除幕 平等に無情なこの世界で生きるということ
ヤタガラスとアマテラスを包み込むように光の粒子が宙を舞い、さながら吹雪のように吹き荒ぶ。
その最中、アマテラスがクロガネには認識出来ない言語で何かを話していた。
クロガネに出来ることはない。
それだけは確かだった。
……終わる、という実感。
ああ、本当に終わってしまうのだと。
そう考えると、不意に胸が締め付けられるように痛くなる。
そんなことを思っているうちに光の粒子は霧散していく。
奇跡自体は随分と呆気なく終わったようだ。
光が収まってくると、その中から現れたのはヤタガラス一人だけだった。
「……アマテラスは?」
「帰ってもらっちゃった」
「え?」
「最期はクロガネくんと、ふたりで過ごしたかったから。……それとも、クロガネくん的には両手に花の方が良かった?」
「い……や? そんなことは」
一瞬だけ想像してしまった。
アマテラスも性格はあれだが、顔は瓜二つだ。黙っていれば美人なのである。
「……わぁ。ちょっと想像した?」
「……想像しちゃった」
ふふ、とヤタガラスは笑った。
釣られてクロガネも笑った。
声は震えていないだろうか。
涙声になっていないだろうか。
酷い顔をしていないだろうか。
ヤタガラスの身体は部分的に消失していた。いや、消失している、という言い回しの方が適切だろう。
今もなお、ゆっくりとヤタガラスの身体は光の粒に置き換わり、宙へと溶けている。
すでに右腕は消失し、左腕も肘付近まで消失しかけている。
脚はまだ無事だったが、歩くのも辛そうだった。
クロガネがその場で地面に腰を下ろすと、申し訳なさそうな顔でヤタガラスも座った。
そして座った途端に、両足首から先が霧散した。
「……頑張って堪えてたんだけどな。ばれちゃってたか」
「そりゃ、ね」
「…………ねぇ、クロガネ」
「うん」
「やっぱり、ちょっと、怖いかも」
「……うん」
そう言って、ヤタガラスは膝歩きでクロガネに近寄った。そのまま、力なく倒れるようにクロガネの胸元に倒れ込む。
「ああ、やっぱり、安心する」
そう言って、気が抜けたのだろうか。
ヤタガラスは泣いていた。
「クロガネ」
「うん……なに? 何でも言って」
「頭、撫でて……」
「うん、わかった」
ヤタガラスの脚が、勢いよく霧散していく。
気が抜けたからなのだろうか。それまでとは比にならない速度だ。
霧散するというより、崩壊しているかのようだ。
「……セナリアス」
「ヤタガラスの、本当の名前?」
「うん、そう……忘れないでね」
「忘れるわけないよ」
「ふふ……そうだよね。ありがとう。クロガネ。……、私たち、はね。基本的に、真名は、明かさない、の」
「……どうして?」
「真名を、知る相手に……、逆らえなく、なるの」
だが、ヤタガラスは涙を流しながら、笑った。
「でも、クロガネくんだったなら、私──」
「ありがとう、“セナリアス”」
「ふふ……、私、待ってるからね……」
「うん。絶対に、迎えに行くから」
「……嬉しい」
──ありがとう。
そう言い切ったのち、ヤタガラスの──否、セナリアスの身体は弾けるように霧散した。
小さな光の粒が、空に昇っていく。
「…………」
クロガネの身体に残ったセナリアスの体温を逃がさないように、自分の身体を抱き締める。
そのまま地面に丸まって、気が済むまで泣き叫んだ。
太陽が最も高い位置に達した頃、クロガネは泣き腫らした目で空を見上げる。
思わず笑ってしまうほどの晴天。
ゆっくりと立ち上がる。
クロガネには、果たさねばならない約束がある。
ここで立ち止まっている余裕など、ないのだ。




