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62 引き抜き


 昼食を食べた後、久我は志田とともに機体操縦室に来ていた。総司令室ドア破壊事件の始末書を、佐伯二等空佐に提出するためだ。


「久我くん、ちょっといいか?」


 志田の平謝りを見届けた久我が機体操縦室を出ようとしたとき、佐伯二等空佐に呼び止められた。「先に戻ってるわね」と退室していく志田に頷きながら、久我は佐伯二等空佐の方へ近寄った。すると、佐伯二等空佐は周りに人がいないことを確認してから、「総司令がお呼びだ」と、声を潜めて言った。


 久我を連れ立って総司令室に着くと、佐伯二等空佐は扉をノックした。中から「どうぞ」という静かな声が聞こえてきて、佐伯二等空佐が「失礼します」と扉を開ける。一緒に入室するかと思ったが、久我が中に入ると、佐伯二等空佐は一礼して扉を閉めた。一人取り残された久我は、デスクに腰掛ける牧下総司令に目をやった。何の説明もないまま連れて来られたため、なぜ呼び出しを食らったのかまるで見当がつかない。


「何か御用でしょうか」


 扉の前に直立したまま、久我は尋ねる。


「そんなに警戒しなくても、取って食ったりしませんよ」


 と、牧下総司令はクスッと笑う。


「そこにいられては話しにくいです。もっとこちらへお寄りなさい」


 そう言われては、寄らないわけにはいかない。しかし、近付いたら近付いただけ妖しく微笑む彼女の空気に掌握されそうだった。久我は2歩だけ前進し、踵を揃えた。


「あなたの表彰式をいつにするか、相談したかったのです」


 と、牧下総司令は愛想良く笑う。しかし、そんなこと、総司令官が直々に相談することではない。そもそも、こちらの都合など関係なく、総司令部が勝手に決めた日程で決行されるものだ。


「まだ本題に入らないのでしたら、一つ、お伺いしてもよろしいですか?」


「どうぞ」


「なぜ俺が表彰され、穂浪さんが減給されるのですか?」


 久我に微笑みかけていた瞳が、スゥッと鋭く光った。


「穂浪さんが身を挺してミッシュを守ったことで、ポロムとの信頼関係が築けました。確かに単独行動は目立ちましたが、今回の騒動で地球を守ったのは穂浪さんです。俺ではありません」


「あなたの言う通り、穂浪三等空曹の働きは素晴らしいものでした。ミッシュを光線から庇い、パイロットの命とも言える肩を負傷してまでも守ろうとした。しかし、彼の自己犠牲的な考えを、総司令官という立場上、私は容認できません。命をとして誰かを守る、その心は美しいものですが、現場の最前線に立って戦うパイロットにとって、死ぬことが美であってほしくないのです。生きて、帰還することこそ、美であってほしい。それを彼に印象付けさせるべく、ペナルティを科しました」


「しかし、俺が表彰されるのは納得いきません。俺は途中で全体統括を降ろされました」


「あれは私の指示です。全体統括をあなたに任せ、頃合いを見てその責務から解放するようにと、毛利室長に指示しました」


「え……?」


「あなたの素質が如何程いかほどか見たかったのです。予想通り、あなたの判断力や対応力には目を見張るものがありました。全体統括を降ろされた後の動きも的確でした。私の思い描いていた通りです」


「つまり、俺はまんまとあなたの手の内で転がされたと」


「気分を害したならごめんなさい。でも、それが私の仕事なのです」


「俺をここに呼んだのは、その話をするためですか?」


「いいえ」


「では、本題は何です?」


「あなたには才がある。室長補佐にしておくには勿体ないわ」


「つまり?」


「私の直轄で働いてみませんか?」


「それは……総司令部への引き抜き、ですか?」


「そうです」


「僭越ながら、辞退させていただきます」


「あなたには『計画』があるのでしょう? 総司令部にいた方が実行しやすいのでは?」


「……俺には計画の実現よりも大切なものがあるんです。たとえ地球を守れても、大切なものの傍にいられなかったら意味がありません」


「地球防衛よりも大切なものがあると? 面白いことを言うのね」


「今回の件で、俺は守ると決めたものを危険に晒しました。結果としては無事でしたが、守り切れなかった事実は曲げられません。正直、大事なところで判断を誤った自分に腹が立って、仕事もまともに手に付いていません」


「そんな風には見えないけど、ふふ……ただの虚栄だったの。あなたにそこまで想われる方は幸せね」


「どうでしょう。本人は気付いてないどころか、俺のことどちらかといえば嫌ってますから」


「……分かりました。引き抜きの件、今回のところは諦めましょう」


「総司令に評価していただけたからには、その誉れに恥じぬよう今後も精進いたします」


「あなたは本当に面白い人ね。またいつでもいらっしゃい。歓迎するわよ」


「では、そのときも、FPLの室長補佐として伺わせていただきます」




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