第五話「旅立ちと覚悟」
ルーディア国、シュナイト城。
なんだか凄く久しく感じる食事を済まし、湯を浴び終えて、ハナとシュウに宛がわれた部屋でハナは旅立ちの準備を着々と進めた。
呪われた武具は手放したり脱いだりすることは出来ないと思っていたが、いとも簡単に脱ぐことが出来た。これも闇の勇者の能力らしい。
話し合った結果、ハナが召喚されたことは各国に報告しないことにした。ハナからの強い要望だった。下手にルーディアを危険に晒すくらいならば極秘裏に事を運ぶ。魔王を倒すことが出来れば各国に報告するし、もしもハナが死ぬこととなっても元より召喚されていない勇者の存在だ。
一冒険者の死など各国も興味を持たないだろう、というシュウの筋書にハナは同意し、渋るハインツェル国王の首を縦に振らせた。
ハインツェル国王とその側近が内密に用意してくれた保存食や傷薬、水筒などを鞄に詰める。
ハインツェル国王と王妃が可能な限り用意してくれた品々だった。ルーディアの実情を鑑みればいくら勇者の出立とは云え贅沢など一つも出来るはずがなかった。それでも色々なものをハナのために用意してくれた。
ハナは準備をしながらシュウからこの世界に必要な知識は学んだ。
本来ツィミエルが伝えるはずだった様々なこと。
シュウの話を聞くかぎり、このアルムガルドとハナ達の住む世界は不思議な繋がりがあるらしい。
この世界が闇に包まれれば、ハナ達の世界も闇に包まれれる。
アルムガルドで多くの人々が命を落とせば、ハナ達の世界でも多くの人々が命を落とす。
飢饉、伝染病、自然災害とあらゆる形に姿を変えてその厄災はハナ達の世界に振りかかる。
逆にハナ達の世界で人為的に起こした負の行いもアルムガルドに影響を与える。その溜まりに溜まったモノが蓄積しそして具現化する。それが魔王なのだという。
人々の悲しみ、妬み、怒り。そんな負の感情が作り上げた存在。それが魔王。
間違いなくそんな負の感情を持ち、魔王に助力したであろうハナには耳が痛い話だった。
「…と、まあ、こんな感じだ。」
長々と話終えるとシュウは大きく背伸びをする。
「なんか質問とかあんなら答えるけど?」
「んー大体分かった…と思う。」
「ふーん…」
「あ、そうだ。全然関係無い話なんだけどシュウって何者?」
「俺?」
「そうそう。ツィミエル様は使いを出すって言ってたから、シュウってもしかして天使とかだったり!?」
「あー…残念だけどそう言った類ではないねー。」
瓶詰めされた上等な回復薬を鞄に入れる。これで手荷物は全て整えたことになる。
ふぅっ、とため息を吐いてハナはシュウの方へ視線を向ける。
猫だ。
どう見てもただの黒猫だ。
人の言葉を話すけれどそれ以外は猫そのものだ。
「俺もハナと一緒だよ」
予想だにしなかった解答にハナは一瞬戸惑った。
「一緒ってどういう…」
「んー上手く言えないけど、俺元人間っぽいんだよねー。」
他人事のように言う。
「その辺はツィミエル様から少し聞いたんだけど、正式な召喚じゃなかったから記憶が混濁してるんだってさ。だからあっちの世界のこともうっすら覚えてるし、名前も本名だ。」
「へぇー!」
「俺もポテトはシナシナのしょっぱいやつ好きだしな。」
親近感を覚えながらハナはシュウを捕まえて胸に抱いた。
「な、なんだよ、やめろ、恥ずい。」
「照れてるー」
「いいから下ろせって!」
ハナの腕の中でジタバタ暴れ、ハナの不意を突いて腕から抜け出す。
「ったく!あまり思いだそうとすると頭痛くなるから聞くのはこの世界のことだけにしろよな。」
「はーい」
ハナは満足気に返事をするとベッドに潜り込んだ。明日からは冒険だ。
紆余曲折あったが、全然勇者っぽくない出で立ちでの出立だが、想像を絶する始まりだったが、旅立ちだ。
世界を救い、ルーディアも救う。
これほど強い意志を持って物事に取り組んだことはあっただろうか。
それこそ命を懸けて挑むようなことは絶対になかったはずだ。
過酷な旅になるかもしれない。
それでも前へ前へと進まなくてはならない。
仲間と共に巨大な敵に打ち勝つその日まで。
そんなゲームみたいなシチュエーションにハナが興奮しないはずもなかった。
興奮して眠れないとも思ったが、思いの外に瞼が重い。よほど疲れたのだろう。
シュウが何か話しかけていたが、生返事をしながらハナはまどろみに溶けていった。
翌朝。
ハナが目を覚ますと既にシュウは起きており窓際にあるテーブルの上で顔を洗っていた。
「あ、おはよー、シュウ。早起きだねぇ。」
シュウは座っていたテーブルから音も無く飛び降りるとまた音も無く近付いてハナの寝ているベッドに飛び上がった。
「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね。」
不機嫌そうな顔で棒読みするシュウを見て、ハナは笑う。
「ほんっとに向こうのこと分かるんだね、今のは良かった!ナイス、ナイスシュウ」
「こちらはハナのイビキが五月蝿すぎて一睡も出来ませんでしたよ。」
「えっ!?うそ?ホントに??」
「冗談だよ、俺夜行性らしくてね、一つも眠くならなかったんだよね。いや、少しは寝たけど。」
「猫だねぇ。」
「…猫だな。とりあえず、この世界の地理やら常識なんかは頭に入ってる。まずは近くで戦いに慣れるとしよう。あ、俺は戦闘無理だからな。魔法とか使えるわけもないし。猫だし。その辺は期待すんな。」
「はーい。」
身支度を整えていると朝食が運ばれてくる。
朝から豪勢な料理が次々と運ばれてきた。
ハインツェル国王の配慮だろう。大手を振って見送るわけにもいかない。
その優しさのせいか、自分の境遇の虚しさのせいかは分からない、零れそうになる涙を拭いハナはパンを口に入れた。
食後しばらくしてから、ハナはとシュウは謁見の間に呼ばれる。
数名の側近と世話係の従者、大臣そしてハインツェルと王妃が謁見の間でハナ達を待っていた。
「おはよう、ハナ。」
「おはようございます、王様。」
「…ハナ達を見送るのもここで最後となる。我々は【一人の冒険者を城に招き、その者の冒険譚に興じた。その冒険者に褒美として城にある宝の一部と次の冒険譚を生むための路銀を用意した。】ゆえに、ここでハナ達を見送る。一冒険者のために門まで見送りに行くわけにはいかないからな。楽しかったぞ…ハナ。」
兵士の一人が前に出て掌に収まるサイズの麻袋をハナに手渡す。
手の平に置かれたときの金属音で中身がお金だということが分かる。
「あ、ありがとうございます。王様もお元気で…。」
「うむ。さて、ここからは全て独り言だ。皆の者、他言は無用である。」
静寂の間に一呼吸。
「ハナ。ハナが例え闇の勇者と人々から忌み嫌われても、恐れられても、ハナの心はまさしく光の勇者そのものだ。この国がどうなるかは分からない。明日にでも魔王軍が襲ってくるやもしれない。不謹慎かもしれないがそれでも今こうしてハナを見送れることを嬉しく思う。そして、城を挙げて祝えぬことを心から歯痒く思う。
だが、それよりも強く思うことはただ1つ。
ハナの旅の無事を心から願う。
もしもハナが寂しくなってしまったらこの国を思い出してほしい。
お前には帰る場所がある。決して一人ではないよ。
お前の帰りを待っている人がいるよ。全てに疲れ、その役目をどうしても投げ出したくなってしまったときが来たら、自分に恥じることはない。私はいつでも待っている。本当にありがとう…、ハナ。」
ハナはポツリポツリと涙を床に溢しながらハインツェル国王を見つめ続ける。
「はい、行ってきます。」
これ以上ここに居続けたら自分は戦う目的を放棄してしまいそうな気がして、ハナは踵を返した。
謁見の間の扉に手を掛け、ハナは振り返る。
「なんだかこの世界にお父さんとお母さんが出来た気分です。井ノヶ瀬 花、いってきます!」
王と王妃が掠れた声で何かを言った気がする。「いってらっしゃい」と言われた気がするが、もう振り返ること無くハナは歩いた。
後ろからシュウも続く。
シュナイト城下町は賑わっていた。
所々で煙突から煙を上げている。鉱石を加工する工業施設が目立つ。
しかしハナはどこにも寄ること無く城門まで向かう。少しでも立ち止まったら泣き出してしまいそうな自分に負けないためにも歩くしかなかった。
シュウもそれに気付いてか何も話さず付いてくる。
ハナは走った。
城門も通り過ぎてもまだなお走り続けた。
振り返ってもシュナイト城が見えなくなるまで走らないと気持ちが萎んでしまう気がした。
運動はそんなに得意ではないが、息が切れるまで走った。呪いの武具のおかげなのかどれだけ走ってもあまり疲れを感じることはなかった。
全ての風景が目の前から背後へと消えていく。
前に進むこと。それが大事。
そう考えるとここが異世界だろうと、これから自分が血で血を洗う戦いに身を投じようと不思議と恐怖や孤独感は感じなかった。それすらも呪いの武具のせいなのだろうか?
ハナにはまだ分からないことばかりだ。
でも、分かったことが一つだけあった。
道に迷ったことだった。
ルーディア領内、【迷いの森】。
魔王復活に伴い発生したとある魔法結界の影響により、この森はそう呼ばれるようになった。
シュナイト城と近隣の町村を繋ぐ道であったがこの影響により使用を禁じられ新しい。
その森の中、正座をする着流しの女の子とその周りをグルグル回る黒猫の姿があった。
「ハナ、言いたいことは分かるよなー?」
「…はい。」
「ハナの気持ちを汲んでそっとしておいた俺も問題だけど、こんなとこまで猛ダッシュしたハナもハナだからな?」
「…おっしゃるとおりです。」
「この森は迷いの森って言ってねー?出るの本当に苦労するらしいんだよねー。なんて言ったって【迷いの】森、だからねー。」
「…返す言葉もございません。」
「まあ、とりあえず出口を探そう。魔素の弱い方へ向かえば…いや、丁度いいのかなー。」
鼻を上に向けてクンクンと周囲の匂いを嗅ぎながらシュウはチラリとハナを見る。
「何が丁度良いの??」
「んー、この辺の魔物はそんなに強くないからさー。まあ?少しだけ?腕試し?をしてみる?みたいな?」
シュウの言葉にハナは腰に履いた刀に目を落とす。
森の薄暗がりの中、淡い赤色の発光が鞘から木漏れ日のように溢れる。
「それ、魔物に反応して光ってんじゃない?」
「うっわー…ほんとだ…」
不気味に光る妖刀血飛沫。
敵対する存在を感知し猛っているのか、或いはただ血を求めて歓喜しているのか分からないそれは只々明滅を繰り返した。
「どんなに綺麗事を並べてもさ、これからハナがしなきゃならない事は命の奪い合いなんだよね。」
太い樹を見付け、シュウは音も無く器用によじ登ると枝に腰掛けハナを見下ろした。
「シュウ??」
「ハナが頑張るってことは、まー、副音声が入るならば(敵を殺すことをも)頑張るってことだから、さ。その為に足りないものをここで養っていこうじゃあないか。」
見上げたシュウの瞳は暗がりの中で爛と輝く。
「足りないもの…?」
辺りからは軽快な足音や草をかき分ける音。
その音は次第に大きくなっていく。
「…【覚悟】…だよ。」
シュウの言葉と時同じくして、それらはハナの眼前に現れた。
ゴブリンはそれぞれ武器を握りハナを見ると奇声にも似た声を荒げた。
緑色や茶褐色の皮膚。
大きな目と口。
その口から覗く異様に鋭い牙。
人間から剥ぎ取ったであろう防具を乱雑に装着してハナを見てはゴブリンたちはそれぞれの武器を地面に叩き付けて興奮している。
「…!!」
ディスプレイの中では飽きるほど見ていた。
雀の涙ほどの経験値とゴールドを落とし、たまに落とす宝箱は精々序盤の街で買える1番安価な回復薬。
レアドロップアイテムさえもクズアイテム。
噛ませ犬オブ噛ませ犬。
雑魚モンス。
ゲーム中盤に優越感を感じたくなったり、過去を振り返って自分が強くなったことを実感するためだけに最初の街付近の外で戻って殺しに行く程度の存在。
1ダメージでも自分に与えられたら褒めたくなるほどの最底辺の生き物。
その程度のはずのゴブリンを目前にし実際にはただ恐怖する、はずなのだろう。
ハナは違っていた。
決してゴブリンを軽んじているわけではない。
憧れのRPGの世界ならではのバトルに胸が踊ったわけでもない。
ハナの中にも勿論恐怖は存在した。
シュウのいうところの【覚悟】というものなのだろう。
今自分が戦わねば、ルーディアの人々が被害を被るかもしれない。こんな所で足を止めているくらいなら城でハインツェル国王と最期の時まで暮らしていたい。でもそれは叶わぬ願い。
奇声を上げ、ヨダレを撒き散らし、武器や己が被っている兜を地面に叩き付けながら狂喜するゴブリンを見、睨みつけるとハナは鞘から刀を抜いた。
なまえ:シュウ
しょくぎょう:ねこ
せいべつ:おとこ
レベル:1
あたま:なし
からだ:なし
ぶき:爪
うで:なし
あし:なし
アクセサリー:知識の泉をもたらす首輪
アクセサリー:
アクセサリー:
読んでいただいてありがとうごさいます!
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