1-13 掃討戦-①
「……はは」とシユウは少し引き攣った笑みをクロガネに見せた。「嘘でもないどころか、聞いてた話よりも……」
シユウのパーティはもとより、パーティランクが低く後方に位置していた冒険者の面々もクロガネの魔法に言葉を失っていた。
それもそのはずだ。
赤竜の両翼を超遠距離から撃ち抜き、撃墜せしめた『ショット』など、これまでの人生では決して見ることもなかったのだから。
対してクロガネは、少し間を空けて冷静になったタイミングではたと我に返る。
周囲の状況を一切考慮に入れていなかったことで、馬車を引くはずだった馬たちは一匹残らず暴れていた。
中には馬車から外れ、闇夜に逃げていく馬もいるようだった。
周囲からのクロガネへの視線はまさしく、その自分勝手な行動に対しての非難の視線なのだと勘違いしたクロガネは、バツが悪そうに頭を掻くと。
「じ」逃げ出すかのように大地を駆けた。「自分勝手で迷惑かけてすみませんでしたああああああああああ!!」
そんなクロガネの悲痛な叫び声と、赤竜が地面に衝突したのは奇しくもほぼ同時だった。
「あ!」とシユウは声をかけようとするも、クロガネはあっという間に離れていった。「は、早ぁ!?」
魔力操作を理解したクロガネは、であれば推進力のためのショットも改善できないかをまず考えた。
そうして辿り着いたのは、そもそもショットの方向に手を向ける必要性があるのか、というところだった。
かつてないほどに思考の速度が上がり、かつ土壇場で直感的に魔力操作を会得したクロガネは、これを難なく成功させる。
結果、身体強化などをしたわけでもないクロガネが、それに匹敵する速度で荒野を駆け抜けることとなった。
「え、ちょ……」
そして完全に置いて行かれたシユウ達は、クロガネの破天荒さに戸惑いその場から動けずにいた。
顔を見合わせることしかできない面々の中で、だが最も早く立ち直ったのは想定外にナリィだった。
「ちょ、ちょっと! 突っ立ってないで追いかけようよ!?」
「あ、ああ、そうだね……!」
それまでのクロガネに対する当たりのキツさからは想像できないナリィの姿に、当然疑問を抱く者はいる。
立て直しに時間がかかるであろう馬車から飛び降りながら、ナリィに声をかけたのはセスタとククリだ。
「ナリィ、どうして急に? 確かにあいつ、凄かったけど」
「うんうん、急いで追いかけるほどじゃ……」
そんな二人に対してナリィが向けたのは、悔しがる表情だ。
今や背中すら視認できない程に離れたクロガネを追いかけながら、ナリィは口を開いた。
「……もう、ほんっとに悔しいんだけど……、あいつ、何言っても言い返さなかった。それに私、弱そうとか言って、でも結局何もできてなくて……」
ナリィは強く歯を食いしばっていた。
それほどにまで悔しがっている姿をかつて見たことがない二人は、思わず閉口して耳を傾けた。
「〰〰とにかく! このままじゃ終われないの!!」
「はは」と笑ったのはシユウだった。「ナリィがそんなに悔しがるとこ初めて見たね」
「う、うっさい! このままじゃ私のプライドが……い、いや! 自業自得なんだけど!! それでも……!」
「でも確かに、このままじゃ立場ないからね。やることはしっかりやろう」
◇
赤竜が墜落したのは、思ったよりも後方だったようだ。
全力で駆け抜けていたクロガネは、気が付けば最前線に到達していた。その位置から見ても距離があると感じる。
となれば、赤竜がここまでやってくるとしてもまだ猶予期間はあるのだろう。
クロガネは冷静に周囲を見渡す。
当然ながら光源のない荒野は闇に包まれている。
意図していなかったタイミングでの戦闘ということもあり、唯一の光源である松明も多くは戦闘によって消えてしまっているようだった。
だが、流石は冒険者なのだろう。
先頭にいたのは特にランクの高いパーティが主だっただけに、パッと見た限りでは陣形が崩されている様子はなかった。
と、そんなことを考えていると、突然空中にいくつもの光の粒が現れる。
すぐにそれは魔法であることが分かった。それらは淡く発光し、周囲をぼんやりと照らす。
極端に光量を出していないのは、目を完全に明順応させないためなのだろう。
夜間であっても荒野に駆り出されるだけの経験はあるということか。
冒険者とライカンスロープが衝突している位置からおよそ百メートル程度後方でクロガネは足を止めると、まずはライカンスロープの数と位置の把握に努めた。
「左にやや多め……か?」
そうと分かればクロガネの行動は早かった。
シユウと情報交換をする中で、ライカンスロープの特性を聞けていたのは大きい。
曰く、ライカンスロープは基本的に夜行性であるため光の明滅に驚きやすいこと。そして、群れの中で意思疎通をしていること。
これを利用させてもらう。
光の明滅は雷によって行い、かつ同時に痛みを伴わせながら恐怖を与えるのが効果的だろう。
となれば、ここにきてようやく剣という武器が日の目を見ることとなるわけだ。
……夜だけど。
剣に帯電させ、任意のタイミングで発光するようにする。
かつ同時に、あわよくば剣で痛みを与える。
上手くいけば、剣を見ただけで勝手に発光するものだと勝手に恐れてくれるはずだ。
「うし」
クロガネは腰に差した剣を抜く。ヤタガラスと行った特訓以来だ。
見たところ、各パーティごとに円陣を描くように固まっている。その周囲に近付きすぎてはペースを乱してしまいかねないため、クロガネはそれらに対しては遠距離からの支援攻撃のみとした。
対して、孤立したライカンスロープについては果敢に攻めていく。
やはり狼の性質を持っているだけあって、不規則な閃光は苦手なようだ。
ライカンスロープの目の前まで来たタイミング、それも敵がクロガネを認識した瞬間を狙って閃光を放てば、非常に高確率で動きを制限できる。
そうなればほとんど素人ながらも剣の一撃を入れるのは容易い。
「ふっ」息を吐きながら一閃。
かった。
全然刃が通らない。単純に斬り方もあるのだろうが、にしても。
ぎょろり、とライカンスロープの目がクロガネを睨んだ。
え。コッワ。
咄嗟に拡散ショットで後方に逃げる。ついでにライカンスロープにも一撃入れられて、全くいい移動方法だなと自画自賛。
なお、当然ながらダメージを負った気配はない。
「剣術も真面目に覚えないとな……」
こちらに向けてライカンスロープが走り始めるよりも早く、ショットで迎撃する。一発目は顔面に当たったものの、弾いただけに終わった。
もっと鋭く。
貫通力に重きを置いたショットを即座に放つ。ややずれて肩に当たったが、今回は貫通した。
「ギャァ!?」
「実験台にしてるみたいで、スマン」
即座に三発、四発目。一つは頭蓋を、もう一つは心臓付近を撃ち抜く。
即死だ。ゆっくりと身体が傾く。だが、倒れるよりも早くクロガネは駆けだしていた。
一体に時間をかけている余裕はないのだ。
そんなことを考えていると、まるで思考を読んだかの如く立て続けにライカンスロープが現れる。
「いっ」
群れなだけはある。あっという間にクロガネの周囲には四体のライカンスロープが逃がすまいと囲んでいた。
四面楚歌、とはまさしくこのことだろうか。
クロガネは瞬時に、剣を天に向けて突き上げた。
「閃光!」
勢いよく雷を剣に向けて放つ。僅か一瞬ながらも、周囲を照らす稲光と、空気を切り裂き雷が突き進む爆音が鳴り響く。
動物の感覚器官ではキツいだろう。夜間であるならなおさら。
実際その通りなようで、クロガネを取り囲んで強気だったライカンスロープも耳は下がり、尻尾も不安げに垂れ下がっている。
ライカンスロープが正気を取り戻すよりも先にクロガネは駆ける。
「があああああああ!!」雄叫びをあげながらライカンスロープに斬りかかる。
先ほどの経験を活かして、今度は剣に帯電させたままだ。
「キャウン——」
効果てきめんだ。
そのライカンスロープはあっという間に数十メートルも後方に逃げていく。普段は二足歩行のくせに、恐怖からか、あるいは本能的になのか四足歩行に戻っていた。
動物型のモンスターは、人型に近付くほど知能も人間に近付くのだという。
だが、それでも根幹はあくまで動物だ。
クロガネの考えが正しければ、相手が自分よりも上なのだと理解すれば勝手に委縮するだろう。
「うん、いい子だね」
クロガネが剣をちらつかせると、周囲にいた三体はクロガネに襲いかからずにその場で四足歩行に戻っていた。
警戒はしているのだろうが、少しずつ後退りしている。
クロガネはにやりと笑った。
ライカンスロープも対処さえ間違わなければ、問題ない。
このまま、突き進ませてもらおう。




