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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-09 この街-②

 

 あの騒ぎの後、続々と冒険者たちが現場に来た。

 とはいっても、現場にはライカンスロープのオブジェクトが佇んでいるだけなので何かすることがあるわけでもない。


 が、そうなれば当然ながらその現場にいるクロガネに意識が向くのは至極当然のことだ。


「これは……君が?」

「ええ、まぁ……」


 話しかけてきたのは、比較的クロガネと歳の近そうな青年だった。

 後ろには男が一人と、女が三人。計五人でパーティを組んでいるのだろう。

 背後の、特に女三人はクロガネに対して警戒心を隠そうともしない視線を向けてくる。


「驚いた」

「…………ん?」

「君だろ? ショットで赤竜に一泡吹かせた男ってのは」

「……」噂は普通に広まっているのか、と思った。「人違いです」


 青年はがくっと肩を落とした。


「いや、この状況で言い訳できるわけないでしょ……」

「なんだよ分かって聞いてきてるのか」

「別にやましいことでもないだろ。寧ろ少しぐらい誇ってもいいぐらいだ。なんで嘘をつく」


 クロガネは青年の目を真っ直ぐ見返す。


「あんたみたいな、心の底では全く信用していなさそうな人間は危ないって考えるの、おかしいことかね」


 青年は思わず口を噤んだ。図星だったのかもしれない。


 クロガネは一丁前に格好よさそうなことを言ったが、その実本当に思っているのはただ単に話題の中心人物になりたくないということだけだ。


 だが、青年の目が根本的にクロガネを信用していなさそうだなという感覚が全くないわけではない。


 そしてこういう第一印象というのは案外、外れない。

 本当に信用できる人間というのは、出会って最初の一言から分かるものだ。

 直近でいうと支部長──エフレインがこれにあたる。


「……まぁ。否定はしないさ。そもそも、君のようなぱっと現れた奴が本当に赤竜と戦って生き残ったなんて信じられるわけないだろ」

「それは、ごもっとも」

「でも、今君に話しかけたのは別に馬鹿にしようとしたわけじゃない」

「……ん?」

「あながち嘘じゃないんだな、と褒めに来たつもりなんだけど」


 ……ホントか? ホントに、ホントか?

 と、あまりにも訝しげな表情を見せていたからだろう。青年は少しキレ気味にライカンスロープを指さして言った。


「疑り深いな! 君は! そもそも、ショットなんて初級魔法でライカンスロープしかり、赤竜しかり、どうにかなるわけないんだよ!」

「ええ……?」


 クロガネには全くもって信じがたい話だったが、世間一般の認識からズレでいるのはどうやらクロガネの方らしかった。


「逆にどうやったらショットであんな威力が出るっていうんだ……」

「え。いや、回転させてみたり、大きさを変えたりすれば色々」

「…………そんな細かく変えられるのか、魔法って」

「え?」


 暫しの沈黙。


 そして、クロガネの脳裏に浮かび上がる一つの可能性。

 仮に青年の言うことが正しいとするなら、言い換えればそれはヤタガラスの実力が世間一般から逸脱しすぎているという可能性。


 などとクロガネは必死に考えてはいるが、クロガネはその性格上、自身が凄いのだという思考には辿り着かない。

 誰に言われるでもなくそれを試し、成功とまではいかなかったもののほとんど完成形に近いものを作り上げたのはクロガネ自身なのであるが。


 自分のことはさておき、ヤタガラスから得た知識の有益性に今更ながら思い至ったクロガネは、もう後戻りはできないものの、もう少し考えて行動すればよかったとひどく後悔した。


 まさかショットという魔法ですらこんなにも驚かれるとは思ってもいなかったのだから。


「……普通は違うんですか」クロガネの声は少し震えていた。どうあがいても話題の中心人物であることからは避けられないというのだろうか。


「普通はそもそも戦闘向きじゃない、はず。僕は剣士だから詳しくないけど、ショットを覚える時間があったらもっと上位の魔法を覚えた方が有益だって皆は言ってるよ」


 くちゃ、とクロガネの顔が潰れた。

 人々の好奇の視線に晒されるのは慣れる気がしないし、慣れたくもない。


「おーい」と青年がパーティメンバーであろう内の一人を呼んだ。

 走ってきたのはいかにも魔法士といった姿の少女だった。随分と若く見える。


「はいはーい、なんですか?」

「ショットの魔法のみでライカンスロープとどれだけ戦える?」

「え。普通に無理です。秒で負けます。というかその条件なら逃げる一択ですね」


「うそぉ……」クロガネは思わず頭を抱えた。なお、クロガネが心配しているのはこれからどうやって正体を隠して街を散策するか、といったところについてである。

 やってしまったことはどうしようもないので前向きに。

 ここはややアマテラスのテンションに影響されている部分だろうか。


「この人が噂のクロガネって人?」少女の目はやはり警戒心に溢れている。「……なんか弱そうだけど。禁忌装具か何か使ってるんじゃないの?」

「こら。失礼なこと言うな。支部長がわざわざ出向いたんだ。そんなわけないだろ」

「……はぁい。すみません」


 謝罪の言葉は出たものの、その実、少女の目がクロガネに向けられてはいなかった。

 青年はスマン、といった表情とジェスチャーでクロガネに詫びる。


 別にクロガネは気にしていなかったが、何となく青年はいい人のような気がした。

 こちらを信用していないのは変わらないが、だからと言って対応を疎かにしない言動。

 寧ろこうして見れば、パーティのリーダーとしてメンバーのことを考えているが故の姿なのかもしれない。


 その後間もなく冒険者協会の職員らが現地に到着し、少しばかり話した後にクロガネはその場から解放された。



 ◇



 ライカンスロープの騒ぎの後、クロガネはどうにも外を歩く気になれず宿に戻った。


 冒険者協会の職員には、ライカンスロープが現れた直後、空に赤竜らしき影があったこと、そして壊れた建物について伝えた。


 その壊れた建物だが、どうやら雑貨店なようだった。ライカンスロープの件を職員たちの引き継いだ後クロガネが立ち寄った時には、慣れたといった雰囲気で片付けをしていた。


『全壊してないだけマシですよ』と店主は笑っていた。


 半ば無理やり金貨を九枚ほど押し付けてクロガネはその場を去ったが、こんな状況でも笑っている姿がその後どうしても心から離れなかった。


 宿のベッドに横になりながら、クロガネはぼんやりと街の雰囲気を思い起こす。

 雑貨店の店主といい、露店のおじさんといい、だいぶ苦しんでいるように見えた。そして同時に、自分たちにはどうすることも出来ないが故にその苦しみを心の内にギュッと押し込んでいるようにも。


「どうにかなんねぇかな……」

「クロガネ君は、優しいね」

「優しい……とは少し違う気もするけど。どっちかというと、冒険者協会への不満かな」

「確かに。突然のこととはいえ、初動が遅い」

「そうそう、実際、最初に現地に来た冒険者も三十分以上経ってからだった……し…………い!?」


 がばっとクロガネは飛び起きる。

 何となくアマテラスかと思って会話していたが、全然アマテラスじゃない。この聞き覚えのある声は。


「ま、マナ……さん!?」

「マナ参上」

「え……? ええ……!? な、なぜこの宿が……いつからここに……!?」

「あ~、さっぱりした~。安い宿だけど案外悪くないな、の辺りから」

「昨晩の俺のセリフじゃねーか!! なんでいるんだよ!?」


 それは昨晩、宿に着いた後に共用スペースで夕飯を食べてから部屋に戻った直後のセリフだった。

 怖すぎる。普通に恐怖を感じる。デジャヴュも感じる。


「私もいるからね」ひょこ、とベッドの下からミナが顔を出した。「マナがいたら私もいると思ったほうがいいよ!」


 ゴキブリが一匹いたら百匹いると思え的なフレーズで言うなと思った。


「ところでどうだった? こっそり夜中、布団に入らせてもらったけど」

「さも当然の如く男の布団に入ってくるなよ……」


 頭痛がしてきた。

 この二人といると、とてもよくない方向に毒されてしまいそうだ。


「……。取り敢えず、別の部屋取ってくる」


 頭を掻きながらクロガネは立ち上がる。

 このまま同じ部屋に、性格はどうあれ女性がいるという状況下で心も身体も休まるわけがないのだ。


 だが、二人はクロガネの想像を易々と超えていた。


「あ。受付にそれは言わないほうがいい」

「……何故? いや、どう考えても男女が一緒の部屋って不味いでしょ……」

「いや。昨日部屋を取る時にミナが、『私たちぃ、クロガネさんの妻でしてぇ、一緒の部屋にしたいんですぅ』って言ってた。別の部屋取ると最悪の場合、クロガネ君にあらぬ疑いをかけられる可能性がある」


 膝から崩れ落ちた。

 呆れて言葉も出なかった。


「……勘弁してくださひ」


 ミナはずっとケラケラと笑っていた。



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