第22話 男、ついてこい。(←いい台詞だ)
俥を降りて月明りの隘路に手を引かれ、味噌漉と蹲る子に目も呉れず、着いたと彼が立つは焼け残りめいた九尺二間、年の瀬には刃傷沙汰も二つ三つあるだろう出で立ち。ずいと上がるに続けばタイ自ら埋けた白炭は継ぐ、水は汲む、小取回しに委細始末は済んで女手もない。婢女の一人もいないと言う。強いて炭を直す。差し向かいで無言。い。今にこれも宅へ知れますわ。
「僕は君へ送った手紙が届いてないとも知らなかったがね。そんなら君も僕に書信を遣ったのかい」
「ぐゥ」
出入りを共々に止められていた理である。淫売だから。だがそれを説明するには。
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閉じた目を開くと向こうで彼が太く詰めた息を吐く。お出でと手招くのに首を竦める。寒い。が、こんな寝乱れた格好で無用に寄りたくもない。私の態度にタイは胡坐に肘を突いて口を尖らせた。尖らせて、黙った。細い藍鼠の綾の学生制服に天保調な綿入れを着込んだ刺股姿が炎で揺れる。燃える。めらめらと。うち背いた。可厭な想像だ。はああああ、とは彼の溜息。珍しいな、と思う。この男にも不快感情はあったのか。三日だ。
「は」
「三日食わぬと却って冴える。尤も、考えてもみ給え、冴えたとて動けぬからそうなれば終わりだ。お濠の松で縊死しょうか、役所の前で掻き切ろうか、まあ、いずれよくある話だ。数知れず見てきた彼らの一人に僕はいた。君と行ったあの繁華の、辻占と花輪糖売りのいる角の、その横道のことだ。半端に薹が立っていたものだから、アキツグ氏に拾われなきゃ墨入りだったろう。それが今や三度三度だ。有難いことだね」
何が言いたい。私も餓死の経験はあるぞ。膝を進める。が、沈黙。話し下手かこの野郎。いや待て我慢だ。
「そら目を瞑った」
瞑っていた。私は。瞑って、
「こ、これは郎君の」
「そう。僕の習慣だ。落ち着きたい時にゆっくり目を閉じて、幾らか数えて目を開く。君の習慣ではない。どうしてか君は今年の春から癖にしてしまったようだが、ねえルマさん、いつまでそう鬱々するつもりだい」
「なっ、な、何が然う障るのです。まるで頑なだ、わ、し、死んだら口から喇叭を離すくらいは私だって出来ます」
「その喩えは寡聞にして知らないな。音楽院流の国威発揚の一篇かね」
え。あれは文月末の、あ、しまっ、これから報道される話で、あ、ああ、
『"I have 12 emails, 30 messages, and a proposal due by 10. How am I already underwater?" "I'm in the same boat." "I'm in an actual boat!" "I thought Gr●mmarly just fixed grammar, they make boats now?"(以下略)』
やらかした。何言ってんのかよく分かんないし。……スキップ出ないし。うわ、下に1/4って、えっ、四分の一!?
『一二二万メーン! いィやヤバいでしょって話だよね(ズムズム いや副収入いや高収入いや副業でいや成功者これ稼げ過ぎ~! まじ最こっこっ高~~~!!!(以下略)』
『おい’ジジィ゜! 俺樣に最強な剣を作ってくれ’(バンバン さっさと作れ!(以下略)』
『あっちゃーヤバヤバ! 何処に行けばいい? あぁ死ぬ、死んじゃう! あーまたやられた(棒)。装備を変えよう。オーケー! た~た~か~お~う~ぜ! はははは! これでオレ様は無敵だぜ! 見よ、この一発の威力を! ははははは超キモチイイぜぇ~! 五回もやってたこのステージ漸くクリア出来るぜ!』
「なあ、ルマさん、僕は真心から心配しているのだよ。今にもこの胸を断ち割ってやりたいほどだ。何か隠し事をしているのは最前より知れている。のう、今夜ばかりは、頼みます。ねえ君」
ぶちん。
「うううう五月蠅ぁいっ。いい加減に、私に発言の権をお与えでないよっ。天辺から尾の先まで紅葉おろしにしてやろうかァッ」
もうどうにでもなれ。
「では言いますとも。私は今から二七年後の未来で死んだ郎君の妻でしてよ。おッ母さんもお父ッさんも、タイさんも亡くして、息子娘も帰ってこないから私自身がこの時代まで返ったのだわ、言わぬが花の慎みの度に精神が磨り減る体質と引き換えにっ。あの苦しみに懲りて、か、姦通も試みましたの、誰一人も捕まえぬうちに露見して学院に軟禁されましたけれどっ。これで良いか知らん。だから一度添うた貴方なんて、あ、ああ郎君なんてえッ」
拳を振り上げる。凍る。困った。彼なんて、彼は、何だ。