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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-04 冒険者協会-①

 

 悲鳴を聞きつけて慌ててやってきた事務員とマナが見たのは、ベッドの上で悶絶するクロガネと、ベッドの下から這い出る格好で悶絶していたミナの姿だった。

 それはさぞ滑稽に映ったのだろう。

 事務員の女性は勢いよく噴き出して笑っていた。

 対してマナは、“やったか……”と言わんばかりに手を額に当てて天井を見上げていた。


 全くもって最悪である。





 医療室の端っこでミナは正座させられていた。

 見た目はマナと瓜二つで、見分けがつかない。本当に姉妹というか、もはや双子だ。

 そんなミナの頭を、マナが丸めた紙でぽこぽこと叩いている。いい絵面だ。


 そんな面白おかしい状況をよそに、クロガネの寝るベッドの横には事務員が座って、何かを用紙に記入していた。


 随分と長く用紙と向き合っていたが、ようやく事務員は顔を上げた。

 亜麻色の長髪が綺麗だ。そして眼鏡。まさに事務員といった感じの出て立ちだ。失礼かもしれないが、凄く、事務員だ。事務員のお姉さんというのがとても似合う。


「すみません、お待たせしました。私は冒険者協会カルファレステ支部の事務員を務めています、カラステです」

「クロガネです。よろしく」


 手を差し出したが無視された。

 少し、というか結構辛かった。


「早速で申し訳ありませんが、ここに来る以前のことを教えていただけますか?」

「というと、まぁ、あの竜と戦ったということについてですかね」

「いえ。それよりももっと前から」

「もっと?」

「ええ。あなた、ただの人ではないようですので」


 え? とクロガネは思わずまじまじと事務員──もといカラステの顔を見てしまった。

 確かに出自に訳ありではあるが、こうも簡単にバレるのか? ……と。


「……えっ、と」

「あ、いえ。話しづらいことでしたら無理にとは言いませんが」

「まぁ……」

「答えづらいというより、もう少し質問を絞るべきでしたね。申し訳ありません。クロガネさん、あなたは……」


 思わずごくり、と生唾を飲み込んだ。

 何を聞かれてしまうのか。


「初歩的な魔法“ショット”によって赤竜に痛手を負わせたと伺っておりますが、それはどなたに教わったのでしょうか」

「…………ん?」


 あ。

 クロガネは変な顔で固まってしまった。

 勘違いしていた。クロガネの出自がどうとかではなく、この事務員が聞きたかったのは赤竜にダメージを負わせたクロガネの実力について知りたかった……ということか。


 赤竜との戦闘がクロガネにとっては初の実戦だった上に、この世界の冒険者の実力もクロガネは一切知らない。

 知っているのは、ヤタガラスという女性の異常なまでの魔法の技術だけだ。


 恥ずかしい。


「……どうかされましたか?」

「い、いえ。なんでも……」


 クロガネは深呼吸して落ち着きつつ、カラステの質問に答えた。


「えっと、ヤタガラスという女性の元で特訓していました」

「ヤタガラス……? 存じ上げませんね」

「そうなんですか? 少なくとも自分から見て、とてつもない実力だったのは確かですが」


 と、そこまで言ってから気が付いた。

 かつてこの世界にクロガネがやってきてからずっとヤタガラスは共にあの森の中にいたのだとすれば、いや、それ以前もそうなのだとしたら、十数年は街などに顔を出していない可能性もある。

 本当にそうなら、知名度が高くないのも当然なのやもしれない。


「なるほど。そして今はその特訓を終え、そのヤタガラスさんの元を離れているということですね」

「んー、まぁ、そう、ですかね。うーん。厳密には特訓は終えられてはないんですが」

「……?」

「もう一ヶ月前ですかね。ヤタガラスは……」と、ここでクロガネは思いとどまった。馬鹿正直に、この世界からいなくなったが復活させるために旅しています、とは言わない方がいい気がした。「亡くなってしまいまして」


 言い終えてから、この感じだとヤタガラスは結構年老いた老婆のイメージが事務員の中には生まれたことだろう。

 そんなことはないが、変に取り繕うとボロが出そうだ。

 ごめん、ヤタガラス。心の中でだけ謝った。


「それは……失礼しました」

「いえ、全然」

「赤竜との戦闘については、その場に向かっていた冒険者から話は伺っておりますので結構です。目が覚めてすぐにこんな取り調べのようなかたちになってしまい、すみません」

「いやいや」

「あ、それと最後にもう一点だけ。クロガネさんはこの街に向かっていたようですが、どういった目的でこちらへ? その、私が言うのもなんですが、今この街は赤竜の襲撃が続いており、わざわざ来るような場所では……」

「え」


 だから赤竜に襲われたのか。

 納得。

 いや納得している場合ではないか。


「あ、あ〰〰と、まぁ、その、正直に申し上げますとですね……」

「……」

「自分、実はとてつもなく無知でしてね。はは。この街の存在も知らなければそういった事情も知らず……目的もなく彷徨っているうちに目に付いたのがこの街だったというだけでして……はは……」

「……………………はい?」


 とても呆れた顔をしている。当然だろう。


「あ…………、そ、そう、ですか……」


 呆れた、というかもうこれは、引いている。ドン引きである。


 知識として世界地図や要所の街の名前は何となく理解しているし、クロガネが滞在していたあの森が世間一般ではカラクビアの森と呼ばれていることも知っている。

 だが、その程度だ。


 クロガネが森を抜けた時、森のどこから抜けたのかは全くもって分からなかった。

 故に、どの方角に街があるのかなど分かる訳もなく。


 この有様である。


 カラステは信じられないものを見てしまった、とでもいうような表情だった。

 そのまま一度頭を下げると、「あ、ありがとうございました」と言って走早に部屋を後にした。


「……君」マナが近付いて来てこう言った。「クレイジーだね」

「否定できないね……」



 ◇



 窓が見えない位置にベッドがあり、現在がどれぐらいの時刻なのかというのは定かではなかったが、次第に部屋が暗くなり照明が点いたことで夕方から夜の初め頃なのだと検討がついた。


 それから少しした頃、夕食が部屋に届けられた。胃に優しいお粥だ。

 それを食べ終え、食器類を片付けに来たのが最後だった。


 以降は誰も来なかった。


 暇だった。

 それはもう、とにかく。


 というか、あの姉妹がサボり場所にしているだけはあるのか、人の気配がまるでない。

 部屋の外は当然廊下か何かなのだろうが、あれ以降足音のひとつもない。この医務室というのはよっぽど建物の端っこにでもあるのだろう。


 横になって天井を見上げる。

 身体が痛すぎてそれぐらいしか出来ないと言い換えてもいい。


 寝返りは出来ないし、横になるのでさえ辛かったのだから、もう一度身体を起こす気力もない。


 眠気でもくれば最高なのだが、この痛みに苦しめられる中で眠気が来るのかが怪しい。来たとしても本当に眠れるのかも怪しい。


「はぁ」


 とクロガネは目を閉じた。


「暇そうだねぇ」

「……ほんとに。今俺は、話し相手がいることの素晴らしさを痛感してるよ」

「ふふぅん。そうかいそうかい」


 そんなクロガネが聞き覚えのある声に目を開くと、当然だが見覚えのある姿がそこにはある。


「アマテラスさん。とても助かります……」

「ははは。もっと私をありがたがれ! ……と、言いたいのは山々だけれど、そういう感じでもないよね」

「仰る通り」

「わぁ、痛そう。よしよし」


 空中から突然現れたアマテラスは、そのままゆっくりと移動し、クロガネのベッドに腰掛けた。

 そして優しく、クロガネの頭を撫でる。


「にしても、初見で赤竜に一泡吹かせるなんてやるねぇ」

「まぁこのザマなんですが」

「落ち込むことじゃないよう。大概の人は赤竜を見かけたらまず挑もうなんては考えないし、逃げても挑んでも九割がた殺されておしまいなんだから」

「……まじ?」

「まじまじ! これは驚くべきことなんだよ〰〰。だからあの事務員さん……カラステさんだっけ? あの人がわざわざ話を聞きに来たのもそういうことなんだから。クロガネくんは自分が思ってるより将来有望なんだよっ」

「……はえー」

「うわ、反応薄ぅ」


 少し、というか結構意外だった。

 赤竜と相対した時はがむしゃらで、周りを気にする余裕もなければ、生き残るのに必死だっただけだ。

 だが、それでもしっかり戦えていて、ヤタガラスとの日々が無駄ではなかった。そう分かっただけで、十分だ。


「ふふ。ほんとによくやってるよクロガネくんは。よしよし。ちゃんとヤタガラスとの約束を果たしているんだね。偉いぞ。よしよし」


 なんか。アマテラスがやけに優しい。

 だが、まったくもって不快ではない。

 寧ろ、心地が良い。


「不安なこととかある? 相談に乗るよ」

「不安……ねぇ。まぁ不安なことしかないけれども」

「あ、確かにそうだよね。なんにも知らないままだし当然かぁ」

「でも、赤竜とやり合えたし、ヤタガラスさんとの日々も無駄じゃないって分かったから、不安がってもられないよ」

「偉すぎる〰〰。ヤタガラスも良い子に出会えたんだなぁ」


 アマテラスは、それはもう嬉しそうに笑った。


「よし、クロガネくんとお話も出来たし、そろそろ私はお(いとま)しようかな」

「え、もうですか?」

「物欲しそうな目をしおって〰〰。しょうがないなぁ。眠るまではここに居てあげよう。というか眠気来てないな? 魔法で眠らせてやろう。なんなら痛み止めもしてしんぜよう」

「ありがたや〜、ありがたや〜」


 途端に、睡魔が襲いかかる。

 視界がぼやける。


 アマテラスの表情が認識出来なくなり、それがどうにも寂しかった。


 ああ。

 自分(クロガネ)は、思ってた以上に寂しかったんだ。

 なんてことを思いながら、安らかに眠りについた。


「おやす……み……アマ、テ…………ラ……」


 そしてその時まで、アマテラスは優しくクロガネの頭を撫でていた。


「おやすみ、クロガネくん」


 その日の夜、クロガネは久し振りにヤタガラスと過ごした日々の夢を見た。



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