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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
序幕 平等に無情なこの世界で
12/35

0-12 選択/決意

 

 ヤタガラスが泣き止んだあと、弛緩した雰囲気の中でアマテラスは口を開いた。


「あ〜、で、その、第二のプロセスの話なんだけどね」

「うん」とヤタガラスは返事をした。


 安心して、随分と気が抜けている。そんなヤタガラスにこの話をしたらどうなるのだろうか。と、そんなことを考えながらアマテラスは申し訳なさそうに言った。


「まぁその、私なりに釣り合う代償の難易度を試算してみたんだけど……」

「どんな感じなの?」

「……五年以内に、天皇龍の逆鱗、地皇龍の逆鱗、海皇龍の逆鱗、賢者の石と、神代鉱石とか……これぐらい……かな……」


 アマテラスにしてはやけに歯切れが悪かった。

 おや? とクロガネが首を傾げたのと、ヤタガラスが勢いよく後方に倒れて微動だにしなくなったのはほぼ同時だった。


「や、ヤタガラス────!!」


 アマテラスが勢いよくヤタガラスに駆け寄った。

 歯切れが悪かったのはこうなる予感がしていたからなのだろうか。

 だとするなら、今、アマテラスが言った素材収集の難易度は、まさしく想像を絶する難易度なのだろう。


「ヤタガラスー! 起きてぇ!」


 と叫びながらアマテラスはヤタガラスの胸の先端辺りを両手で突いた。

 何故そんなことをしてしまうのだろうか。と、クロガネは遠目に見ながら思った。


 びくんと身体が震え、「ひゃうんっ」という可愛い悲鳴の直後、ヤタガラスの鉄拳がアマテラスの顎を砕いた。





 その後、落ち着きを取り戻したヤタガラスとアマテラスは第二のプロセスについて話し合い、結果から言えば内容は固まった。


『ヤタガラスの人間としての蘇生』

 ──に対して、代償は。

『アマテラスに対する十年間の能力低下(デバフ)

『クロガネに対して十年以内に、皇域に達した素材、最低三つを収集』

『期間を超過した場合、アマテラスの能力低下(デバフ)の永続化、ヤタガラスの魂の消滅』

 ……と、なった。


 奇跡の重複も相まって、代償は明らかに釣り合っていない内容となっているそうだった。クロガネにはそれがどの程度なのかは判別できなかったが、ヤタガラスが言うには達成出来たら奇跡、だそうだ。

 

「え、そんな……」要は、言い方を変えれば無理難題ということだ。「じゃあ、やっぱり無理って……話、なんですか?」

「まぁ、無理矢理に延命しているような話だから、そんなに気負わなくていいよ」

 

 とヤタガラスは言った。

 だが、気負わなくていいよと言われたところで、実際にそう出来るかというのはまた別の話だ。が、言い返そうとするクロガネを知ってか、ヤタガラスはこうも続けた。


「でもね、私、クロガネくんならほんとに出来るかも? って思ってるんだよ」

「……え?」

「実は、クロガネくんに内緒だったこと、もうひとつあるの」ふわりと微笑んで、クロガネの頬を両手で包んだ。「クロガネくんがここで眠っていた期間、空間の魔力濃度を高めに保っていたの。だからクロガネくんの身体は人よりも魔力親和性が高くて、だから、えっと、簡単に言うと……伸び代は最高なの!」

「女神ヤタガラス様の御加護……ってことですね」

「女神だなんて、そんな大層なものじゃないよ」


 そうして、二人して笑いあった。

 こんな日がいつまでも続くのなら、それ以上は何も望まないというのに。そんな考えがクロガネの心に浮かび上がっては消える。


 アマテラスが来て、クロガネの心に一筋の光が差したのも束の間。

 だが、ヤタガラスとの別れは平等にやってくる。早まることはないが、遅くなることもない。

 だからこそ今を大切にしたいという想いと、別れの先を一人で生きる不安がせめぎ合う。


 なるべく、そんな思い悩む姿を見せまいと振舞っていたクロガネだったが、やはりどこかぎこちなかったのだろうか。

 或いは、ヤタガラスも同じ気持ちだったのだろうか。


 ヤタガラスはクロガネの両頬を包んだまま、顔を耳元に寄せた。

 そして内緒話でもするかのように耳元で囁く。


「……明日、私の本当の名前、教えてあげるね」


 クロガネがその言葉に聞き返すよりも早く、ヤタガラスは手を離し、背を向けた。

 聞くなということなのだろう。クロガネは少しだけ考えてから、「……楽しみだね」とだけ返した。



 ◇



 どれだけ別れを惜しんでも、朝は無慈悲にやってくる。

 少し眠っては何度も目が覚め、クロガネの目覚めは最悪だった。まるで誰かに呼ばれているような気がしたのだ。

 結局そうこうしているうちに太陽は山の稜線から顔を出し、仕方なくクロガネは布団から出た。


 まだ朝の早い時刻。少し肌寒くもある気温の中、気分転換のために小屋の外へと出る。


 だがそこでようやく、クロガネは今まで自分を呼んでいたのが誰だったのか明確になった。


「……あ」と言ったのはヤタガラスだった。「ごめん。起こしちゃった?」


 普段と変わらなそうな口調で、だが、ヤタガラスの身体は今にも消えそうだった。

 どくん、とクロガネの心臓が鳴る。

 その身体は光り輝き、徐々に粒子へと還りつつあった。


「──」クロガネはなにか言おうとして、だが声が出なかった。


 代わりに勢いよく駆け出し、ヤタガラスに抱き着く。

 冷静だったなら、抱き締めた表紙に全てが粒子になって消えてしまうのではないか──とか、そんなことを考えたはずだ。

 だが、それすらもなにも思いつかず、がむしゃらにヤタガラスを抱き締めることしか出来なかった。


 対してヤタガラスは、クロガネからすれば異様なほどに落ち着いていた。

 抱き着いてきたクロガネに対してふふ、と笑いかけ、その頭を優しく撫でる。


 クロガネには、まだヤタガラスに伝えなければならないことが山ほどあったはずだ。

 聞きたかったことがあったはずだ。

 話し合いたかったことがあったはずだ。


 だが、別れが目前に迫っているという事実を突き付けられた時、その全てがクロガネの頭からすっぽ抜けた。


 気が付けばクロガネの両目からは涙がぼろぼろと零れ落ち、感情の制御が出来なくなっていく。


「大丈夫、大丈夫だよ」あまりに優しく、あまりに普段通りなヤタガラスであったことが、クロガネの心を余計に掻き乱す。


 たったの十七日間。


 されど、十七日間。


 記憶を失くしたクロガネにとって、ヤタガラスはこの世で最も信頼できる人だ。

 家族。そう言い換えるのが的確だろうか。


 何とか涙を堪えなくては。

 泣き止まなくては。

 心ではそう思っていても、どうしても制御出来ない。


「クロガネ」そんなヤタガラスの声は、意外にもスっとクロガネの耳に届いた。「大丈夫。まだ時間はあるから、今は思う存分泣いてもいいんだよ」


 ヤタガラスは優しくクロガネを抱き返した。

 そこから先は、クロガネもあまり覚えていない。

 だが、子供の如く泣き続けたのだけは確かだった。




 それからたっぷり一時間が経過する頃には太陽も高くなり、気温も過ごしやすい程度に上がっていた。

 何とか泣き止むことが出来たクロガネを待っていたかのようにアマテラスが現れる。


 今日ばかりはアマテラスも軽口は言わなかった。

 どころか、黄金の刺繍が日光に反射し光り輝く巫女服を身にまとっており、それまでは微塵も感じなかった“アマテラス”らしさがそこには溢れていた。


「それじゃあ。始めようか。──私、アマテラスの権限により、奇跡を行使します」



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