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奇妙な隣人  作者: 鷺岡 拳太郎
第5章
22/23

第22話

 

 篠原はスマホ画面から視線を上げる。

 眼の前に机があった。大型のモニターが壁側に寄せられるように置かれている。そしてそのモニターの前には「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」という狂気じみた赤い文字が踊っている。

 この文字は「藤岡」と名乗った隣人の女が書いたものだと思っていた。だからこそ、その「お前」とは、交番にやってきたこの部屋の住人であるあの若い男を指すものだと思った。だけどあの動画に映る女の映像が偽装なのだとしたら、映像の中の女も男とグルである可能性が高い。

 それにしても、なぜ男はこのようなことをしたのか。

 男の目的は何なのか。なぜこのような手の込んだ事までして、交番を訪れて篠原に偽の動画を見せ、そして篠原をこの部屋まで連れてきたのか。その目的が分からない。わざわざこのようなことをする意味が、篠原にはどうしても分からなかった。

 部屋の中はやけに静かだった。

 居間の外からは何一つ物音は聞こえない。もちろんトイレからも何も聞こえては来なかった。

 スマホを持つ手が総毛立つような感覚を覚える。

 漠然とした嫌な予感が、頭の中で篠原に警告を発し始めていた。

 男は交番で「高橋健太」と名乗った。

 もはや、本当に男の名前が「高橋健太」なのかも怪しい。交番で男の身分証明証を確認したわけではない。

 篠原は机の下に視線を落とす。机の下には、小さなシェルビングが置かれていた。引き出しが三つ設けられており、一番下の引き出しだけが他の二つの引き出しの三倍くらいの大きさになっている。おそらく上の二つの引き出しは筆記用具などの小物をいれるためのもので、一番下はファイルなどを収納できるようになっているのだろう。よくあるタイプのシェルビングだ。

 篠原は手に持ったスマホを机の上に起き、一番上の引き出しに右手をかける。そしてゆっくりとその引き出しを手前側に引き出していった。

 引き出しの中には、メガネケースやデジタルカメラ、イヤホン、鍵など雑多な物が乱雑に入れられていた。その中の一つに、紺色の合成皮革で作られているカードケースが目に留まる。篠原はそのカードケースをつまみ上げ、中を開いた。

 いくつかのカードが半透明のホルダーの中に入れられていた。その一番手前側には運転免許証が入れられている。篠原の目は、運転免許証の氏名欄に書かれている名前に釘付けになる。

 そこには「藤田卓也」という見知らぬ名前が記されていた。

 氏名欄の下の住所欄には404号室のこの部屋の住所が記載されている。この部屋の住人に間違いなかった。そして運転免許証に貼り付けられている「藤田卓也」の顔写真は、あの「高橋健太」と名乗った若い男とは似ても似つかない顔だった。そこには四十歳くらいと思われる、冴えない中年男性の顔が篠原のことを恨めしそうに黙って見つめていた。

 篠原は足元がぐらぐらと揺れていくような錯覚に襲われる。

 地面が揺れているのではない。篠原が今まで立っていた世界が揺れ始めていた。何が本当で何が嘘なのか。何を信じればいいのかすら分からなくなりそうだった。

「隣人の女は異常です」と言って交番にやってきたあの若い男は、この部屋の住人ですら無かった。それなのにこの部屋の住人を装い、架空の隣人を作り上げ、偽物の映像を交番で篠原に見せたのだ。そして自分の部屋でもないこの404号室に篠原を連れてきたのだ。

 なぜ、そのようなことをする必要があったのか……。

 そもそもあの男は何者なのか……。

 篠原は半ば呆然としながら免許証の顔写真から視線を外す。

 再び、机の上に書き殴られた「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」という文字が目に飛び込んでくる。

 待てよ……。

 篠原は、その時一つのことに気付いた。

 この文字を今までは隣人の女が書いたものだと思っていた。だからこそ「お前」とは、あの「高橋」を名乗った男のことを指していると判断した。だけどもし隣人の女なんて本当は存在しなかったのだとしたら、この文字の意味合いそのものも大きく変わってくるのではないのか。

 もしかしたら……。

 この「お前」とは、私のことではないのか……。

 これは、あの男から私に当てた何かしらのメッセージではないのか。だけど、なぜ自分が男から狙われるのか。あの男からこのようなことをされる心当たりなんて全くない。あの男に今まで会ったこともないはずだし、当然会話をしたこともない。そもそも全く面識は無かったのだ。そんな男が交番に訪れ、隣人の話を篠原にした。

 あの男が交番で話した隣人の女の話。あの話の中に、何か手がかりはあるのだろうか。

 篠原は男が話した奇妙な隣人の話を必死に思い出そうとする。

 男は、ゲームの実況配信をしているときに女がこの部屋を訪れたと言っていた。やっていたゲームは確か、「シャドウ・コルドン」という名前で、そしてそのゲームについて、男は篠原に次のように説明した。


「私は特に、他のプレイヤーとチームを組んで、敵となったプレイヤーを少しずつ追い詰めて殺していくゲームが好きでした。『シャドウ・コルドン』というゲームです。知っていますか? そのゲームは知らない? 今、世間でとても流行っているゲームです。日本語で『影の包囲網』という意味で、文字通り、敵に気づかれぬよう、影のように徐々に包囲していく戦略が大切となるゲームです」



挿絵(By みてみん)


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