第4話 耐えますか? それとも尊厳捨てますか?
硝子障子の小座敷に少しく逡巡して立ち入った。真向かいに庭へ開く肘懸窓、左の壁寄りに置火燵、欠いて櫓に伏せたままの花器。畳に転がる栗鼠毛の筆を拾い上げる。まめに婢女の手が入っているのか筆の痕どころか塵一つもない。暮れゆく戸外を凝視めて息を吐く。滲む。
母は今から八年後に流行り病で世を去る。泡を食った父が私達夫婦を駆り出して早朝の屋敷を探し回り、畑の外れに米が毀れていると幼い我が子に手を引かれて飛び出した先で私はその亡骸を見つけた。あの美しい母から漏れ流れた白は肥った蛆に塗れてぶんぶんと五月蠅く、黒く朽ちた貌の残滓を吸うように野栗は枝葉を広げていた。病原は前夜の銭湯だったそうだ。
それから数年内にこの国は列強諸国との戦禍で苛まれ出す。幼い頃に見た養蚕業者の悲惨が全国に波及、そうして苦しむ市井を食い扶持に良人が氷菓子をする。儲かる。怨嗟が拡がる。偶に帰っても私を避ける。詰るとなお逃げる。陰気に目を伏せるから金を積んで美容整形を施したがいよいよ帰らなくなる。軍靴の音喧しく、長じた息子は年歯を一つ誤魔化して兵役を受け、帰らない。それきり次男はふつりと声を絶ち、終戦と同時に家を出た。長女は嫁ぎ三男は居着かず、隠居した父と二人この家を守る義務ばかり、誰も帰らないなら家ではない、父祖たる彼が帰らないために、私ばかり出入りして。
また帰ってきてしまった。
「そら鬱いでいる」
振り仰ぐと彼の顔がすぐ傍らにあった。笑い貌。座敷牢の眼色。
「ああ、可厭だわ。うっちゃって呉れるかしら」
「僕が着更えるまでと言っていただろう。二人もお待ちだよ。床を延べるでもなし、月桂の佳人でも見えるかい。対月憶元九とは妬けるものだ」
「光を花と散らすばかりよ。たまづさは渡ったのかしらん」
秋が早くないかね。軽薄を装った指先が私の瞼を払う。五寸余高い瞳が全球を揺らして私を映す。湖水の月光の声さえ逃がさぬ九重天の黒。あ、と唇が勝手に音を紡ぐ。彼が待っている。高鳴る。言うべきか、言わぬべきか。ぎゅっと霎時瞼を閉じる。我慢すれば言わずに済む。目を開き、そっとうち背いて首を垂れた。
『お●ん(アーオ ちん反応しちゃっても気にしないので大き(ワァ~オ くさせて下さい!』
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どうして喋っている女性とそっくりな女性が下方で踊っているのだろう。
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終わった。でもスキップが出ない。早く出ろ! 出せ!
『お●ん(アーオ ちん反応しちゃっても気にしないので大き(ワァ~オ くさせて下さい!』
もういいんだよそれは! あっ出たっ終われ終われ終われ!
「僕には言えない心配事なのかね」
「もう聞かないで下さいます」
無闇に心が磨り減る。文字通り億劫だ。
『Inst●gram Join Now(無音)』
ほらまた広告だよもおおおおおおおおおおおおっ!
道中呼んだ醫師はそれから間もなく到着した。拗ねて怨言の口を衝かぬほど発奮した私を彼が諫めている最中であった。髪を膨らませ鼻息の荒い私へ醫師は笑みを噛み殺し、脾臓が悪いようだから何か温かなものを飲んで休むように、なんてことを言った。二人して父からお叱りを受け、並んで茶を飲んで私は眠った。母がほたほたと注ぐのを二〇年ぶりに見られたためか、茶は実に美味かった。厳として情動慎むべし。天秤は釣り合うべきである。




