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奇妙な隣人  作者: 鷺岡 拳太郎
第2章
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第4話

 

 腹が立った私は、女に直接苦情を言ってやろうとドアに向かいました。

「あの、これ以上、チャイムを鳴らすのはやめてくれませんか? 迷惑です。何時だと思っているんですか? こんな時間に引っ越しの挨拶に来るなんて、非常識だと思わないのですか?」

 ドアの外に向かって大きな声で言ったのですが、やはりチャイムの音は鳴り止みません。

 ドア越しだと声は外まで届かないのだろうかと思い、私はドアを開けることにしました。と言っても、もしものときのことを考えて、チェーンロックは付けたままでドアを開けようと思ったのです。

 ドアを開けようと鍵を開けたときです。突然ドアが勢い良く引っ張られ、チェーンロックで止まってガシャンという大きな音を立てました。そして外から青白い手がドアの内側に差し込まれたのです。

 私は驚いて、「ひゃっ」という情けない悲鳴を上げながら後退り、その際に玄関の上がり框に足を引っ掛けてしまい、玄関口に尻もちをついてしまいました。身体に激痛が走り、顔をしかめました。そして改めてドアを見ると、私は言葉を失ってしまいました。

 ドアの隙間から差し入れられた青白い手は、何か独立した生き物であるかのように、そして周りの様子を探るかのようにくねくねと動き回っているのです。

 周りに何も掴むものがないと諦めたのか、その青白い手はドアの隙間から再び外の世界に消えていきました。

 私はその玄関口に座って、ドアの隙間から覗く暗闇をしばらく呆然と見つめていました。チャイムは鳴り止んでいて、私の周りは突然無音に包まれました。だけどドアは本来なら自分で閉まるはずなのに、開かれたままです。それは、外から誰かがドアの取っ手を掴んで、ドアを開けていることを意味していました。

 私はその隙間に覗く暗闇に向かって、「あの……藤岡さん……」と声をかけました。その声は小さく震えていました。少しの間をおいて、外の闇から「はい……」という声が聞こえました。

「一体、何なのですか? 驚かさないでください」

 私が言うと、ドアの外に立っているはずの女が、「すみません……。今日は引っ越しのご挨拶に伺いました……つまらないものですが、お渡ししたいものがあります……」と言いました。私は女との会話を少しでも早く終わらせたくて、「分かりました」と答えました。ここで無理やりドアを閉めたら、またチャイムを延々と押し続けるかもしれません。そうなったらやっかいだという思いもどこかにありました。

 私は立ち上がり、恐る恐るドアに近づきます。そしてゆっくりとドアの隙間から外の暗闇を見ました。ドアに遮られて狭まった視界の中には、小さな電灯に照らされた部屋の前の通路しか見えませんでした。おかしいなと思いながら、私は視線をその通路に巡らせていると、突然、ドアの陰からにゅうと人の顔が現れました。私は驚いて、また「ひゃっ」という悲鳴を上げました。ドアの隙間から、女の右目が覗いていました。女は青白い顔に、死んだ魚の目のような生気を感じられない濁った目で私を見ていました。

「こんな夜遅くにすみません……。

 私は、隣の部屋に引っ越してきた藤岡といいます……。

 本日は、引っ越しのご挨拶に伺いました……。

 これは、つまらないものですが……」

 青白い手が再びドアの隙間から部屋の中に差し入れられました。その手には小さな茶色い紙袋を持っていました。私がこわごわとその紙袋を受け取ると、青白い手はドアの隙間から消えていきました。そしてドアの外に立っているはずの「藤岡」と名乗る女は一言も喋ることもなく、ドアは閉まりました。

 私が呆然としながらその閉じられたドアを見つめていると、しばらくして隣の部屋のドアが開閉する音が小さく聞こえました。そして私の部屋は、再び元のような静寂に包まれたのです。まるで、さきほどまでの出来事が夢の世界の出来事のようでした。もちろん夢と言っても「悪夢」の方です。ですが、手元に残る小さな紙袋が、それが夢ではないということを私に教えてくれていました。私は自分を奮い立たせようと、「何だよ、あの女は」と小さな声で毒づきました。ですが、その声は悲しいくらいに震えていました。

 覚束ない足取りで居間に戻ると、机の上の時計の針は午前二時を指し示しています。私はゲーム実況をやめて、翌朝の大学の授業に備えてベッドに入り込みました。ですが、なかなか寝付くことができませんでした。

 こんな非常識とも言える時間に引っ越しの挨拶に来たこと。

 そして先ほどの狂ったかのようなチャイムの連打。

 私の頭から、どこか嫌な不安がいつまでも消えることがなく、その夜は朝方まで寝付くことは出来なかったのです。

 女がドアの隙間から差し出した紙袋には、無地の黒い紙で包装された小さな箱のような物が入っていました。ですが、開けるのも気味が悪くて、次の日、自宅から離れた大学近くのコンビニのゴミ箱に、中身を確認することもなく捨てました。



挿絵(By みてみん)


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