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奇妙な隣人  作者: 鷺岡 拳太郎
第2章
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第6話

 

 先ほど居間を見たときには、そこには誰もいませんでした。

 あとその見知らぬ誰かが隠れている可能性があるとしたら、トイレか洗面所くらいです。

 私は玄関口に立ち尽くしたまま、左手側にある二つの扉に視線を移しました。手前側の扉は洗面所と浴室に繋がっており、そして奥側の扉がトイレに繋がっています。いつもはトイレに行くときや歯を磨く時に何気なく開けている白い扉が、何だか呪われた不吉な扉のように見えました。その扉を開けるという勇気がなかなか出ませんでした。

 もし開けて、そこに見知らぬ誰かの顔があったとしたら……。

 そしてその見知らぬ誰かが、その扉の内側から濁った目で私を見つめていたとしたら……。

 嫌な想像が止めどもなく頭の中に流れ込んでくるのです。

 と言っても、いつまでも玄関口に突っ立っているわけにもいきません。私は意を決して、洗面所の扉に近づきました。そしてドアノブを握り、何かに必死に祈りながらゆっくりとその扉を開けていきました。居間からの微かな光が回り込んできて、ドアの内側に忍び込んでいきます。息を呑みながらそのドアの内側を覗くと、そこには誰の影もありませんでした。私はほっとして、その扉を閉じました。ですが、まだトイレの扉が残っています。

 私は再び自分の中の勇気の欠片をかき集めて、トイレの扉のドアノブを握りました。あと見知らぬ誰かが隠れている可能性があるとしたら、この扉の向こう側だけです。そのことが私を極度に緊張させました。私の心を凍りつかせました。口の中に溜まったつばを飲み込んだあと、私はドアノブを回しました。キーという小さな音を立ててドアが開いていきます。

 私はその中の光景を見て、ふうと一つ息を吐きました。

 そこには、いつも見ている便器が寂しそうに佇んでいるだけでした。

 この部屋の中に自分以外の人間は誰もいないということが分かり胸を撫で下ろしましたが、それでも気味悪さ、気持ち悪さは私の心にしこりのように残り、消えることはありませんでした。たとえ今、この部屋の中に見知らぬ誰かがいないとしても、大学から帰ったあとの机の上の光景と、スマホの写真の中にある朝の机の上の光景には明らかな差異があるというのは覆しようのない事実だったからです。

 私は居間に入り、パソコンを立ち上げました。そして、あるものについて調べ始めました。その「あるもの」とはネットワークカメラです。見守りカメラと言ってもいいかもしれません。

 私の留守中にこの部屋に侵入した誰か。その誰かについては全く心当たりはありませんでした。私は部屋の合鍵を過去に他人に渡したこともありません。その見知らぬ誰かについては何も分からなかったのです。その「何も分からない」ということが、私は怖くて怖くてたまらなかったのです。

 その見知らぬ誰かは目的を果たし、もうこの部屋にやってくることは無いのか。あるいはまだ目的を果たしておらず、再び私の留守中に侵入してくる可能性があるのか。そもそも本当に見知らぬ誰かは私の部屋に侵入してきたのか。侵入してきたのだとしたら、それは誰なのか。そしてこの部屋で、この机の上で何をしていたのか。

 それらについて、私は何一つ知らなかったのです。私には圧倒的に情報が不足していました。情報がないと、対処するにしても対処のしようがないと思ったのです。

 私は、その見知らぬ誰かがまだ目的を果たしておらず、またこの部屋に侵入してくる可能性が少しでもあるのだとしたら、そこに一つの突破口を見出そうと思いました。だから、ネットワークカメラを自分の部屋に設置して、自分の留守中のこの部屋の様子を記録しようと思ったのです。

 いくつかのネットワークカメラの機能や仕様を確認していったのですが、今は、いろいろな機能が付いているカメラが売っているようでした。

 例えば、スマホで遠隔操作することが出来てカメラの視野を自由に動かせる機能や、動作検知のセンサーが設けられており、カメラが動くものを検知した時にスマホに通知が飛ぶという機能もありました。それらの機能が付いているネットワークカメラが五千円も出せば買えるということを私は初めて知りました。カメラを購入するため、明日の午後の大学の授業を欠席して、大学のある最寄り駅から三駅行ったところにある大きな家電量販店に行くことにしました。

 翌朝、玄関のドアを閉め、その上に目立たないように小さな白い紙を挟んでから家を出ました。まだカメラも設置していない状態だったので、それで家を空けるということが怖かったのです。私が大学へ行って、家電量販店に行っている間にこの部屋に見知らぬ誰かが再び侵入する可能性はゼロではありません。前日は私が帰ったあとの部屋の中には運良く誰の姿も無かったのですが、次帰った時に、洗面所にその見知らぬ誰かが私の帰りを息を潜めて待っているということだってありえるのです。

 なので、ドアの上に目立たないように小さな紙を挟むことで、もし私以外の誰かがそのドアを開けたのであれば、私が帰った時にその小さな紙が無いか、あるいは下に落ちているかを確認することで、検知することができると思ったのです。

 午前中の授業は、前日のことが頭から離れなくて、授業の内容が全く頭の中に入ってきませんでした。授業を受けている今、その時に見知らぬ誰かが私の部屋の中にいるかも知れないのです。その不吉な空想ばかりが私の頭の中をずっとぐるぐる回り続けていました。

 授業が終わると、いつものように学食で昼食を食べることもなく、すぐに大学を後にしました。そして目当ての家電量販店に向かいました。平日午後の店の中は客の数も少なく、逆に店員のほうが多いくらいでした。手持ち無沙汰であることを隠そうともせずに店内をぶらぶら歩いていた店員を捕まえて、ネットワークカメラについて尋ねました。若い男性店員は仕事が見つかったことにほっとするかのように、私に親切に色々と教えてくれました。結局、私はその店員がお勧めするカメラを購入し、家に帰りました。

 家に着いたのが午後四時頃だったと思います。

 自分の部屋の玄関ドアの前に立ち、ドアの上の白い紙を確認しました。白い紙は、朝と全く同じ状態でドアに挟まっていました。私は小さく息を吐き出してから、そのドアを開けました。



挿絵(By みてみん)



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