嬢の目はクロガネを見ていない。もっと遠くを見ていた。
「え、え、なに、なに」
「い……いつの間にか、おやつ休憩の時間過ぎてました……」
勢いよく横転した。




