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奇妙な隣人  作者: 鷺岡 拳太郎
第5章
21/23

第21話

 

 高橋はこの映像を見て、よくこの女が一週間前の深夜に家を訪れた「藤岡」と名乗った隣人だと分かったものだ。

 高橋の話では隣人の女を見たのは引っ越しの挨拶に来た一度きりだったはずだ。しかもそれも一週間も前のことである。それから今日まではマンション入り口や通路で女を見かけたことはなかったと言っていたので、一週間前に一度見ただけということになる。いくらその深夜の出来事が印象的だったとは言え、この映像の中の影で大部分が隠れた女の顔が、隣人の女の顔だと分かるものだろうか。

 篠原は動画を停止させ、静止画となった女の顔を見つめる。

 交番での男の話しぶりで篠原も女が隣人の女だと思い込んでしまっていたが、冷静になって見直してみると、やはりその顔の殆どが見えていない。

 いや……。

 篠原は心の中で呟く。

 本当に、男はこの映像から隣人の女だと分かったのだろうか……。

 胸の中では、もやもやとした疑念が小さくうずまき始めていた。

 いずれにせよ、男がトイレから出てきたら男に確認すれば済む話だ。もしかしたら顔以外にも、この映像の中の女が隣人の女だと識別できる何かしらの特徴があるのかもしれない。

 篠原は自分に言い聞かせる。

 男がトイレから中々出てこないことは少し気になっていたが、篠原は気を取り直して映像を再生させる。もう一度だけ映像を確認しておこうと思った。

 女が部屋の電灯を消して、クローゼットの中に隠れる。その後はひたすら誰もいない暗い部屋が映っているだけだ。やはり何も映っていない。

 男は依然としてトイレからは出てこなかった。

 もしかしたらトイレの中で倒れていたりはしないだろうか。

 念の為トイレの中を確認しようと思って動画を停止させようとしたときだった。篠原の目が、その映像の中に何かの違和感を感じた。だけどその違和感の正体が何なのかは分からない。ざわざわとした胸騒ぎだけが胸の中にさざなみを打ち始める。

 気のせいだろうか。

 動画を停止させ、少し前に巻き戻す。そして再び再生させた。その目は、映像の中の小さな変化も見逃さないと神経を張り詰めてスマホ画面を見つめていた。

 篠原は思わず、「あ……」と声を挙げていた。

 違和感の正体が分かったのだ。

 マウスが移動している……。

 女が机の上に「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」と書くためにキーボードとマウスを机の端に追いやったが、その端に置かれたマウスが一瞬で右に五センチほど移動しているのだ。画面左上の時間表示は途切れること無く流れ続けている。しかし、その時間表示の「2024/05/17 18:31」を境にして、まるで魔法で瞬間移動したかのようにマウスが一瞬で移動していた。

 篠原の頭は混乱する。すぐにはその映像の意味が分からなかった。ただ、起こり得ないことが起こっているということだけが辛うじて分かった。震える指で映像を再び巻き戻す。やはり何度見てもマウスは「2024/05/17 18:31」を隔てて一瞬で移動している。

 なぜマウスは移動したのか……。

 いや、マウスが移動したのではない……。

 篠原はこの現象を説明する一つの可能性にようやく思い至る。

 マウスではなく、時間の方が移動したのだ……。

 この映像は……編集されている……。

「2024/05/17 18:31」を境に、女が部屋の中に侵入してクローゼットの中に隠れるまでの映像と、篠原が居間に入ってクローゼットの中を開けるまでの映像が繋げられているのだ。この二つの映像は別の時間軸の映像だ。それを一つに繋げて、そして画面左上に一つの時間表示を出すことでこの二つの映像が同じ時間軸であるかのように見せている。時間表示が途切れること無く流れ続けていたので、それらが一つの映像だと思い込んでいた。そのことが一つの盲点となっていた。

 篠原はスマホ画面に映る、暗闇に包まれた部屋を見つめる。

 問題は、誰がそのような細工をしたのか、だ。

 そのようなことができた人物について、篠原には一人しか思い浮かばなかった。あの、「高橋」と名乗って交番にやってきた男だ。この部屋にカメラを設置し、この部屋の映像を撮影した。そしてそのカメラで撮影した映像を「隣人の女が自分の部屋に侵入した映像」として篠原に見せた。それはすべて、あの男が行ったことだった。

 篠原が始めにこの居間に入ってクローゼットの中を確認した後、トイレと洗面所に女が隠れていないかを確認するために居間を離れた。その間、居間には男が一人取り残されていた。その短い時間で編集作業をしたのだろう。短時間で作業を終えるため、あらかじめ事前準備はしていたのかもしれない。

 女がクローゼットから煙のように消えたトリックとは、これだったのか……。

 女が404号室の居間に侵入し、机の上に「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」となぐり書きをし、クローゼットの中に隠れるまでの映像を事前に撮影しておく。それを交番で篠原に見せて、自分の部屋に隣人の女が侵入したと思い込ませる。そして今度は篠原が404号室の居間に入っていく映像を撮影し、篠原が居間を離れている隙を見てこの二つの映像をつなぎ合わせて、あたかも一つの映像のように見せる。

 結果として、クローゼットの中に隠れていた女が煙のように消える。

 だけど本当は、女は消えてなんかいなかった。

 もともとクローゼットの中にいなかっただけだったのだ。



挿絵(By みてみん)


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