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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-10 この街-③

 

 深夜。

 クロガネの目はギンギンに冴えていた。それもそのはず。クロガネの隣ではマナとミナが無防備に寝息を立てているのだから。


 どういう神経をしていたら、一応は顔見知りであるとはいえ男のいる部屋でこうもすやすやと眠れるのだろうか。分からない。

 襲われても構わないと思っているのだろうか。或いは、例え寝ているときに襲われたとしても対処できる自信の表れなのだろうか。


 本当は床で寝る気でいたのだが、いざマナ姉妹にそれを伝えると逆に怒られて、無理矢理ベッドの上で眠ることになった。


 普通、逆ではなかろうか。

 そう言いたかったが、もう何言っても無駄な気がしてついに何も言えなかった。


「うにゅ……」


 ミナが寝返りをうち、クロガネのほうを向く。

 無防備すぎる。服がめくれて、お腹を出して寝ているではないか。

 対してマナはといえば、驚くほど微動だにせず直立不動といった姿勢だ。

 クロガネはくすりと笑う。そしてミナに布団を掛けなおすと、そのままゆっくりとベッドから離れた。


 部屋の角で布団に包まって座る。


 ここでなら眠れそうだ。

 目を閉じて壁に背を預けていると、次第に睡魔がクロガネを包み込んだ。





 ぱ。と目が覚める。

 まるで居眠りから覚めたかのような寝起きだった。


 くぁ、とあくびをひとつ。

 そうして起き上がろうとして、やめた。


「…………」


 なんでなのだろうか。

 分からない。

 クロガネの両隣にはいつの間にかマナとミナが寝ていた。


 寝起き直後のおぼつかない脳で何かしら考えたが、なんだかもう色々とどうでもよくなって、クロガネは身体の力を抜いた。

 幸い、まだ外から入り込む光はか細い。早朝なのだろう。


 両側から聞こえてくる女性の寝息。

 布団を通して感じられる温かさ。

 身体の両側に掛かる、不快ではない荷重。


 クロガネから迫った訳ではないのだ。

 少しぐらいなら、それに身を委ねてもいいのかもしれない。


 途端に、それまでとは比べ物にならない睡魔が襲い掛かり、それからクロガネは泥のように昼過ぎまで眠った。



 ◇



 微睡みの中で、クロガネは不思議な夢を見た。

 何かとてつもない毛量の動物の背中でクロガネは寝ている。

 それはあまりにふわふわだからなのか、ほかの動物も集まってくるのだ。


 例えば犬。例えば猫。或いは鳥、ネズミ。


 そんな比較的小さな動物がクロガネの身体を横断していったり、羽でくすぐってくるのだ。

 あまりにくすぐったくて、うあ、と声が漏れる。

 だが、不快ではなかった。


 ……。


 …………。


「…………わはぁ」


 クロガネが目を開けると、ミナが真っ赤な顔でクロガネの下腹部辺りを見ていた。

 だがそのミナの手は下腹部ではなくなぜかクロガネの胸元に伸びており。


 そして突然、クロガネの胸を指が弾いた。

 びくっ、とクロガネの身体が跳ね、同時に一気に目が覚める。


「……いッ!?」

「あ……おはよ、クロガネ君」

「み、ミナさ、ん? へ? な、何やってんの……」

「いやぁ、その。男の人って、寝起きに“立っちゃう”って聞いてて、どんなもんかな~って」

「…………はい?」


 ミナの視線を辿ると、そこには確かに立っているものが一つだけあった。


「でっ、デリカシーとかないわけ!?」


 完全に立場が逆だろと思った。


「だって! 異性の身体って気になるじゃん!」

「否定はしないけどさ!? 気遣いとかさぁ!!」


 ぷくぅーっとミナが膨れて、そのまま勢いよくクロガネの股間に手を伸ばした。

 寝起きながらもクロガネは咄嗟に身体が動き、触れられるよりも僅かに早くミナの手首を掴むことに成功する。


「なんで止めるのぉ!」

「逆になんでやめないんだよ!?」


 そうして硬直状態に陥ったかと思ったその時、ミナの背後にマナが音もなく現れた。


「こら」


 その一言と共に振り下ろされた拳骨が、無防備なミナの頭部に直撃する。


「ひぎゅ」

「クロガネ君に迷惑かけない」

「ま、マナさん……!」

「観察するなら私も呼んでと言ったのに抜け駆けして。許さない」

「マナさん?」


 少しでもマナが頼もしく見えたのは何だったのか。




 その後、マナが持ってきていた朝食……ではなく昼食を三人で食べた。

 それが終わるや否や、マナとミナは颯爽とどこかに出掛けて行った。全く自由奔放である。


「いやぁ。見てて面白かったよ」

「アマテラスさん……」

「あの子たちも悪気があるわけではなさそうだし、だからこそ君も無理に撥ね除けたりしないんでしょ」

「それは、まぁ」


 出てくるタイミングを見計らったかのようにアマテラスはふわりと天井から現れた。

 天井を透過して現れるのは何なのだろうか。


「というか、今のアマテラスさんってどういう状態なんです?」

「どういうとは?」

「今まで聞きそびれてましたけど、結構な頻度で目の前に現れるので」

「ああ」とアマテラスはにやりと笑ってクロガネに顔を寄せた。「ヤタガラスと同じく、突然いなくならないか心配なんだね」

「うぐ」


 そういう意味合いで聞いたわけではなかったが、突き詰めていくと確かにクロガネはそういうことを心配しているのだろう。

 言われて初めてクロガネはそれを自覚し、ふいと顔を背けた。


「今の私はねぇ、幽霊みたいな感じ」

「幽霊?」

「そ。現実世界への干渉制限という条件を奇跡の条件に入れていたからね。私自身の能力低下、と一括りにしていたけど」

「なるほど」

「ま、突然現れなくなるってことは基本ないよ。ただ、いつでも近くにいる訳じゃないから、それこそ気が向いたら雑談しに来る幽霊さんだと思ってね」

「ん、了解」


 そんなことを話していると、突然アマテラスの左手が光となって霧散した。


「ん!? ひ、左手……」

「ありゃ? ああ、これ充電不足」

「……充電不足」

「幽霊になるのにも案外気力が必要なんだよね〰〰。それじゃあこの辺で……あ!!」

「え、なに」


 アマテラスは空中に浮かびながら右手で何かを探すそぶりをしていた。

 あれ、どこに仕舞ったっけなぁ。という声が聞こえてくる気がした。


「あったあった、危ない忘れるところだった」そういうとアマテラスは右手の指を弾いた。「これこれ、プレゼント」


 クロガネの目の前に何やら本が出現する。

 真っ白な表紙で、一見するとただのノートに見えなくもないが、それにしては魔力を感じる。


 クロガネは訝しげにその本を開いて、即座に閉じた。


「………………ナニコレ」

「え? アマテラスのおすすめ同人誌総集編だけど」

「……おすすめ…………なんて?」

「アマテラスおすすめ厳選えちえち同人誌総集編だけど」

「…………えち……」


 クロガネの思考がいよいよ完全に止まる。

 いったい何を見せられているんだ。分からない。


「見た目はノート! 開く人を魔力が自動認識して、他人には本当にただのノートにしか見えない逸品! でもクロガネ君が開くとあ〰〰ら不思議! 厳選された作品の中からクロガネ君が潜在的に求めている作品が写し出される特別仕様!! しかも完全防水、場所を選びません!! 一般性癖から異常性癖までなんでもござれ!! アマテラス特別仕様の超〰〰スペシャル本ですわぁ!!」


 もう引くとかそういうのを通り越して素直に感心した。

 能力の完全無駄遣いである。もうほんとにただただ凄い。凄すぎて言葉が出てこない。


「ちなみに私のおすすめジャンルは○○と○○○○だぞ☆」


 異常性癖寄りのジャンルをお薦めされてしまった。


「あ! 心配ご無用ですよ! アマテラス(中略)総集編を開いているタイミングでは強制的に私がクロガネ君を観測できないようになってますから! プライバシーにも配慮しております」

「……あ、ありがとうございま……す……」

「さぁ! さぁ! どうぞ! 性欲発散!!」


 言いたいことだけ言ってアマテラスは静かに虚空に消えた。

 まるで幽霊が昇天するかのような絵面だというのに、最後の言葉が性欲発散なのは本当に何とかならなかったのだろうか。


 その後、少しだけ悩んだ後クロガネはその本を開いた。


「くそ!! ドストライクなのがむかつく!!」


 したり顔でサムズアップするアマテラスの姿が思い浮かんだ。

 つまり、クロガネの完敗である。



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