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光勇者と闇勇者  作者: 神宮杞憂子葉
一章 はじまりの勇者
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第七話「出会い」

迷いの森。

少し開けた場所にシュウは「おすわり」を強制されている。ハナはその眼前で腕を組みシュウを見下ろした。呆れ果てた様子で何度目かの溜息を吐いた。


「様子を見てたんじゃなかったの?」


「つい…日中だったので。お昼寝の時間かなぁ、と。」


「幸い魔物が現れなかったからよかったものの、現れてたらと思うとゾッとしません!?」


「返す言葉もないっす…。」


黒装束の女には念の為負傷箇所に包帯を巻いて処置を済ませ草むらに隠している。

気持ちよく眠っていたので彼女を起こさないようにゆっくりとシュウの首根っこを捕まえて現在に至る。


「こっちは夢の中でもツィミエルさんに会って寝た気がしないって言うのにさ…」


ツィミエルという単語を聞いて一瞬強張るシュウ。彼もまたハナ同様数悶着あったのだが、それはまた別のお話。

話の腰を折ったのは草むらの中からの気配だった。

どうやら女が目覚めたらしく、訝しそうにハナを見つめている。

ハナはパァっと輝いた笑顔を見せ、具合はいかがですか?と問いかけた。

女は自身の身体をサッと確認してすぐにハナの方へと顔を向けた。


「手当は貴女が…?」


女の声は落着き払った凛々しい声だった。

ハナはなるべく警戒させないように笑顔を振り撒きながら頷いた。


「……そう。」


「まだ完治しているわけじゃないみたいだから無理はしないでね。」


「……他に誰かこの辺りに来た者は…?」


シュウに見張りをさせていたなんて言ったら狂人扱いは免れないと考えたハナは少し悩んでから、いなかったと思うよ、と微笑んでからシュウを横目で睨んだ。


シュウのしっぽはさがりきっている!


そうか、と女は腰のベルトに装着させた二対のダガーを鞘ごと取り外し傷口を庇いながら座ると柄をハナの方へ向け地面に丁寧に置いた。灰色のショートヘア。灰色の瞳。吸い込まれるような目だ。

何かの作法かと思ったハナだが、すぐに自分に敵意がないことの表れだと感じ、ハナも腰に差した刀を鞘ごと抜くと女の前に座り刀をシュウの方へ転がした。


「貴女に敵意がないことは分かっているよ。」


女は少し笑う。

ハナもつられて笑う。


「本当に礼を言う。私の名前はキラー…ではないな、リィズ。リィズ・メーラ。」


「ハナです!井ノケ瀬 花!」


「ハナか。ありがとう、ハナ。」


「どういたしまして!ところでどうしてそんな怪我を…?」


「…」


リィズの顔が一瞬にして曇ったことを察知したハナは、両手をリィズに向けて振る。


「言いにくかったらいいの!気にしないで!」


しばらくの間。

鳥のさえずりも無い。うっすらと見える空も暗みが増している。


「…とあるギルドを抜けてきてね。追っ手が来ないことを考えるとおそらくは逃げ切れたのだろう」


「ギルド?」


シュウがススっと音も無くハナに近付き甘える素振りをしながら何かに属した組織のことさ、と説明した。


「助けてもらったハナにこれ以上話せないのは心苦しいが、どうか許して欲しい。そのギルドの存在を知ればハナに危害が及ぶ可能性がある。それだけは…なんとしても避けたい…。」


「そんな寂しそうな顔しないで。大丈夫、これ以上聞かないよ。」


「にゃー…(矢を撃たれたり、激毒を染み込ませた武器で斬られる…か…。ハナ、この人は恐らく…)」


ハナはスッと手を伸ばしシュウの言葉を遮る。

これ以上余計な詮索はリィズに失礼だと感じた。


「先程から鳴いているネコはハナの猫か?」


ハナはうん、と短く答えシュウを抱えると膝の上に乗せた。


「この子はシュウって言うの。私のお供だよ。」


「ハナは旅人なのか?いや、こんな危険な場所にいるくらいだから冒険者かな?」


「ハナは勇者として魔王を倒すための旅してます!」


膝の上のシュウが硬直していた。ハナはシュウの様子を感じながら何かまずい事を言ってしまったのか考えてみた。大失態だった。

己の存在を勇者だと伝えることは、何処かの国で生まれるであろう光の勇者という存在の対を成すということ。それは広まった予言の内容が一瞬にして自分の存在を顕にしてしまう。

それは本来処刑されるはずの闇の勇者の生存の証。

それはどこかの国が他国との条約を反故にした証。

この世界では属性を調べることが出来るらしい。

もしもう一度違う国の誰かに属性を調べられたら?

もし全ての国が勇者や戦士を召喚していたとしたら?

ハインツェルは、国力の弱まったルーディアは更に立場が危ぶまれるのではないか?

リィズはしばらく考え込む。


「今年は確か召喚節だから、ひょっとして…本当に…勇者…?」


リィズの目が真剣味を増し、狼狽しているハナをジッと見つめる。


「ニャーオ…(どうすんだ…これ?もしもリィズが他所で吹聴しちまったらルーディア国に相当な迷惑かけるぞ。)」


「……。」


「…ニャ〜(…ハナ、ウソ吐くの下手そうだしな。)」


「………。」


「ニャー(はぁ…後はもう俺が話す。)」


ハナの膝の上から音も無く降りるとシュウはリィズの方へと近付いた。


「やぁ、こんにちわ、銀髪の素敵(ステッキー)なお姉さん。アンタの目の前の黒猫のシュウだ。」


「!?」


リィズは後ろに飛び退き、シュウを警戒する。治りかけの傷口に激痛が走ったのか体勢を崩し顔を歪ませながらシュウを睨み付けた。


「キサマ、魔獣か!?」


「こんな可愛い魔獣がいてたまるか。驚かせてわりぃけど、ハナの代わりに色々説明するために話し掛けてるんだ。ちょっと聞いてもらえねぇか?」


リィズはハナとシュウを交互に見る。

ハナは瞳に大きな涙を溜めて微笑んだ。


「リィズ、お願い。シュウの話を聞いて欲しい。ハナ、馬鹿だから、ごめん…」


ポロポロと零れていくハナの涙を見つめて、リィズはゆっくり立ち上がると先程まで座っていた場所に座り直した。


「…聞こう。」


そこからはシュウが全て説明した。

ハナが闇の勇者として召喚されたこと。

この世界とハナの世界を救わなくてはならないこと。

本当は召喚された段階で殺されてしまってもおかしくない存在だったということ。

この世界に於いては呪われた存在だということ。

ルーディア国王のこと。

そして、魔王を倒さなければいけないこと。


リィズは相槌も打たず只々シュウの言葉を聞いていた。


「…というわけだ。何か質問は?」


「…一つだけ。」


リィズは立ち上がり、真っ赤な目をしたハナの前に膝を付く。


「ハナ?ハナは何故、私を助けた?」


「何故って…リィズが傷だらけだったから…。」


「私の生きてきた世界では、怪我人を見つけたら金目の物を奪ってからトドメを刺す。それが昨日まで苦楽を共にした仲間でもだ。今までそうして生きてきた。だからこそ助けられた理由が私には分からない。理解が出来ていない。」


リィズの言葉に身を強張らせるハナだが、シュウが助け船を出す。短い付き合いながらハナを理解しているシュウが答える。


「…このハナちゃんはホンっトにバカだから、あんたがどんな極悪人でも平気でエリクサーを使ってたよ。」


「…はい。使ってました…。」


「何故…?」


「リィズが倒れる前に諦めたように笑ったの。でも近付いてリィズの顔を見た時にハナはこの人は助けなくちゃいけない人だって思ったの。」


「それは何故…?」


「リィズの顔は『まだ死にたくない』って言ってた。私の思い込みかもしれないけど、そう感じたから…。」


ピクリと一瞬だけ反応したリィズをシュウは見逃さなかった。


「こんなヤツなんだ、ハナって子は。オレは力も無ぇ。ただハナの戦いを見守ることしか出来ねぇが、それでも最後まで添い遂げるつもりだぜ。あんたが今までのように奪うってんならオレたちゃまさに渡りに船、鴨がネギ背負ってきたようなもんだけど、どうするよ?」


シュウは尻尾の毛を少し膨らませてリィズを睨み付けた。



ふむ、とリィズは口元に手を当て考えるが、すぐに「そうじゃないな」と笑う。

ハナの名前を短く呼び、リィズはハナの前に跪きハナの手を握った。そして自分の胸へと押し当てる。


「今ハナが感じている鼓動は、この命はハナが救ってくれたものだ。そのハナがそんな大きな物を背負っているのなら、こんな細い手足で泣きながら立ち向かおうとしているなら。私が出来ることは、いや、したいと心から思えることは一つしかなさそうだ。」


一呼吸置いてリィズは続けた。


「ハナ、【はい】と言ってほしい。……私を仲間にしてくれ。」


「えっ…」


「自分で言うのもなんだが腕は立つ。きっとハナのこれからに必要な力になるはずだ。いや、必要な力になりたい。」


ボロボロと零れる涙をそのままに、ハナはリィズに抱きつきリィズが望む言葉を泣きじゃくりながら叫んだ。

リィズはハナの髪を優しく撫でる。

完全に存在を忘れ去られたシュウは居心地の悪さを覚えたのか、木の上に登ると辺りの警戒を始めた。



ハナが落ち着き始めた。

もう日は暮れて辺りは更に暗闇に包まれている。

シュウは相変わらず木の上で周辺の警戒を続けている。

リィズはようやく痛みが癒えてきたようで、周辺の枯れ木を拾い始めた。焚き火の準備をするのだろう。

ハナもそれを手伝い始めた。

ハナが枝を拾い始めるとリィズは少し微笑み、腕の中にある枝を中央に置くと置いておいたダガーを腰のベルトに取り付ける。


「ハナは焚き木を拾っていてくれ。私は何か狩ってくる。嫌いな食べ物はあるかい?」


「多分無いと思う。それよりも…リィズ、怪我は大丈夫なの?」


リィズは腕をグルグルと回して、この通りさ、と微笑み、森の中へと消えていった。

その姿を目で追うハナの頭上からシュウの声が響く。


「案外…いいヤツだな。」


ハナはシュウを見上げてから深く頷いてリィズが走っていった方向を見つめた。




迷いの森の闇は深い。

リィズは気配を消して歩く。足音一つ立てずに。長年練習させられた歩行術だ。

無意識に行ってしまうほどクセになってしまっている。

獲物の痕跡を辿りながらふとハナを思う。

召喚者を見るのは初めてだ。

もっと肉体的・文化的に差異が生じているものだと思ったが、普通の女の子だった。

可愛らしい泣き虫な女の子がこの世界と自分の世界の命運を担う。自分がそうであったならと思うとゾッとする。

己の生い立ちもろくなものでは無いが、今のハナほどではないとも思えた。

自分の命を救ったハナのためにしてやれることは明白だった。

この命をかけてハナのことを守る。

世界を救うとか、富や名声にはかけらほどの興味も無い。

育ての親には欲が無さ過ぎる、とよく笑われたが仕方が無い。

この世界に何の興味も無ければ、何千何万の無関係な人々が死に絶えようとも、そこに一欠片の悲しみも育たない。十把一絡げ。有象無象。呼び名はいくつかあれど、それになんの意味もない。それはなんの意味も持たない。

でも、ハナは違った。

先程の会話の中で、自分の中に在る本当の自分を見られたような気がした。

諦めたように笑った。そう、確かに笑った。

薄れ行く意識の中で誓った。確かに誓ったのだ。


「生まれ変わったら意味のある生を生き、意味のある死で死のう」と。


育ての親は大分前にもう他界している。自分に戦うことを教えてくれた。厳しさの中にどこか優しさを感じたことをおぼろげながら覚えている。今はもうこの世にはいない彼と自分の空っぽな心を繋ぐたった一つの細い糸。

ハナに救ってもらったとき、その糸が鮮明に輝いた気がした。

ハナの想いに触れたとき、その糸から流れた温かな何かを感じ、心が満たされていくのを感じた。

自分が出来ることはそう多くはないだろう。

でも、か細いあの腕を支えることは出来るだろう。涙を拭うことは出来るだろう。涙を止めることも出来るかもしれない。

そんなことを考え、ふと思っていた言葉が零れた。


「生まれ変わったようなもんだな。」


口に出してみると呆れたように心に浸透していく。

目を閉じる。

ゆっくり瞼を開け、前方を見据える。

こちらに気付いていないシカが草を食んでいる。

一瞬にして背後に回り込み、首に一突き。

その場で崩れ落ちるシカの頭を押さえ、音を立てないように地面に降ろす。

対象が人でも無いのに暗殺術のクセがどうにも抜けない。

苦笑しながら森から除く夜空を見上げた。

意味のある生を生き、意味のある死で死ぬことが出来るかもしれない。ハナの隣なら。

遠くで煙が上がっている。ハナ達が火を起こし始めたのだろう。

シカの頭を落とし腹を開き、食べるに適さないクセの強い臓物は捨てていく。軽くなったとはいえまだまだ重いシカの後ろ脚を掴むと煙の立つ方を向く。

傷の痛みはもう感じない。

寧ろ体も心も軽くなった気がした。

生きる意味、生きる価値を見出したリィズはゆっくりと歩き始めた。


リィズが大物を持ち帰り、骨と肉を切り分ける。食べやすいサイズにカットすると細い枝に串刺していく。一部の肉を保存食用に石に張り付けると火のそばに寄せた。

リィズの流れるような無駄の無い手際にハナとシュウは息を飲んでいた。


ハナの持っていた岩塩とリィズが帰り際採って来た香草を振り掛けて鹿肉はいよいよ以て御馳走になった。

焼き上がった鹿肉を囲んで夕食を取る。

ハナが一口頬張り幸せそうに溜息を吐く。


「リィズの旦那さんになる人は超幸せだね。」


「??」


「だって料理上手でしょ?すっごい手際良かったもん。ハナじゃとても真似出来ないよ。」


「慣れてしまえば簡単さ。肉なんて骨の周りに付いてるだけだからね。どう削げば良いかなんて慣れなんだよ。」


「そんなに骨付き肉なんて贅沢品滅多にお目にかかれないよ。」


リィズは微笑む。


「なら、ハナが私の旦那になればいい。食べ放題だぞ?大抵のことは私がやる。ハナはそんな私をたまに褒めてくれれば私もやり甲斐がある。」


「リィズがお嫁さんかぁ、ハナ絶対駄目人間になる自信あるな。」


「ハナがそれを望むなら、私は構わないよ。」


ハナが笑い、釣られてリィズが笑う。

シュウは皿代わりにしている葉から焼けた肉を口に入れ咀嚼しながら話し始める。


「イチャラブしてるとこわりぃんだけどさ、今後の予定を決めねぇ?」


「イチャラブって何よ。でも、確かにこれからどうしようか?」


「リィズが仲間に加わったことで戦力はかなり増強されたからな。とりあえず、迷いの森を抜けた先にあるアウブの町で旅の支度を整え直すとしよう。あ、勿論ここで魔物倒して路銀も稼ぐからな。さっきの魔物の魔塊は拾っておいたし、俺は魔塊回収係ってことで、二人共戦闘頑張れよー。」


「うん!ハナ頑張る!リィズに色々と戦い方を教えてもらうのもありだよね。」


リィズが頷く。


「任せてくれ。伝説の暗殺ギルド【闇の翼】、双刺のキラービーが必ずハナの……あっ…」


「……あ…」


三人の素っ頓狂な声が森に小さく響いた。


そのギルドの存在を知ったものは命を狙われるとまで言われ、言葉にすることも禁じられており、どの国にも属さず天下に乱れを生むであろう存在を人知れず誅殺していく超過激派組織、伝説の暗殺ギルド【闇の翼】の元【双刺のキラービー】こと、リィズ・メーラがなかまにくわわった。


なまえ:リィズ・メーラ

しょくぎょう:ころしや

せいべつ:女

レベル:59


あたま:闇の翼のフード

からだ:闇の翼の胸当て

ぶき:双剣(滅・殺)

うで:毒牙の小手

あし:無音の靴


アクセサリー:投げナイフ(猛毒)

アクセサリー:投げナイフ(神経毒)

アクセサリー:投げナイフ

読んでいただいてありがとうごさいます!

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