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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-14 掃討戦-②

 

 夜間の荒野に、雷の閃光と轟音を撒き散らしながら颯爽と駆け抜ける結構迷惑な男がいた。


「な、なんだあれ……」と一人の冒険者が思わず呟いた。

 少し前まではその冒険者のパーティの周囲には複数のライカンスロープがいた。それこそ両手の本数よりも多く。

 その冒険者が死を覚悟したのと、最初の閃光はほとんど同時だった。


 それからだ。この戦闘の流れが明らかに変わったのは。


 四足歩行になったライカンスロープが怯えた様子でやってくると、悲しそうな声で何かを伝えていた。

 ライカンスロープの生態に詳しくない冒険者であっても明確に分かるほど、そのモンスターたちは恐怖に支配されていたのだ。


 時間とともに恐怖は伝播し、そう時間がかからずにライカンスロープは周囲を逃げ惑うばかりとなった。


 そんな騒動の中心に、彼はいた。

 控えめに見ても、完全に気が狂った男だった。


「はあああああああああ!! うあああああああ!! がああああああああああ!! ばああああああああ!!」


 見た目は冒険者なのだが、どちらかというと悪霊に取り憑かれた狂人だった。


 だがそんな狂人、或いは奇人であったとしても、明らかに一人では手に負えないライカンスロープの群れを完全に乱している。それも事実だ。


「ぎゃあああああっはははははははは!!」


 最初の閃光から僅か三十分。

 ライカンスロープが一匹残らず引き返していくのには、その程度の時間で十分だった。


「ふぅ……」


 いまだ冒険者登録も完了していないクロガネ。

 だがそんな彼は後日、雷鳴狂人という異名がカルファレステ街に拡がっていくことを知る由もない。




「………………わ」ナリィは引き攣った顔で、狂人を遠巻きに見ていた。「訳が分からない」


 シユウやナリィは、クロガネを近くで見ていたからこそあの狂人がすなわちクロガネなのだと理解していた。


 そして同時に、自身と比べたクロガネという男のあまりの異質さに、思わず身震いした。

 仮に、自身に同じことを実行できるだけの知識と能力があったとて、同じくライカンスロープを相手にあそこまで立ち回れるだろうか。


 否。


 ライカンスロープという凶暴なモンスターを前にすれば、怖気づいてしまうだろう。

 それも、クロガネは一人でそれを成し遂げた。


 正直なところ、クロガネの精神はあまりにも普通ではない。

 まるで、ライカンスロープの恐ろしさを知らないようだ——とナリィは思った。


 ……実際に、それは的を射ている。

 クロガネはライカンスロープの群れと対峙し、悲惨な目にあった冒険者の末路を知らない。

 それ故に、恐怖心が麻痺したような行動を取れてしまったのだ。


「す、ごいね」


 と言ったのはシユウだった。


「僕たちの立場がないよ」


 事実、シユウ達を追いかけて来ていた近いパーティランクの面々も同じように突っ立っているだけだった。


 ——そんな中、視界の先に突然火柱が上がった。


「な……! まさか!」


 見覚えのある赤色。赤竜だ。

 シユウ達のいる位置は少なくとも一キロ以上離れてはいるが、それでも動揺の声が上がる。


 闇夜に浮かび上がる、赤竜の輪郭。

 発光しているのだ。赤竜自体が、赤く。


 そして特に目を惹くのは、クロガネが撃ち抜いたはずの両翼が再生しているということだ。

 それには思わず、周囲から声が漏れていた。


「さ、再生能力があるのか?」

「たった三十分かそこらで翼が復活するなんて」

「まさか竜種は不死だというのか……」


 シユウ達もその姿には愕然とした。

 更には、目の錯覚でなければ赤竜の翼も再生したことが理由なのか一回り大きく見えた。


 赤竜は動かない。

 睨み合いの時間。


 被害の及ばぬ位置にいるというのにこれほどの重圧。

 前線にいる高等級の冒険者はどんな気持ちなのだろうか。

 そして、クロガネはいったいどんな気持ちで赤竜と向かい合っているというのか。


 それはシユウにも、ナリィにも理解することは出来ない。


 どれほどの時間だったのだろうか。

 永遠にも感じられた赤竜との睨み合いは突然終わった。



 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!



 赤竜の咆哮が周囲に轟く。




 ◇




 クロガネは即座に剣を構えた。

 ライカンスロープですら満足に傷付けられないクロガネの剣術がどれだけ役に立つのかなど知らないが、あるのとないのとでは結構違う、と信じたい。


 直後、赤竜の咆哮が空気を振動させた。


 赤竜とクロガネの距離、およそ五百メートル弱。

 ブレス攻撃でいえば十分に射程範囲内といったところだろう。

 そしてクロガネの後方約二百メートルの地点には他の冒険者がいる。


 前線にいた冒険者たちであるから消して弱くはないのだろうが、だからと言って人数がいるからと無策で挑んで倒せる赤竜ではないのだろう。

 それができるなら、とっくにエフレインは実行に移していたはずだ。


「……うーん」


 そしてクロガネがここにいるのは、厳密にいえばライカンスロープの掃討や赤竜との戦闘が主目的ではない。


 ミナの捜索。これが最優先事項である。


 要は、赤竜と真っ向勝負など馬鹿らしくてやってられない。

 だが、クロガネの魔法はライカンスロープに関してはどうにかなったとて、赤竜相手にはどれだけ通じるだろうか。

 赤竜の翼を貫いた全力の一撃も、流石に敵の目の前では隙がありすぎて使えたものではない。


 となれば、使うべきは属性付加のショットではなく、純属性魔法なのだろうが……。


 ——正直、ショットとはベクトルが違いすぎて、ぶっつけ本番はキツい。


 などと考えているうちに、赤竜は——地面を走って向かってきている。


「ん!?」少し、意外だった。「ブレスでもなければ飛びもしないのか」


 クロガネは拡散ショットを推進力に、赤竜の側面に回り込むように移動する。

 すると、赤竜の視線はばっちりとクロガネをとらえていた。


「ネチネチ執着しやがって」


 ショットの威力を上げ、加速する。夜中だが、身体を発光させて場所を教えてくれるのはありがたかった。


「おら、連射アイシクル・ショット!」


 移動しながらショットを連射する。すべてきっかり命中しているが、効いている感じはしない。というか。


「……溶けてる?」


 着弾直前に、ジュッという音が聞こえた。ただ発光しているだけではなく、熱を放出しているのだろう。

 属性を雷に切り替え、ライトニング・ショットを放つと、今度は確実に直撃している音だ。


 ……痛がっている様子の一つもないのだが。


 クロガネの位置は次第に赤竜の側面に到達する。赤竜は巨体なだけに、地面では動きが少し遅い。

 それ故に首を回してクロガネを捉えていた赤竜だが、それもそろそろ限界だろう。


 クロガネを追いかけて身体をこちらに向けるもよし。

 他の冒険者を標的にしようものなら、躊躇いなく全力のショットを身体にぶち込む。


 どう来る。


 地面を駆け抜けながら赤竜の様子を窺っていると——突然、赤竜は前腕を持ち上げた。


「……んん?」


 それで何をするつもりなのか。

 クロガネは最低でも赤竜の半径二百メートル圏内には立ち入らないように移動している。

 たかが前腕一つで何を。


 などと、それらはあまりにも甘い見積もりだったことを直後に痛感することとなる。


 持ち上げた前腕が、一際赤く輝く。

 真っ赤に、それはまるで溶岩のような見た目になったところで地面に振り下ろされ。


 ボコ。と、地面が溶けた。


 瞬間、クロガネの背筋を突き抜ける悪寒。

 赤竜の前腕を中心に、地面へ放射状に赤い輝きが拡がった。

 それらはクロガネの足元まで達している。


 クロガネは、赤竜に背を向けて全力で駆けた。

 この赤い輝きの範囲内にいては駄目だ。そんな直感に突き動かされ、クロガネは駆ける。


 地面の赤い輝きを追い越したのと、それが起爆されたのは本当にほぼ同時だった。


 ドッ——。


 クロガネの背中に途轍もない衝撃が加わる。

 爆発の衝撃波に流されるまま、クロガネは百メートル近く転がった。



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