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奇妙な隣人  作者: 鷺岡 拳太郎
第5章
20/23

第20話


   5


 考えてみれば、この403号室の玄関ドアの鍵が開いていたのもおかしい。

 空き部屋だとしたらそもそも鍵が開いているわけがないし、もしこの部屋が「藤岡」と名乗った女が借りたものだったとしたら、その玄関ドアが開いていたことも何かしらの意図があったのではないのか。その意図が何なのかは分からない。ただ、どう考えてもその意図とは、何か薄暗い意図であることは間違いない気がした。

 篠原はこの部屋に居続けるということが急に怖くなった。

 もしかしたら自分は非常にまずい状態にいるのではないのか、と思った。

「も、もう、404号室に戻ろう……。

 403号室については後日マンションの管理人に本当に空き部屋かどうかを確認すればいい。それに、404号室に戻るのが遅くなると、あの男が心配するかもしれない……」

 篠原はまるで誰かに言い訳するかのように、声に出して呟く。声はやけにかすれて、上ずっていた。そしてその声は篠原以外の誰にも受け止められることもなく、空虚な闇の中に消えていった。

 急いで居間の外に出る。エアコンの上に設置されているカメラの視界の外に一刻でも早く逃れたかった。そのまま玄関ドアに向かう。その足は無意識のうちに早足になっている。短い通路の先、闇の中に玄関ドアが浮かんでいた。玄関口で靴を履いている時間すら惜しく、靴の中につま先だけを入れた状態で、そのままドアノブを握った。

 一瞬、「もし、この玄関ドアが開かなかったらどうしよう」という空想が頭に浮かぶ。そうなってしまうと、自分はこの403号室に閉じ込められることになる。もしかしたら、それが女の狙いなのではないのか。本当は高橋をこの部屋の中に誘い込んで閉じ込めるつもりだったが、その蜘蛛の巣の罠に自分は飛び込んでしまったのではないのか。そのような妄想の中、心にひやりとするものを感じながら篠原はドアノブを回した。そして玄関ドアをそのまま奥に押し込んだ。

 玄関ドアは抵抗することもなく開いた。

 篠原はその勢いのままドアの外に飛び出す。そして恐る恐る、後ろを振り返った。

 短い通路の向こう側に、沈黙したままの闇があるだけだった。居間の中はその闇に溶け、何も視認することはできない。ただなぜか篠原の目には、口元に残酷な笑みを浮かべたあの女が闇の中に佇んでいるのが見えた気がした。部屋の中に満ち溢れる悪意とともに。

 玄関ドアはゆっくりと閉じられていき、その闇が篠原の視界から消えていく。そして再びガチャンという音を立てて閉じられた。篠原は呆然とその玄関ドアを見つめていた。心臓が狂ったように速い鼓動を刻んでいる。依然としてマンションの中からは人の気配は感じられず、街は音を失ってしまったかのように静かだった。篠原の耳には、自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく聞こえていた。

 しばらく玄関ドアの前に立ち尽くしていたが、その玄関ドアは内側から誰かによって開かれることはなかった。

 篠原はようやく人心地がつき、小さく息を吐く。高橋の部屋である404号室の玄関ドアの前に歩み寄り、そのドアを開けた。

 居間の電灯は点けられたままで、その灯りが通路にまで漏れていた。玄関口には高橋が履いていた青いスニーカーが置かれている。篠原はそのスニーカーの横に自分の靴を脱いで部屋に上がった。

 居間の入口に立って中を覗くと、そこには誰の姿も無かった。

 高橋の靴は玄関口に置かれたままだ。部屋の外に出たというわけではないのだろう。トイレにでも行っているのだろうか。

 そのようなことを頭の片隅で考えながら、居間の中に入る。そのとき、机の上に高橋のスマホが置かれたままになっているのが目に入った。スマホでカメラの映像を確認した後、篠原がそのスマホを机の上に置いたのだが、そのときのままになっているようだ。

 ふと、さきほど隣室である403号室に入ったときのことを思い出す。篠原の記憶の中で、女の顔はぼやけていてはっきりとしないのだ。印象的な口元の不気味な笑みははっきりと記憶に刻み込まれているのに、その顔は霞がかかったようにぼやけている。

 篠原は、高橋がトイレから出てくるまで待っている時間ももったいないので、その時間を使って女の映像をもう一度確認しておこうと思った。

 机の上からスマホを掴み上げる。

 さっき高橋から教わった動画の再生方法を思い出しながら、この部屋のネットワークカメラが撮影した今日の映像をスマホ画面に表示させる。女がこの部屋に侵入してきたシーンまで映像を巻き戻して、今度は女の顔に注意を払いながらその映像を確認していった。

「あれ……?」

 篠原は独り言のように呟く。

 女がカメラに顔を向けたのは二度あった。

 一度目は、居間に侵入し、部屋の電灯を点けた後。そして二度目は、机の上に「お前は逃げられない。私はいつでもすぐそばにいる」と書き殴った後。その両方ともに、口元に不気味で残忍な笑みを浮かべている。しかしその目元は長い髪で影になっていてよく見えない。その口元があまりに印象的だったのでそこに気を取られていたが、改めてよく見てみると、その顔の大部分は影に隠されていて見えなかった。



挿絵(By みてみん)


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