表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙な隣人  作者: 鷺岡 拳太郎
第3章
13/23

第13話

 

 あの映像の中で女が持っていたアイスピックがここにある、ということは少なくとも女はここにはいたということになる。

 もしそうなら、女はどこに消えたというのか。

 篠原は空っぽのクローゼットの中を見つめる。

 このマンションの前に着いたとき、男は篠原に、「女が私の部屋のクローゼットの中に隠れてから、カメラからは動体検知の通知は来ていません。つまり、あの女は、まだクローゼットの中で息を潜めながら、私の帰りを待ち受けているはずです」と言った。その言葉を信じて、篠原はこのクローゼットの扉を開けたのだ。

 だけどクローゼットの中に女はいなかった。

 篠原は、この部屋の玄関ドアを開けたときに感じた強烈な違和感を思い出す。篠原が玄関ドアを開けようとしたとき、そのドアには鍵がかかっていなかった。普通に考えれば、男が家を出たときと同じ状態にするために鍵はかけるはず。それなのに鍵がかかっていなかった。その事実と、目の前の空っぽのクローゼット。この二つの事実が指し示すもの……。

 もしかしたら、鍵がかかっていなかったのには、何かそうしなければならない理由があったからではないのか……。

 頭の中に、様々な疑問が浮かび上がる。だけどやはりその疑問の背後に潜む答えを篠原は見つけることができない。

 何かがおかしい……。

 そんな違和感だけが、篠原の胸の中をゆらゆらと揺らめき続けていた。

「お巡りさん」

 自分のすぐ背後から聞こえた声に驚き、篠原は思わず「うわっ」と声を上げる。後ろを振り返ると、いつの間にか篠原のすぐ近くに男が立っていた。暗闇に紛れてその顔はよく見えない。

「女は……どうなりましたか……?」

 男はひどく怯えた声で篠原に尋ねる。

「……高橋さん。私は、居間の入口で待っているように指示しましたよね」

「すみません。どうしても女のことが気になってしまって……。それで、女はどうなりましたか?」

 女がいつクローゼットから飛び出してくるかもしれないという危険があったので男には居間の入口で待っているように指示していた。だが、居間の中がいつまで経っても静けさに包まれたままだったことに不安を感じて、指示を破って居間の中にまで入ってきたのだろう。先ほど掛けられた突然の男の声に驚かされ、篠原の心臓はまだ速い鼓動を刻んでいる。それでも冷静なふりをして、「……いませんでした」と答えた。

「いない? そんな馬鹿な……」

「とにかく、クローゼットの中には誰の姿も見つけられませんでした。……あの、高橋さん、とりあえず居間の電灯を点けてもらえますか?」

「……分かりました」

 闇の中で男が壁際に歩み寄る。パチっという音とともに部屋の中は、人工的な光で溢れた。光の下に男の顔が現れる。男は今にも泣きそうな顔をして篠原のことを見ていた。

 光の中で改めてクローゼットの中を確認しようと、クローゼットの方に視線を戻す。やはりクローゼットの中には誰の姿も見えなかった。ただ、さきほど闇の中であれほど禍々しい雰囲気を放っていたクローゼットの扉は、蛍光灯の下でどこにでもあるような安っぽい作りの扉に変わっていた。

 男が篠原の横に歩み寄り、恐る恐るクローゼットの中を覗き込む。そしてしばらく大きく目を見開きながら、空っぽの空間を見つめていた。

「これは……」

 男がクローゼットの床に落ちているアイスピックに気づき、それを拾おうとする。篠原は慌てて、「触らないで」と制した。

「もし本当にここにあなたの言うように隣人の女が潜んでいたのだとしたら、そしてこのアイスピックがその女の遺留物なのだとしたら、何かしらの証拠になる可能性があります。なので、無闇に触らないようにしてください」

「……分かりました」

 アイスピックの前にかがんでいた男は立ち上がり、篠原の方を振り向く。

「この中に入った女は、今、お巡りさんがクローゼットの扉を開けたときにはいなかった……。

 この中に入る姿はネットワークカメラの映像にも映っていたし、その時、手にしていたアイスピックもこのクローゼットの床に残されている……。

 だけど肝心の女の姿だけが消えている……」

「そのことに関してですが、一つ確認させてください。

 女がクローゼットの中に身を隠した後、あなたのスマホに本当に動体検知のメッセージが届いていないのか、もう一度見ていただけませんか?」

 女はこの扉を通してクローゼットの中に入った。そして今、クローゼットの中にいないのだとしたら、この扉を通して外に出る以外の選択肢なんてあるわけがなかった。

 篠原がこの部屋の玄関ドアを開けて部屋の中に入ってから今まで、細心の注意を払っていた。だけど居間からは小さな物音一つ聞こえてこなかった。篠原がこの部屋に入った後に女がクローゼットの外に出たとは考えにくい。それに、男と篠原がこのマンションに着いてからも、404号室の玄関ドアから出てくる人影を目にすることもなかった。

 つまり、男と篠原の二人がこのマンションに着く前に、女がクローゼットの中から抜け出て、そしてこの部屋の中から逃れた可能性が高い。例えば、二人が交番からここに向かう途中に女がクローゼットの外に出て、それを検知したネットワークカメラが男のスマホに通知を飛ばしていた。しかし冷静さを欠いていた男はその二通目のメッセージには気付かなかった。そんな可能性を考えたのだ。



挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ