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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-17 笑い合うには十分な結果-①

 

「よ、よかったぁ……姉ちゃん無事に街に戻れてたんだ」

「血塗れだったけど……」

「あ、それの大半はライカンスロープの返り血だよ。一人で十体ぐらい倒してたからね!」

「えぐ」


 ライカンスロープの群れを掃討すべく派遣された冒険者たち総勢三十三名のうち、死者は奇跡的にいなかったそうだ。

 怪我人は半数以上の十九名。


 とは言えども、赤竜がいながらこの程度の被害で済んでいるのは勿論運もあるのだろうが、彼らの実力の高さもあるのだろう。

 実際、聞いてみればマナとミナは相当な実力者であるようだし、ミナ曰く鎧の男も相当の手練れなのだという。


「まぁでも、今の状況を見る限りすぐには街に戻れなさそうだね」

「そう、だね……。結構、治癒士の人たちも怪我しちゃったからすぐには動けないかも」


 怪我を治療する側の人間が怪我をしていては確かに元も子もない。

 だが、本来は後衛に配置されるであろうそういった面々にまで被害が及んでいるということは、それだけ乱戦だったということなのだろうか。


 なんにせよ、もう少しここに留まるほかないのだろう。


 クロガネは冒険者たちに視線を向ける。

 かなり疲労は溜まっているようで、覇気がない。

 怪我の少ない人に限って見ても、ここは街ではなく屋外だ。一晩中気を張り詰めていたのだろう。


 何か、希望を持たせることができればいいのだろうが。

 残念ながら冒険者として登録してもいないクロガネに出来ることなどないのだろう。


 悔しくもあるが、それが現実だ。


 ——、ネ。聞こ、て――なら、……じ、しろ……。


 とその時だった。突然耳元で声が聞こえる。


「ん!?」


 勢いよく振り返るも、そこには誰もいない。


「い!? コワ!」


 ——にが、怖い——と、……だ?


「へ? なに? 返事した? ナニナニナニ」

「く、クロガネ君! 肩! 右肩!」


 ミナに言われるがまま右肩を見ると、確かに異変が起きていた。


「え? なにこれ、光ってるぅ!?」

『そう、驚くな。私だ。エフレインだ』

「……えふ」

『クロガネ。随分と勝手な行動をしていた、いや、今もしているらしいな?』

「え゛っ、アッ」

『さっきの声はミナだな? 全く、勝手に一人で捜索までして、独断専行がすぎるぞ。こんな問題児だとは私も思っていなかったなぁ。なぁ? クロガネ君?』

「アッ、ハイ、仰る通りです……」


 それはエフレインの声だった。それ自体は喜ばしいことなのだが……声だけでもわかる。かなり、怒っている。

 言葉の節々から抑えきれていない怒気が溢れ出している。


 当然だ。確かに思い返してみても、クロガネの行動はひとつ残らずよろしくない。怒られても文句の言えない部分が溢れるように出てくる。


 唯一クロガネの近くにいたミナも、エフレインの怒気の籠った言葉に嫌な思い出でもあるのか分からないが視線を逸らし、いつの間にか距離も離れていた。


『ところでミナ』

「はい!?」


 声がかなり上ずっていたし、閃光の速度でクロガネの真横に移動してきた。

 どう見てもエフレインに逆らえない状況下にあるのは間違いなかった。


『現状報告を』

「えと、現在カルファレステ街より北東方向、タングリア旧都跡にて部隊の半数以上がが行動不能となり待機状態です……怪我人が十九名、死者はいません……治癒士の大半が怪我をしているので、すぐには動けなさそう、です」

『……そうか』


 それから僅かに間が空いた。

 そして。


『取り敢えず、クロガネ君』

「は、はい……」

『よくやった。君の突飛な行動故に早期解決が見込める。ありがとう』


 まさか、素直に褒められるとも思わず思考が止まる。

 戸惑いと、そして同時にこうも真っ向から褒められたことに対する嬉しさが綯い交ぜになり、結局クロガネの口から出たのは煮え切らない返答だった。


「……あ、…………はい」

『なんだ? 嬉しくないのか』

「まぁ、その……」

『そんなに怒られたいなら、無事に帰ってきたときに存分に叱ってやるから覚悟しとけ』

「え!? あ~、いや~、その、ハイ……ありがとうござい、ます」

『ふふ』とエフレインは笑った。『他の者にも声を掛けたい。近くにいるのかい?』

「あ、了解です!」


 そう言ってクロガネは冒険者たちの元へ駆け足で近付いた。

 その途中で、突然気が付いた。

 何故右肩が輝いているのか。


「あ!」

『なんだ急に』

「出発前に肩を叩いた時に何か仕込んだんですね!?」


 思い返せばクロガネが冒険者協会でエフレインと話した後、去り際に肩を叩いていた。今光っている位置は丁度その位置と合致している。


『ふふ、今になるまで気が付かないとは、まだまだだな』

「なんか悔し~」

『ははは!』


 急に、心がほぐれるのを感じた。

 それまで緊張で強張っていた心に、エフレインの屈託のない笑い声が染み渡る。


 これだと思った。

 今、冒険者に必要な心の支え。


「着きましたよ」


 とクロガネが声を掛けると、突然エフレインは大声で叫んだ。


『勇敢な冒険者諸君!』

「うっさ!!」

『クロガネ君は黙ってなさい』

「ヒドイ!!」


 あまりの声量にクロガネは思わず耳を塞いだ。

 クロガネにとっては迷惑この上ないが、冒険者たちのためを思えばどうということはない。

 今必要なのは、明確な心の支えだ。そして、エフレインこそ最も相応しい。


『我々冒険者協会の不手際により、君たちには痛手を負わせるかたちになってしまい、ここに支部長として謝罪させてもらう。大変、申し訳ない』


『被害状況は聞かせてもらったが、一人の死者も出さなかったことに関しては誇りに思う。早急に治癒士を動員しそちらへ向かわせる。もうしばしの辛抱だ』


『謝罪も込めて、カルファレステ街まで戻った者には当時提示した報酬額の倍額を支払うことをここに約束する! ただし! このまま一人も欠けないことが条件だ! 分かったな!!』


「「「「「「了解!!」」」」」」


 そう言い終えるや否や、エフレインとの通話は途切れてしまった。

 だが、必要十分であるほどに士気が向上したのは言うまでもない。


 途端に、冒険者たちの表情に笑みが浮かぶ。

 まだ完全に助かったわけではないが、それでも助かる希望を得ることができたのは本当に大きい。


 本当であればこのまま緊張感を維持すべきなのだろうが——。


 いや、とクロガネは首を振る。

 笑い合うには十分な結果をすでに出しているのだから、これぐらいしたって許されるはずだ。

 そのはずなのに。



 ——ォォォォオオオン……。



 そんな雰囲気をぶち壊すように、森の中からライカンスロープの遠吠えが上がる。

 ひとつやふたつではない。この空間を取り囲むように無数の遠吠えが重なり合っていた。


 これには思わず冒険者たちも黙り込む。

 即座に武器を取り戦闘態勢に入るのは流石冒険者だ。今であれば士気も上がっているため、そう易々とやられはしないだろうが、とはいえ戦える冒険者の数が少ない。


 もし群れで構わず襲いかかってくればひとたまりもないだろう。


 こんなところで士気を下げたくはない。

 ……のだが、無慈悲にもこの更地と森の境目には複数体のライカンスロープが顔を覗かせた。

 十や二十よりも多い。


「ひっ」と誰かが声を上げた。


 当然だ。希望を見出してから絶望に突き落とされるのは流石に、キツい。

 唸るライカンスロープは、いまだ様子見といった雰囲気だが、いつ突っ込んできてもおかしくない。


 両者の間に火花が散る。


「あ〰〰、もう最悪。ゆっくりさせてくれよ……」


 クロガネは、そんな雰囲気に似つかわしくないため息を吐いた。

 周囲の何人かの冒険者がは? といった目でクロガネを睨む。


 つい先ほどエフレインに怒られたばかりだが、これは不可抗力だと言い訳するように決めた。


「もう、ライカンスロープ大っ嫌い。二度と人間様に逆らえないようにしてやる……」


 ピキ。と、クロガネの額に青筋が立つ。

 もうクロガネは限界だった。ライカンスロープには街中で襲われ。群れで襲われ。赤竜との激闘で疲れていても森の中で襲われ、そうして今、またも襲われそうになっている。


 睡眠不足がそれに拍車をかけた。

 夜間に現れやすい、いわば深夜テンションとも呼ばれる状態のクロガネの脳は、突飛なことを思いついてしまった。


 赤竜のレーザー光線。

 真似できないだろうか?


 ショットを一発ではなく継続的に放出し、若き男児であれば一度は考える必殺技、ビーム。

 撃てたりしないだろうか?


「あっはっはっはっはっは」

「え、なに、クロガネ君? なんか怖いんだけど……」


 隣にいたミナが引いていた。

 すまない、ミナ。クロガネはもう限界なのだ。


「——しゃがめ!!」と叫んだのは鎧の男だった。


「ファイヤァァァ――――――――――――!!」


 左右に広げたクロガネの両手からショット、もとい、まさしくビームが放出される。

 制御しようとする気持ちが一切籠っていない破壊の化身となったそれは、一切の容赦を知らずに森を破壊した。


 ライカンスロープはこちらに向かってくる個体もいたが、魔力の消費を一切考えない狂気じみたクロガネの攻撃、いや、狂撃の前に為すすべなく鏖殺された。


「え、ええ……」


 冒険者たちは一人残らず引いていた。

 当然の結末だった。



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