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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-07 冒険者協会-④

 

「さて」と言って話を切り出したのはエフレインからだった。「休憩もこれぐらいにしようか」

「ご馳走様でした」

「礼儀正しいな。冒険者共にも見習ってほしいものだ」


 くくく、とエフレインは笑った。

 所見ではとても怖そうな女性だと思ったが、話してみるとそうでもない。というより、笑った表情はとても柔らかく、見た目よりもずっと若く感じられた。


「それでだな。私が聞きたいのはずばり、赤竜を倒せるか否か……だ」

「……ふむ」

「そんなに難しく考えなくていい。直感で答えてもらって構わない」

「それでしたら、うーん、そうですね。正直、勝てるイメージは湧かないです」

「なぜ?」

「まぁ自分が対して強くもないというのもありますが、終始遊ばれていたという感覚が大きいです。怒っているように見えたのも、今にして思えばただムカついていただけかも」

「……言い換えれば、赤竜は君を殺そうとはしていなかった?」

「それは間違いなく。殺す気なら、そもそも体格が違うんだから接近戦で問題ないかと。ブレスに関しても、広範囲に放射出来るなら接近してからの方が被弾させやすいと思いますし」

「……なるほどな」

「自分の体感ではそんな感じです」


 だが、引っかかる部分が無いわけではない。

 遊ばれていたと感じる部分は確かにあるが、別の見方をしたらどうか。


 遠距離からのブレス攻撃を主軸にした戦闘が、被食者を弄んでいる行動と捉えるか。或いは。


「……では前提として、赤竜と冒険者との間に戦闘があり、赤竜に痛手を負わせたことがある、としたら……どうだ?」


 エフレインの言葉に、パッとクロガネは視線を上げた。

 そうなれば、別の見方が出来る。


「あれは、遊んでいたとかではなく、近付くことを避けていた……?」

「やはり、そう捉えることもできるか」

「やはり? かつて、赤竜に痛手を負わせたことがあるということですか」

「ああ。たった一人の男によってな」

「一人!?」


 全く想像がつかない。

 あの赤竜相手に、痛手を負わせられるような人など──。

 と、考えて。

 いや、ヤタガラスなら赤竜を撃ち落とすぐらいは出来るかもしれないな、と思った。


 そう考えれば、案外いるのかもしれない。


「ああ……まぁ、確かに、そういう人がいてもいいのかも……」

「……君はヤタガラスを知っているからそういう思考になっているのだろうが、少なくとも普通ではないからな?」

「ですよね、はい。……というか、その人はどうしたんです?」

「知らん。神出鬼没な男だからな。かつてあったそれも、男が気まぐれでやったに過ぎない」


 エフレインは、はぁ、と困ったようにため息を吐いて天井を見上げた。

 なるほど、それで赤竜に対しての対抗策も何もないということか、と思った。


「そこに、突如現れたのが君という訳だ」

「藁にも縋りたいということですか」

「ナチュラルに自虐するのだな、君は……。そうしたら、だ」

「はい」

「取り敢えず、冒険者に登録してほしい」

「……嫌です、と言わせる気は初めからないでしょう?」

「何を言う。嫌ならそれを尊重するさ。そこまで悪徳ではないよ。それ以外に行くアテがあるならそれでもいいだろう」

「行くアテが無いことを分かってて言っているならそれは悪徳ですよ……」

「ははは」


 また、エフレインは笑った。

 本当にこの人は、どこか子供っぽく笑うのだな、と思ってつい、まじまじと顔を眺めた。


「……なんだ。顔に何かついているか?」

「いえ。笑顔が素敵だなと」

「………………口説いているつもりか?」

「え?」


 クロガネは真顔でそう返した。


「…………………………いや。なんでもない」

「あ、はい」

「登録を終えたら、まぁ、街でも散策していてくれ。数日中には、君が行動を共にするパーティを決めておく」

「パーティ?」

「そうだ。基本的に冒険者はパーティを組む。生還率がぐっと上がるからな」

「なるほど」


「あ」とエフレインは思い出したように立ち上り、机の引き出しを漁った。「お小遣いをやろう」


 お小遣い。

 クロガネの心の内に、申し訳なさが湧き上がった。

 何もしていないのにお小遣いを貰うなどと、と言いたい気持ちはあるが、実際一文無しなので貰わないと路地裏で餓死する羽目になる。


「……大変、申し訳ない気持ちで……」

「なに。支部長は意外と裕福なんだ。気にするな」


 そう言って、小さな麻袋をクロガネに渡した。

 てっきり軽いのだろうと油断していた。それ故に片手で受け取ろうとしたのだが、それを後悔したのは始めてだ。


「——ぐっ、お!?」


 ──重い!


 明らかにお小遣いとして渡していい重さではない。

 ちらりと覗けば、麻袋の中には黄金が見える。


「いいいいいいいいいいいいいいいいいやいやいや!! こ、これ……!」


 ヤタガラスの知識では知っている。

 金貨だ。それも、通常より一回りも二回りも大きな大金貨。一枚で百万ほどの価値があったはずだ。


「大金貨五枚もあれば不自由ないだろう」

「い、いい、いや、そういうことじゃなく……!」

「なんだ?」

「自分、これだけ頂けるほどの実力は持ち合わせてないです! ほんとに! ホントのホントに!」

「……ふふ、くくく」

「…………へ?」


 と。

 そこでエフレインはまた、子供っぽく笑った。そうしてようやく、クロガネは遊ばれたのだと分かった。


「え、エフレインさん……!」

「あっはははは! 君は本当に素直だな!」

「からかわないでください……」

「あの姉妹が気に入るのもよく分かる」

「……?」

「その麻袋はそのまま持って行ってもらって構わない。大金貨を真似たただのケースだからな。中にはちゃんとお小遣いが入っているさ」


 その後、エフレインはいくつかおすすめの露店と宿をクロガネに紹介した。

 そうしてクロガネが退室したのを見計らって、くくく、と笑う。


 クロガネの麻袋に入っているのは確かに大金貨のケースだが、開けてみれば金貨——市場相場十万円——が十枚も入っているとは思いもよらないだろう。


 更にはクロガネのあの性格だ。

 どうせ気を使って冒険者協会を出た頃に初めて麻袋を覗くことだろう。


 道端で飛び上がるクロガネを想像して、エフレインは一人こっそりと笑った。



 ◇



「うま!」


 エフレインおすすめの露店で注文した串焼きを頬張る。

 確かに美味しい。何の肉なのかは分からないが、複数種類の肉が一つの串にまとまっている。


 資金に余裕はある。それはもうとてもある。

 冒険者協会で冒険者登録を終え、外に出てからいざ麻袋を確認して、それこそ飛び上がって驚いた。


 エフレインの口ぶりでは、どう考えても銅貨や銀貨が入っている風だったというのに、金貨十枚。

 結局大金貨一枚分の……まさしく書いて字の如く大金だ。


 大金貨と金貨は、そもそも普通の市場ではほとんど流通していない通貨だ。

 基本的には銀貨以下が使われる。

 一度露店で金貨を出して、やめてくれと断られた。


 銀貨、銅貨共に大、中、小の三種があり、その下には石貨が二種ある。

 相場は厳密には変動するらしいが、基本的には上から一万、五千、千、五百、百、五十、十、一、となっていく。

 日本円換算をヤタガラスから教わっていて、正直とても助かった。


「美味しいなぁこれ。あと三本ぐらい頂いても大丈夫ですか」

「おう、いいよいいよどんどん食ってけ」


 気前のいいおじさんだった。串焼き一本、銅貨三枚。日本円換算すれば約三百円。相場で言えばやや高い部類だが、お小遣いと比較すれば何も感じない。


 非常によくない感覚だ。金銭感覚は狂わせてはいけない。


「……あんた、見ない顔だな。旅人か?」

「まぁ、そんな感じです」

「ここら一帯は赤竜のテリトリーだってのに、あんたさんも物好きなもんだな」

「あはは……」


 おじさんの表情に、僅かに陰りが見えた。

 当然だろう。赤竜にいつ襲われるのかも分からない日々なのだから。


「ここから離れようとは?」

「できりゃいいが、赤竜は逃げる奴ほどしつこく追い回すもんだ」おじさんの声がワントーン下がった。話題を間違えたようだ。「何百人って人が、この街から夜中に逃げようとしたことがあった……」


 そこから先を言葉にはしなかったが、言わんとすることは分かった。

 おおかた、誰も逃げきれず、戻ってもこれなかったのだろう。

 この話題を続けるのはよくない。

 直感でそう感じた。


「……もう三か月になるのかな。流石にそろそろ、勘弁してほしいもんだ……」

「……本当ですね」


 その後、焼きあがった串焼きをクロガネは受け取り、露店を後にした。

 だがその後いつまでも、おじさんの寂しそうな笑顔が頭にこびりついて剥がれなかった。



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